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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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死都10

 

 レンダール帝国城内。

 玉座に向かうヒューリの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。


「……これは」


 唖然と呟く視線の先には、原型を留めぬほどに炭化した人だった物。そのおびただしい数の骸に、思わず口許を押さえる。

 きっと、ヒューリと同じく、玉座に向かった者がいるのだろう。

 気づくなり、ヒューリは足を早めた。この先に待つ者が、ヒューリの考える通りの人間ならば、先に行った者に勝ち目はない。

 転がる死体を踏みつけることすら厭わず、走る。

 そして──


「──間に合いませんでしたか」


 玉座にふんぞり返る初老の男。

 男の見下ろす先に、帝国の軍服を身にまとう誰かが倒れ伏していた。


「遅かったな、厄種」


「相変わらず無駄に偉そうですね、貴方は」


 尊大な態度で声に威圧を滲ませる男に、ヒューリは薄ら笑いで返す。

 男の眉が、ぴくり、と反応する。


「ずいぶんと洒落た格好になったな、ヒューリ・クロフ。お前に似合いだ」


「おや、貴方に誉めて頂けるとは。光栄ですね。お礼に呪詛を送りますよ」


 にこやかに云いながら、指先を向けるヒューリ。

 しかし、男の表情は変わらない。それどころか、薄く笑みまで浮かべて、鼻を鳴らす。


「聞かぬのか? 陛下はどうした、と」


「聞いて欲しいのですか?」


 目を細めたヒューリの視界で、見事な装飾に彩られた豪奢な衣服を着込んだ男が立ち上がる。その装飾には、見覚えがあった。本来ならこの国の長が身にまとっているはずの、戦装束。

 赤を基調とした紅蓮を思わせる生地に、毛皮を裏打ちされた漆黒の外套。腰には、白陽の鞘。


「それとも、呼んで欲しいのですか? 陛下と」


 言いながら、ヒューリの表情が激しく歪んだ。


「馬鹿を言うんじゃない。護るべき民に死を与えておきながら」


「死ではない。進化だ」


 吐き捨てるヒューリに、男は静かに告げる。


「ここレンダールより、世界は新たなる一歩を踏み出す。喜べ。貴様の術はその礎となる」


 男の右手が、腰に伸びる。


「させると思いますか、この私が」


 ありったけの呪詛を両手に集中させ、踏み出すヒューリ。


「役目は終わったのだ! ヒューリ・クロフ!」


 男が剣を抜く。と、同時に左手が印を結ぶ。

 煌めく刀身が、炎をまとう。


「ここが最後です! シャルマン・ロゼ!」


 ヒューリの姿が霞む。

 一息で男──シャルマン・ロゼの眼前に躍り出た。

 煌めく剣閃を視界に入れながら、ヒューリの右手が、シャルマンの胸に触れる。


「ぐっ」


 口から血を滴らせるのは、ヒューリ・クロフ。

 シャルマンの振るった剣は、ヒューリの肩口から侵入し、その刀身は胸にまで及んでいる。

 対するシャルマンは、表情一つ変えずに、無言で己が胸に添えられたヒューリの右手を見下ろしていた。


「届くと思ったか。貴様程度の術が」


 言いながら剣を引き抜くシャルマン。

 ふらつくヒューリに、侮蔑の視線を向けると、その腹部を蹴り上げる。

 呻き声と共に、後方へ倒れるヒューリ。


「炎の術式固定だ。傷は焼いた。まだ死にはせん」


 シャルマンの言葉通り、ヒューリに出血はほぼなかった。

 骨を溶かすような激痛に耐えながら、立ち上がるヒューリ。

 その視線の先では、剣を納め、印を結ぶシャルマンの姿。


「そこで見届けるがいい。レンダールの進化を」


 印が完成する。

 シャルマンとヒューリの二人を隔てるように、空間に亀裂が走った。景色がガラスのように砕け散る。

 空間から現れたのは、白い棺。


「さあ、目覚めよ王鍵。世界の王たるあの方の──」


 シャルマンの言葉は、最後まで続かなかった。

 声の代わりに、口から飛び出したのは、鮮血。

 胸から血をまとう突起を生やすシャルマンの姿。その背後に、ヒューリは見た。


「私の剣は痛かろう? 筆頭術師」


 口の端に血をたらしながら、笑みを見せる男。

 先ほど倒れていた男だろうか。

 見覚えのない男は、シャルマンから剣を引き抜くと、ヒューリに視線をくれる。


「ヒューリ・クロフだな。棺の中を頼む」


 それだけ言って、男は印を結び始める。

 と、血を流す腹を押さえながら、怒りに顔を歪ませるシャルマンが腰の剣を抜き放った。


「死にぞこないがっ!」


 ヒューリが止める間もなく突き出される剣。

 それを胸に受ける男はしかし、少しも表情を変えない。それどころか、さらに笑って、


「お前に陛下の代わりは務まらんよ、シャルマン」


 男が、シャルマンの右手を取った。


「ぐっ。離せ虫けらめ! 死ね! さっさと死ね!」


 喚き散らしながら、男を貫く剣をさらに深く、その身体へ沈ませていくシャルマン。

 しかし、男は口から血を吹きながらも、手を離さない。シャルマンの剣を握る手を、さらに強く握る。


「とっておきだ、シャルマン」


 言いつつ、次に小さく呟くように告げられた男の声に、シャルマンの表情が一変する。


「貴様っ!? まさかっ!?」


「悪いが、もう終わった」


 驚愕するシャルマンに笑みを向け、男は手を離した。

 その瞬間、男を蹴り飛ばすシャルマン。


「この! この!」


 地に伏し、もはやぴくりとも動かない男へ、執拗に蹴りを浴びせるシャルマン。その足が、砕けた。


「ぐぅああが」


 無くした足を押さえながら、その場に尻餅をつくシャルマン。

 今度は、その手が消えた。


「おのれ! ガイウス・マクスウェル! 薄汚いきさ」


 云い終える前に、シャルマンの全身はくだけ散った。

 それこそ、呪いのように。

 その場に立ち尽くしていたヒューリは我に返ると、痛む傷口を押さえながら、倒れた男の元へ。

 酷い有り様だ。傷は深く助かる見込みはない。


「は、早く……棺を……あの子を」


 焦点の定まらない目で、うわ言のように口を動かす男。

 名も知らぬ男に、ヒューリは礼を告げる。その時、男は笑い、かすかに誰かの名前を呼んだ。

 聞き間違いでなければ、それは、皇帝の──


「やはり、貴方は皆に愛されていた。孤独だなんてよく言ったものです」


 思い出の中の皇帝に笑いかけ、ヒューリは立ち上がる。

 そして、棺の側までくると、右手を伸ばす。

 開く。吹き上がる呪詛に眉をひそめつつ、開き切った。

 中には、目を開いたまま微動だにしない少女の姿。


「ようやくですね、シロ」


 小さな身体を棺から抱え出し、その場に横たえる。

 真っ白な頬に、指先を添えた。死んだように冷たい肌に、悲しげに目を伏せた。


「償いますから」


 声が、震える。


「……今から、償い、ますから」


 震えは、肩へ。

 やがて全身へと伝播し、嗚咽まじりのうめきと共に、幾つもの滴がシロの顔へと落ちる。


「どうか、どうか……許してください」


 ヒューリの右手が、シロの額に添えられる。








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