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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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死都9

 

 太く強靭な右腕が、宙を舞う。

 それを、頭上に伸ばした別の手が掴んだ。

 掴んだのは、セロオン。斬り飛ばしたオーネス・グラリエスの右腕を、それと同時にひび割れた空間に放り込む。


「姉妹を傷つけた代償だ。悪く思うな」


「……こ、故郷はあったと、そう思ったのだ」


 抑揚なく告げるセロオンに、血を吹く袖口を残る左手で抑え、歯を剥きながら、オーネスは云う。


「山犬のお前にも、故郷は、確かに故郷はあった、と」


 両足に力を込め、吹き出す血から意識を離し、残る左腕を構えるオーネス。


「立つな。向かってくるな。これ以上は無意味だ」


「無意味なものか」


 いまだ、火は消えていない。


「我輩を愚弄、する、な」


 今もこの胸の内にくすぶり続けている。


「ふ、二人して、何を隠しておる……のだ」


 水臭い。

 これでは、くすぶるだけで燃え上がれようはずもない。


「我輩、まだ答えを聞いておらぬ!」


「……忠告だ」


 時を経てなお、真実は遠く。


「帝都には戻るな。どこぞで家族でも持って、静かに生きろ。アンタに剣は似合わん」


 俺以上に。

 吐き捨てるようにそれだけ言って、セロオンは背を向けた。

 一度も、振り返ることはなかった。


「……な、ぜだ」


 くすぶるだけの火は、ついぞ、燃え上がることなく──






 その光景は、白。

 暗く閉ざされた視界。それが光を得た途端、ヒューリの眼前には、見慣れた城と、その周囲を埋め尽くす白の群れ。


「こ、ここは……帝都?」


 周囲に民の姿はない。

 見慣れない黒髪の少年と大柄な男が、地に膝をつけ、横たわる女らしき人物を何やら思い詰めた表情で見つめている。

 その女の髪を見た瞬間、ヒューリの足は動いていた。が、何かにつまずき、思わず転びそうになったところで、気づく。

 気を失うシシカの姿があった。

 腰を下ろし、容態を診る。やはり、傷は深くない。クレハがいてくれれば、とその小柄な姿を探す。が、見当たらない。

 ならば、今は、とヒューリは再び踏み出した。


「あ? んだよお前? どっから湧いて出やがった」


 側に寄るなり、立ち上がって犬歯を剥く少年。右手に構えた得物は、懐かしく、その刃に刻まれた紋章を目にして、思わず頬が緩んだ。


「レキ家の小太刀……失礼ですが、お名前を伺っても?」


 レキ家。その単語を口にした途端、少年は小太刀を鞘に納めた。それどころか、軽く頭を下げ、


「イサナから、聞いてますです。お前が、レキ家のユウリですかよ?」


 何とも無茶苦茶な言葉遣いに、苦笑しつつも、頷いてやる。

 すると、少年は、


「クーヤ・レキっていいます。あの、イサナが」


「ええ、わかっています」


 答え、そのまま女の側へ。

 片膝をつき、その髪をすくった。


「お久しぶりです、姫。相変わらず、寝顔だけは神秘的ですね」


 久しい顔に、何より望んでいた再会に、ヒューリは微笑んだ。

 と、大柄な男が心配げな顔で、ヒューリを覗き込む。


「お、俺、ウルガン。イサナ、大丈夫なの、か?」


 ウルガンと名乗った男には答えず、ヒューリは無言で立ち上がった。

 眠る灰色の髪の乙女を横目に、白で埋め尽くされた城に視線を向ける。全身が白に染まった人々の群れ。その瞳に、光はない。規則性のない動きで、こちらへ向かってきては、見えない壁にぶつかり、それでも執拗に、前へ前へと進もうとしている。


「なるほど。城を丸ごと、結界で封じたのですね。さすがは姫。やることが無茶苦茶だ」


 相変わらずの化物ぶりに、苦笑する。

 この規模の結界を張ったのだ。おそらく、そうすぐには目覚めまい。となると、


「クーヤ君と、ウルガンさん」


 ヒューリの声に、二人が立ち上がる。


「ここは任せます。どうか、イサナを。姫を守ってください」


 二人が答えるのも待たずに、ヒューリは進み出る。

 ──呪なき器に、呪を満たせ。

 ──これなるは、呪なり。

 結界に触れる。するり、と指先が結界を透過する。やはり、法気なき汚れた肉体までは、阻めないようだった。

 進む。一歩を行けば、白き死人に阻まれる。が、ヒューリの肩を、腕を、胸を、掴みあるいは触れる度に、死人から白が抜け、倒れていく。

 呪詛を取り込む禁忌の術。

 ヒューリが、恩人のために編み出した秘術。


「なるほど、それがアスヴィオルの秘術か」


 小さく、手を叩く音。

 楽しげな笑い声を上げるのは、桜色の髪の優男。城門を背に、眼鏡の端を持ち上げ、再び、手を叩く。


「いやはや、実に素晴らしい。一介の術師でありながら、よくもまあ──」


「サリヴァン……ですね? 妹さんが悲しんでおられましたよ。あのクソ兄貴が、とね」


 言葉を遮られたからか。それとも、妹を引き合いに出されたからか。目を細めた男が、眼鏡を外した。すらりとした鼻梁に、切れ長の瞳。それらを醜悪に歪め、男が両手を組む。


「頭に乗るなよ、呪術師風情が」


 起から結へ。

 流れるように両手を組み換え、祈りの型へと収束。

 その足が、地を離れる。


「やはり兄妹。法気の扱いには、天賦の才がおありのようだ」


 妹たるクレハ同様、人体が宙に浮くほどの膨大な法気を体内で練り上げているのだろう。


「もうじき、世界はあるべき姿へと帰る。邪魔をするな、厄種」


 憎々しげに云い放ち、再び印を結び始めるサリヴァン。

 その全身から、光が溢れ出す。それは徐々に輝きを増し、黄金となって周囲に広がっていく。


「黄金を放つ法気……そうか、貴方たち兄妹は」


 クレハとサリヴァン、その二人の正体に思いいたり、眉をひそめた。二人がかの伝説の男の系譜に連なる兄妹なら、勝ち目はない。

 まばゆい光に目をすがめつつ、ヒューリは両手を前に突き出した。

 対するサリヴァンの組まれた両手の隙間から、目を焼くほどの光が迸る。その両手が、開かれた。周囲の全てをまばゆく呑み込みながら、光が走る。まっすぐ、ヒューリの元へ。


「ぐっ」


 突き出された両手に、光が衝突する。

 掌を熱する光。手元で暴れる衝撃を受け止めるヒューリの両足が地を滑り始める。

 そして──


「……何をした」


 呟かれたのは、驚愕の声。

 光の失せた世界で、サリヴァンの震えた声が木霊する。


「何をした! 呪術師!」


 怒号を上げるサリヴァンの視線の先。

 両手を突きだしたまま、サリヴァンを睨むヒューリの姿があった。その髪の幾つかを、白く染めた異様な出で立ちで。

 はらり、と一房、宙に舞った白い髪。それを見つめ、独り頷くヒューリ。


「やはり、アスヴィオルの悲劇は呪詛克服が原因ですか。完成させたのは、シャルマン・ロゼ……そうですね?」


 怒りを孕んだ冷たいヒューリの声。その顔に浮かぶ激情を前に、サリヴァンは嘲笑う。口角を吊り上げ、手を叩いてみせた。


「恐れ入ったよ。そこまでお見通しとは。しかし、貴様も完成させていたとはな……」


 いやらしく歪んだサリヴァンの口許。その笑みが、さらに邪悪なものへと変貌する。

 わざとらしく首を傾げ、


「それで? どんな気分かな?」


 核心をつく、その言葉を。


「巫女を救うために創り上げた術が、全てを壊す狂気に利用された気分は?」


 心底、楽しそうに笑いながら、問いかけてくるサリヴァン。

 きっと、最初からヒューリの研究は間違っていたのだろう。

 アスヴィオルの悲劇。それが、自分のせいで起きた悲劇だと、半ば予想しながらも、間違いであってくれと祈り続けた。

 祈りは、届かなかった。


「……始めに言っておきます」


 呪詛の吸収。しかし、呪詛を吸われた人間は例外なく死を迎えた。

 だからこそ、ヒューリは別の方法を模索した。

 たどり着いたのは、吸い上げた呪詛を克服し、法気へと転化する術式。


「これは完成などしない。何故なら──」


 完成しない。何故なら、


「私が《厄種》だからですよ」


 法気を宿さない肉体だからこそ、呪詛吸収へとたどり着いた。しかし、皮肉なことに、特異な体質だからこそ、法気へ転化できない。

 可能であったのは、克服するだけ。吸収した呪詛を取り込み、己が肉体へと捧げる。一時的な肉体強化。その後にどうなるかは、アスヴィオルの悲劇が物語っている。

 細胞は死滅し、肉体は朽ち果てる。


「一方通行の無謀な術。それを帝都にばら撒き、死の嵐を呼び込む。狂っていますね。シャルマンも、貴方も」


「それを貴様が言うのか? 全ての元凶たる貴様が?」


 嘲笑うサリヴァンに、ヒューリは無言で踏み出す。


「たかが肉体強化。それで俺をどうするつもりだ? ええ?」


 一瞬で結印し、掌をヒューリに向けるサリヴァン。

 掌から、再び黄金の光が生まれる。


「消し飛べ、ヒューリ・クロフ」


 光が炸裂する。

 飛来した黄金の光の奔流を、しかし、ヒューリは腕を振り抜いただけで消し飛ばした。

 霧散する光を目にし、サリヴァンの顔から表情が消える。唇をわななかせ、吠えた。


「ふざけるな! 厄種風情がっ!」


 結ばれる両手。

 幾度となく降り注ぐ光。

 その全てが、ヒューリの一挙で消滅していく。


「馬鹿な!? 嘘だ嘘だ嘘だ! 嘘だぁあああ!!」


 桜色の髪を振り乱し、狂ったように何度も法術を放つサリヴァン。

 しかし、その全てが、ヒューリに傷一つ負わせることはなく、練り上げた法気が枯渇したのか、サリヴァンはゆっくりと、地に降下していく。


「運が悪かった、と出会いを悔いてください。私は厄種ですから」


 心中でクレハに頭を下げながら、ヒューリは、今なお必死の形相で印を結ぶサリヴァンの肩を掴む。


「さようなら」


 ヒューリのその言葉が、幕切れだった。

 サリヴァンが、糸の切れた人形のように、ばたり、とその場に倒れた。桜色だった髪が、真っ白に染まっていく。

 肌は艶をなくし、皮膚に薄く刻まれていく幾つもの溝。

 白髪にしわだらけとなったサリヴァンは、もはや青年とは言い難い姿で、事切れていた。


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