表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
61/64

追憶の獅子4

 

 宵闇の裏路地。

 街灯はすでになく、しんと静まり返った路地で、オーネスは疲れたように目頭を押さえていた。


「何をしておるのか、お前は」


 眼前には、満面を朱色に染めたにやけ面。路地に座り込み、唸る赤髪の青年の姿があった。

 その頬には、手酷い一撃を思わせる跡が見受けられる。


「まいったぜ……エレナの奴、気が短いにもほどがある」


「どうせまた、お前の軽薄ぶりに嫌気が差したのだろうよ。ほれ、行くぞ」


 ヴァンの片腕をとり、立ち上がらせる。

 鼻をつく酒気に、思わず顔をしかめた。


「呑みすぎである。酷いぞ、ここしばらく」


「はん。呑まなきゃやってられんぜ」


 ふと、感情を圧し殺したようなヴァンの声に、オーネスは眉を寄せた。

 何も聞かずにいるオーネスをよそに、ヴァンはふと、言葉をもらした。疲れたように、自嘲の響きをもって口から出たのは、聞き慣れぬ名。


「……クリスティオンだってよ」


「なに?」


 聞き返すオーネスに、しばし反応はなかった。

 ふらりふらり、と肩を借りて路地をゆくヴァンの足には力強さがない。それが、酔いのせいだけではないことは、何となくオーネスにもわかっていた。


「なあ、オーネス。俺ぁマクスウェルの名に誇りを持ってる」


 らしくない台詞に、オーネスは思わず笑ってしまった。


「実に今さらであるな。やはり、呑みすぎであるぞ。お前の口から誇りなど──」


「セロオン・ヴァン・クリスティオン」


 告げられた名に、思わず足を止めた。

 呼気さえ止まったかのごとき錯覚が、オーネスを襲う。

 その名は、天上人より賜る栄誉。並み居る聖騎士の中において、序列一位。天にもっとも近き聖なる騎士──


「…………《天聖》で、あるか」


 ヴァンは答えない。

 その序列を勝ち取った者は、ここ数百年に一人とていない。故に、空白の序列とされていた。セロオンの名は、誰にも触れ得ぬ神聖。


「うむ。実に……実に、名誉であるな」


 そう言ったオーネスに、ヴァンは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。


「どこが。俺はマクスウェルだ。今さら、家名なんざいらねえ。新しい名前なんか……欲しく、な、い」


 と、そこで言葉は途切れた。

 重さの増した身体に、耳許に聞こえる安らかな寝息。

 相当に、呑んでいたのだろう。仕方のない奴だ。

 オーネスは寝入ったヴァンを背負い、家路につく。

 これより、ヴァンは聖域守護の任につく。貴重な身体だ。己など取るに足らぬほどに。


「護らねば、な」


 何を置いても、この身を捨ててでも、護らねばならない。






 北部一体を治める大国、ホウガ。

 流民受け入れにも積極的な姿勢を見せ、力なき者には過酷な環境であるものの、力さえあれば一国を担う輝きを放つ者となる。

 貴族と平民の垣根が薄いお国柄で、世襲性ではなく、決闘で国長を決めるという。

 そんな血生臭い国と帝国を隔てる国境線。

 そびえる白王山脈を背に、列を成すホウガの軍。

 対峙するは、レンダール帝国軍。先陣には、剣豪ガイウス・マクスウェル率いる第二師団。その小隊に、オーネス・グラリエスはいた。

 父より与えられた甲冑は、新調したもので、傷一つない。初陣に玩具を与えられた子供を嘲笑うかのごとく、グラリエスの落ちこぼれが、と揶揄する声が小隊内からいくつも聞こえてくる。

 ──またか。揶揄のさえずりに、甲の下で顔をしかめるオーネスの背が、大きく叩かれた。見ずともわかる。


「柄にもなく緊張してんのかい、デカブツ」


「ふん。デカブツではない」


 突撃の号令と共に、剣を抜く。


「我輩、誉れ高きグラリエス家が(つるぎ)。オーネス・グラリエスである!」


 開戦。

 初手、両軍共に速突隊による突撃。この速突隊こそ、オーネス、ヴァン両名が身を置く小隊である。

 先陣の誉れ、とはいうものの、捨て駒という認識が正しい。現に、変人かつ嫌われ者の師が先陣を任されている。死ねば儲けもの。そんな中流貴族どもの思惑が透けて見える。

 だからこそ、この一撃で目にものを見せてやろうと、オーネスは気を昂らせていた。


 結果として、その一撃は大きな好機を呼び込んだ。


 初撃にて、第二師団は怒濤の勢いを見せたのである。

 オーネスは恵まれた体躯を活かし、力任せに眼前の敵を蹴散らした。盾ごと吹き飛ばされ、あるいは両断されるホウガ兵。決して素早くはない動きの中にあって、しかし、その痛烈な一撃一撃は怒れる獅子を思わせた。

 獅子の咆哮の隙間を縫うようにして、敵へ斬りかかるのは、神速の影。崩れかけた味方を叱咤する敵軍の指揮官へ、狙いすました矢のごとく、その首を刈る閃光。ヴァンである。


「やるねえ、おっさん。いつにも増して気合い充分ってか?」


「おっさんではない。オーネス・グラリエスである」


 敵のただ中にあって、言葉をかわせる余裕が二人にはあった。

 と、突如、眼前に踊り出た敵を前に、オーネスの剣が止まった。


「こ、これは……」


 幼く、あどけない顔の少女であった。

 甲冑もなにもない。襤褸(ぼろ)を纏っただけの貧相な体つきの幼子。まともに振るうこともできないくせに、剣だけは立派なものを構え、こちらに向かってくる。

 その瞳には、敵意と殺意。

 オーネスの瞳が揺れた。


「なにやってんだっ! おっさん!」


 瞬間、身体が傾いだ。

 やけにゆっくりと移ろう視界の中、己を突飛ばし、前に進み出る赤銅色の後ろ姿。その背が突き出た刃を見て、


「ぁ、う」


 胸がざわめく。

 脈打つ心音はやけに大きく、なのに、肉体はどんどん冷えていく。

 剣戟の音色も、怒号も、悲鳴も、遥か彼方へ。


「よ、よせ」


 倒れ伏す友の姿に、無我夢中で駆け出していた。

 それから先は、酷く記憶が曖昧だった。

 友を抱き、血塗れで後方へと下がった。その全ては返り血と友のそれ。己の傷など一つもなく、勝利に湧く味方の喝采をどこか遠くの出来事のように見守り、医務室で夜を明かした。


「状況は把握した」


 いまだ目覚めぬ寝台のヴァンを見下ろしつつ、師が低く告げられた。


「お前の目指す剣は」


「護る……剣であります」


「……そうか」


 直後、頬に衝撃。

 激しくぶれる視界。後頭部を壁に打ちつけ、頭上から医療品やら書物やらが雪崩れ落ちてくる。


「護れ。そう、言ったであろうが」


 どこか悔しげに呻く師。

 その様に、失望の念を感じとった。何も言えず、オーネスは目を伏せる。


「幼子の血に塗れることを嫌ったか。お前が護ったのは、他の誰でもない──」


 続く言葉を最後に、師は医務室を出ていった。


「己であろうが」


 オーネスは立ち上がり、書物を手に取った。

 年季の入った医術書である。法医に関するそれを手に取り、埃を払う。何度も何度も、意味もなく埃を払い続ける。

 表紙が、血に塗れていた。それを払おうと力を込める。震える指先で、幾度となく。

 だが、当然、血が払われることはない。


「辛気くせえな、おっさん」


 かけられた声に、はたと顔を上げた。

 血の気の失せた顔で、口の端を持ち上げるヴァンと目が合った。


「お、おお。ヴァンよ! 無事か!」


 慌てて駆け寄ろうとするも、鬱陶しそうに片手をひらひらと払われる。

 立ち止まり、どうしたものかと思案していると、


「腹をぶっ刺されたんだぞ? 無事なわけねえだろが」


「う、うむ。すまん。我輩が手ぬるいばかりに」


 なおも、にやけたまま口にするヴァンに、頭を垂れる。

 そんなオーネスの様子に何を思ったのか、ヴァンは唐突に舌をうった。そして、忌々しげに、


「しっかし、おやっさんも手厳しいなあ。勝ったんだぜ? もちっと褒めてくれてもよお……なあ、おっさん」


 オーネスは答えない。ただ、無言で顔を伏せた。

 勝利を掴んだなどと、どうして思えようか。


「なあ、オーネス」


 珍しく名を呼ばれ、オーネスは顔を上げた。


「お前の目指す剣は」


 厳めしい顔を作り、声音まで真似て、問いかけてくる。

 欠片も似ていないその様に、それでもオーネスは答えた。


「護る剣であります。祖国と……その民、すべてを」


 答えれば、これまた作りものの厳めしい顔で、うむ、などと頷いてみせるヴァン。その顔に、ふと笑みが浮かんだ。


「なら、いいじゃねえか。自分を守ってやってもよ」


 にっと笑ってみせるヴァンに、オーネスは言葉を失った。

 口を半開きにし、硬直するオーネスに、ヴァンはなおも笑って告げる。


「アンタが自分も他人も、胸張って護れるように、俺がアンタの剣になる。だからよ──」


 胸を打つものがあった。

 あの粗暴な山犬だった小僧の心に、しかと故郷はあった。


「泣くんじゃねえよ、おっさんのくせに」


 みっともねえ。

 そう言ってまた、ヴァンは笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ