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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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追憶の獅子3

 

「──違うというに。もっとこう、全力でだな」


「だからわかんねえって。何回言わせんだよデカブツ」


「……デカブツではない。オーネス・グラリエスである」


 早朝。ガイウス・マクスウェルの所有する練兵場にて。

 今日も今日とて、生意気な山犬への稽古に辟易とするオーネスの姿があった。

 ヴァンを預かってから、一月。

 筋は悪くない。素行はすこぶる悪いものの、物覚えは良く、礼儀作法とて、少しばかりは身につきつつある。とはいえ、付け焼き刃の作法では、公の場など出れるはずもなく、貴族相手では何とかなるのも挨拶程度。まともな会話などできようはずもない。

 いまだ不名誉なあだ名で呼んでくるが、それも慣れたもの。稽古そのものには、文句こそ多いものの、きちんと取り組んでいる。元の身体能力が高いこともあってか、わずか一月足らずで振り回すだけだった動きが、きちんと剣術のそれに近づきつつある。

 が、


「よいか、ヴァン。じきお前も祖国のため剣をとり、戦場へと駆り出される。今の剣では何も護れはせんぞ」


 そう。

 筋はいいが、所詮は恵まれた反射神経に頼っているだけの児戯にすぎない。とても、戦う術の剣とはいえない。

 故に、何とか教え導こうとするオーネスである。師に教わった通りに、見よう見まねで指導に当たっていた。


「ん? 何だその顔は?」


 見れば、きょとんとした顔でこちらを見やるヴァンの黒瞳と目があった。

 珍しく、うーん、と唸るその様子に、おや、と思う。

 そして、その口から出た言葉に、オーネスは戦慄を覚えた。


「護るって何をだ? 剣は殺す道具だろ」


 それは、オーネスの目指す剣とは真逆。

 だが、咄嗟に否定しようにも、言葉が喉をつっかえた。汚れを知らない黒真珠のごとき透き通った瞳に、そうと信じて疑わない輝きを見た。

 いまだ幼く、汚れを知らないはずのその瞳に、一体何を見てきたのだろう。

 そういえば、とふと思いいたる。オーネスは、この山犬のごとき少年のことを何も知らない。


「ヴァンよ。稽古はやめだ」


「おっ。何だよさぼりか? おやっさんにどやされるぞ」


 と言いつつ、ヴァンの口許には笑みがある。

 やはり、まだまだ子供。小さな反発には、心踊るらしい。


「構わん。我輩、師の拳骨には慣れたものである」


 同じく口許を緩め、


「して、ヴァンよ。お前、好物はあるか?」



 帝都に居を構える商店は、貴族御用達の高級なものから、平民向けの雑多なものまで、数多く点在している。

 しかし、食べ歩きとなると、選択肢は一つ。第二商店通り。通称、食の銀通り。およそ銀貨一枚で、全ての店を回れることから、この名がついた。

 ヴァンの好物は、これといってないらしい。胃に入れさえすれば、すべからく好物だというので、食べ歩きと相成った。


「おや、珍しいねえ! 稽古は休みかい?」


「坊っちゃん! 今日は連れがいるんだねえ。これ持ってきな」


「おいおい旦那にどやされるぞ? で、何にする?」


 オーネスの顔を見つける度に、そこかしこから声が上がる。その一つ一つに、笑みを返し、他愛のない会話に花を咲かす。


「なんでえ。えらく人気じゃん」


 意外そうに目を丸くするヴァンに、豚の串焼きを手渡し、オーネスは照れたように笑った


「稽古ばかりでは、腐ってしまう。折りを見ては、こうして腹を満たさねばな」


「ほえー。ただの堅苦しい木偶の坊じゃねえんだな」


「う、む。お前はもう少し、その言い様をだな……」


 こうして、食べ歩きの一日が過ぎていく。

 中には、先日のゼル・ドーラムとの大立ち周りを見ていた人間もおり、ヴァンに声をかけていた。

 格好良かっただの、勇気があるだのとのはやし立てられ、大量のおまけを抱えて赤面するヴァンの姿に、小さく吹き出すオーネス。

 夕刻。

 食べ歩きを終え、商店通りを抜ければそこは、


「見よ、ヴァン。あれが我らが聖帝陛下のおわす居城よ」


 いくつもの尖塔を天に伸ばし、夕焼けの中に輝く城。

 天上人の世界。そして、この国を照らす光の中心。


「ヴァン。今日、お前が歩いた通りも、食も、そこにあった数多くの声も笑みも、我輩は何より愛しい」


 今日見た光景を、忘れないで欲しい。

 いつか、心の底から護りたい。そう、この少年が思えるように。


「いつかお前にも、そう思ってもらえたらと思う。ここはもう、お前の故郷である」


 言葉が届いたかは、わからない。

 ただ、無言で帝城を見上げるヴァンの瞳には、今までにない光が揺れていた。決意とも、覚悟ともとれる光。

 この時、オーネスは気づいていなかった。少年の瞳に宿った光が、尋常な輝きではなかったことに。

 この日より、産まれたのだということに。

 その日、ただの山犬だった少年は、帝国最強の道を、すでに歩み始めていた。





「三日後だ。私の指揮する第二師団が、先陣の栄誉を頂戴する運びとなった。お前にも期待しているぞ、オーネス」


 夜。練兵場で稽古を終えたオーネスの元に、いつにもまして厳めしい顔つきの師が、開口一番にそう告げてきた。

 聞くところによると、北の白王山脈にホウガの軍が集結しているという。

 噂だけなら、一月も前から耳にしていた。オーネスとて大貴族グラリエス家の端くれ。密偵の類は数多く、嫌でも耳に入ってくる。曰く、北部に不穏な動きあり、と。


「承知」


 短く答えたオーネスに、うむ、と頷きつつ、師の目線が辺りをさ迷い始める。またか。


「して、オーネスよ。ヴァンはどうした」


「そ、それは……」


 言いよどむオーネスの様子から察したのか、師は盛大なため息と共に、


「またか。それしかないのか、あの阿呆は」


 ヴァンを預かってから、三年と少し。

 礼儀作法も問題なく、剣術はすでに師と互角の域にあった。

 が、女漁りが酷かった。当初こそ、娼館の女を口説くだけで満足していたのが、なまじ礼儀作法を身につけたせいか、貴族のご令嬢にまで手をつける始末。

 おまけに、今年で十六となったヴァンは、身なりを整える術も身につけ、その物腰から鍛え上げた肉体も相まって、淑女の受けもすこぶる良いときた。


「まあよい。お前から伝えておけ。ほどほどに、とな」


 半ば呆れつつ、しょうのない奴だ、と呟く師。

 しかし、オーネスは知っている。何だかんだと、ここ最近は師も口うるさくなくなった。それだけ、ヴァンを信頼しているのだろう。

 それだけに、とオーネスは思う。この身の何と情けないことか。

 純粋な剣術では、もはやヴァンには手も足も出ない。法術を用いた戦術で、何とか勝利をもぎ取れるという体たらく。しかし、その戦術も、ヴァンが本気になれば、容易く攻略されるだろう。彼には、法気を無力化する特異な体質がある。


「手を抜かれているのであろうな」


「……何か言ったか?」


 思案顔から、ふと顔を上げる師に、いいえ、と首を振る。

 情けない姿は見せない。

 ただ、己の剣であれ。

 教えを忘れるな。

 師の教えを胸に、オーネスはヴァンを探すため、練兵場を後にした。




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