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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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追憶の獅子2

 

 全身が熱い。

 そう感じた時にはすでに、熱された大気を目一杯吸い込み、激しく咳き込んでいた。


「お、おいデカブツ!」


 背後で揺れる声に、思わず口許が緩む。

 よかった。どうやら、間に合ったらしい。


「デカブツ、では、な……い」


「ふむ。グラリエスの(せがれ)か。貴様も私の邪魔をするのか」


 淡々と告げられた言葉に、オーネスは戦慄した。風に散った爆炎の向こうから、冷たい殺意が牙を剥く。

 護るなら、ここ。判断を誤ってはならない。


「お、お言葉ですが、ドーラム卿。これはまだ子供にございます。栄えある聖騎士が子供相手に術を行使するなど──」


 しかし、オーネスの説得は最後まで続かなかった。

 彼の言葉は、ゼル・ドーラムによって容易く断ち切られた。


「貴様の目は節穴か」


「……は?」


 呆気にとられるオーネスをよそに、ゼル・ドーラムの顔に初めて表情らしきものが浮かんだ。それは、笑み。わずかに口角を吊り上げ、


「小僧の眼を見よ。立派な牙を隠しておろうが」


 言葉と同時。

 背後の気配が動いた。それも、膨大な殺気をまき散らしながら。

 気づいた時には、遅かった。ヴァンはオーネスの脇をすり抜け、前方に躍り出るなり、全力で駆け出した。手には何故か、抜き身の長剣。

 まさか、と見やれば、腰に吊るした鞘から剣が消えていた。

 ──抜いたのか、あの一瞬で。


「馬鹿者! 早まるでない!」


 声を張り上げ、制止するオーネス。

 しかし、ヴァンは止まらない。火がついたように、巨大な殺気と共に、ゼル・ドーラムに向かっていく。

 迎え打つ姿勢をとるのは、帝国最強の術師たる炎のドーラム。


「牙剥く獣が相手なら、例え子供であろうと、焼き払う。それが──」


 ゼル・ドーラムの右手が、燃える。

 現出した炎の奔流が、剣を構えたヴァンに襲いかかった。

 灰と消える。その刹那、ヴァンは上へと跳んだ。

 だが、それは悪手だ。ヴァンは術の本質を知らない。


「駄目だ! ヴァン!」


 ゼル・ドーラムの右手が跳ねる。


「──男というものよ」


 右手に呼応するかのごとく、火の粉を散らす炎が動きを変える。直線から、曲線へと。

 その線上の終端には、ヴァン。


「クソッたれがぁあああっ!」


 怒号。上段に構えた剣を、落下の勢いと共に炎に向かって振り下ろすヴァン。

 ──終わった。目をそむけようとしたオーネスの視界に、何故か、わずかに眉根を寄せるゼル・ドーラムの顔が映った。酷く、怪訝そうな、ともすれば首でも傾げそうな。

 瞬間。

 炎が、跡形もなく消失した。


「なっ!?」


「ふむ。面妖な牙だ」


 驚愕に声を上げるオーネス。

 そして、今まさに迫りつつある牙を前にしながら、どこか楽しげなゼル・ドーラム。

 しかし、ヴァンの剣が届くことはなかった。

 ゼル・ドーラムは、迫る刃を表情一つ変えずにかわし、落ちてきたヴァンに右足を走らせる。

 体勢を崩したヴァンの水月に、膝頭が叩き込まれた。


「ぐおぅ」


 たまらず苦鳴をもらすヴァン。

 その背に、追い討ちをかけるかのように、肘が落とされた。

 もはや声もなく、強制的に呼気を阻害され、その場に倒れ伏すヴァン。

 そんな姿に一瞥をくれ、次に、その視線がオーネスへと移される。


「立っているだけか、グラリエスの倅。その様、果たして男足り得るのか」


 明らかな挑発。

 だが、オーネスとて男である。弟弟子があれだけ奮い立ってみせたのだ。自分が行かなくてどうする。


「言わせておけば……聖騎士、何するものぞ」


 オーネス、走る。

 策などない。ただ、真っ直ぐ。己が己の剣であるために。

 眼前にゼル・ドーラムを捉えるなり、オーネスは右の拳を突き出した。渾身の一撃。

 が、やはりこれも容易く避けられる。

 しかし、オーネスは止まらない。蹴りと突きを連続して繰り出しながら、ゼル・ドーラムの動きを制限していく。


「ふむ。術を使わせぬ算段か。グラリエスにしては賢しいな」


 息つく間もなく繰り出される拳を前になお、口を動かす余裕を見せるゼル・ドーラム。

 その両手が、祈るように組まれた。

 先までの突発的な術の行使ではない。印を用いた本物の術。戦術兵器たる法術が、くる。


「させん!」


 繰り出す技を、さらに速く。

 しかし、


「芸がないな」


 オーネスの奮闘空しく、見る間に、ゼル・ドーラムの両手に印が結ばれていく。

 その一つ一つを、オーネスは認識していた。


「見よ。これが炎だ」


 向けられた右手から、炎が吹き上がる。

 同時に、オーネスも印を結んだ。起から結まで、工程は二つのみ。だが、充分だ。

 ゼル・ドーラムの炎が、オーネスを襲う。

 が、


「……護法術か。実に見事よ、オーネス・グラリエス」


 ──護法術。戦術的法術から身を護る術の一つ。


「法術への造詣があるとはな。ますます、おかしなグラリエスよ」


 燃え盛る炎を逆流する水と外への法気放出のみで相殺してのけたオーネスへ、称賛の言葉を送るゼル・ドーラム。

 だが、そこまでだった。慣れないことをしたせいか、オーネスの身体は限界を迎えていた。膝が、落ちる。


「驚いたな。術の行使は初めてか」


 術の行使には、繊細な法気の操作を必要とする。これを知識なく行使すれば、操作に不慣れ場合、ただの一度の行使で肉体が使い物にならなくなる。

 護法術とてその例に漏れず、オーネスの全身からは、多量の法気が発散。既にして枯渇寸前であった。


「貴様は逸材だ、オーネス・グラリエス。剣だけでなく、法術も学べ」


 身動きできないオーネスへ、ゼル・ドーラムが捨て台詞のように言った。

 そして、そのままオーネスの脇を通る。

 緩慢な動きで振り向くオーネスの視線の先には、うつ向く少女と炎の術師。

 見れば、いつの間に気がついたのか、ヴァンも半身を起こしていた。しかし、やはり動けないのだろう。悔しげに唇を噛みしめながら、視線だけで射殺さんばかりの殺気に満ちた瞳をゼル・ドーラムに向けている。


「これ、娘よ」


 服が汚れるのも厭わずに、少女の側に膝をつくゼル・ドーラム。

 その優しげな声に、オーネスははっと表情を改めた。

 びくり、と肩を震わせる少女に、何とも形容しがたい表情でゼル・ドーラムは再び、


「顔を上げよ、娘」


 恐る恐る、といった具合に顔を上げる少女。

 そんな怯えきった様子の少女に、ゼル・ドーラムは大きく嘆息する。


「うら若い娘が、傷をそのままにしていてはいかん」


 その右手が、そっと少女の膝頭に添えられた。

 右手から、光がもれる。それは、青く静かに燃ゆる炎。

 少女は、思わず、といったように目を丸くした。


「女なら、少しは己の身を気遣うように」


 言うなり治療を終えたゼル・ドーラムは、立ち上がった。

 肩越しに振り向き、


「そこの山犬、きちんとしつけておくのだぞ、グラリエスの倅よ。いまだ小さく脆い牙なれど、大器である」


 これだから、マクスウェルの子は面白い。と、僅かに笑みを残し、去っていくゼル・ドーラム。

 後には、遠ざかっていく周囲のざわめきと、ぽかんと大口を開けて固まっているオーネス。そして、


「なんだ。いい奴じゃねえか、あのおっさん」


 鼻を鳴らすヴァン。

 硬直から立ち直ったオーネスは、すかさずその頭上に拳骨を落としてやった。











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