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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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死都7

 

「デケェ図体の割に、器用なことするねえ」


 呪術師に向けていたにやけ面をそのまま、獅子の冑に向けてやる。

 全身を淀みなくながれる法気。その熱を確かに感じながら、長年積み重ね、研磨し続けていた“もの”を集約させる。


「……読んだか。称賛しよう。我輩の術を見抜いたのは、貴様で二人目だ」


 臣下を労う王のように、尊大な口調でさえずる阿呆へ、クレハは冷たくいい放った。


「なにが術だよ。ただの《法纏》だろうがよ」


 法気を鎧のごとく纏う武法の基本。印を必要とせず、また無自覚のまま発動させる武人も多いことから、法術とは別の技術とされている。

 この《法纏》。筋力の増強から、反射神経の向上。視力や治癒の活性化など、戦場に立つ者には多様の恩恵をもたらす。


「《法纏》の欠点を逆に利用するなんてねえ。小癪とかいってたけど、アンタも人のこといえねえな」


 欠点を利用しながら、それを匂わせない。その狡猾さを、クレハは鼻で笑う。


「我輩を侮辱するか。覚悟はよいのだろうな、小娘」


 怒気を孕んだ声で振り上げていた巨剣を下ろすと、オーネスは身体の向きを変えた。宙に浮く少女へと、全神経を集中させるかのように。

 その様子を目にしながら、クレハは胸中でほくそ笑む。

 実にやりやすい。こういう騎士道馬鹿が、いちばん楽でいい。

 現に、獅子の視界から外れた途端、ヒューリはシシカに駆け寄り、彼女を確保していた。オーネスと距離を取り、わざわざその背後に回ってシシカの容態を確認しながら、隙を伺っている。

 ──ああいう奴の方が、危ないんだよ。

 あの呪術師の狡猾さこそ、本物。目の前の獅子は張りぼて。策を用いながら獅子を演じる小物にすぎない。

 そして、その本質は──


「傷は深そうだなあ、オーネス・グラリエス」


 クレハの元へ向かっていた獅子の足が、ぴたりと止まった。


「…………なに?」


 思わず出た、そんな言葉。そこに、クレハは確信を得た。

 帝国最強の騎士。

 その奥底に垣間見えた傷口。それだけで、酷く気分が良い。口許が自然と歪む。


「かかってくるかい? 張り子の獅子さん。アンタの傷口、きっちりえぐってやるよ」


「意気やよし。ゆくぞ小娘」


 オーネスが動く。

 距離を詰め、間合いに入った途端、強烈な殺気と圧が真正面からクレハに叩きつけられる。

 いや、圧ではない。これは法気。《法纏》である。

 通常、《法纏》は全身に行き渡ってから徐々に厚みを帯びてゆく。薄皮のような法気の鎧が、一枚、また一枚と重なっていくように。

 そうやって限界を迎えると、次は徐々に剥がれていく。

 故に、最初から全力でくることはない。本来なら。


「はえーはえー」


 能天気にいいながら、オーネスの振るう剣をことごとくかわしていくクレハ。

 無論、獅子の剣速は尋常のものではない。かわすことはおろか、視界に留めることすら困難な神速の剣を、クレハは危なげなくかわし続けていく。


「さすがに速いな。《法纏》の全力展開、ね。ずるして楽しいか? え? イカサマ野郎」


 オーネス・グラリエス。

 どういう理屈かは不明だが、この男は《法纏》を最初から全力で展開できるようだった。ヒューリの呪縛を破った時、クレハはそのからくりを見破っていた。

 呪詛で縛られた肉体は、呪詛返し、あるいは呪詛克服による解呪が基本。が、ごくまれに馬鹿げた法気の多量放出だけで強制的に呪詛を破壊する化物がいる。本来なら、法気の多量放出はそのまま法気の枯渇──つまり、死に直結する。《法纏》の欠点とされる全力展開を、この男は利用してみせた。

 まさに化物。

 おまけに、


「……剥がすのも一瞬かよ。器用だねえ、いやホント」


 終始剣をかわされていたオーネスは距離をとり、息を整えていた。その姿に、先に感じただけの圧はない。


「あんだけ全力でやっても、休憩できるわけか。とことん反則だなあ、オイ」


「反則? それは貴様のことであろう? なぜ見えている」


「そりゃあたしが天才だからさ」


 クレハが踏み込む。

 舞い上がる砂塵と共に、小柄な姿が消失する。

 オーネスは反応仕切れていない。当然だ。蓄えを“半分”は消費したのだ。いくら獅子とはいえ、動きについてこれるはずがない。

 懐に潜り込み、今なお敵の姿を捉え切れていない獅子の腹部に拳を叩きつける。

 弓なりに身体を折るオーネス。それと共に、重たい甲冑が流れる法気によって弾け飛ぶ。四散する甲冑の破片。それが地に落ちるよりも速く、身をひねり、渾身の蹴りを冑の上から頬にぶち込んだ。

 冑に亀裂が走り、首が大きく傾ぐ。数瞬遅れて、オーネスの足が地を離れた。

 突風に吹き散らされた木葉のように、全身をめちゃくちゃに振り回しながら、冑の破片を引き連れてオーネスの巨体が吹き飛んでいく。


「はい終わり」


 ぱんぱん、と手を払い、ふぅと息をつく。

 ヒューリに視線をやると、呆れたような疲れたような何とも言えない笑みが目に入った。


「傷は?」


 ヒューリの胸に抱かれた少女に目をやりながら、クレハは問う。


「深く、はないかと。ただ、意識が」


「まあ、こう何度も死にかけりゃね」


 診せてみて、とその場に膝をつく。

 確かに、酷くはない。が、良くもない。

 得物に当たって軌道が逸れたのか、切っ先は僅かに肉を裂くまでに留まっている。これなら、大事には至らないだろう。


「さて、それじゃあ」


 さっさと治療して、ここから離れよう。そう提案しようとしたクレハの背中に、聞こえるはずのない声が届いた。


「──外法拳か。実に見事な腕であるな、小娘」


「ったく。結構本気で入れたんだけどね」


 呆れながらも振り向いてみれば、やはり、立ち上がっていた。

 帝国聖騎士、オーネス・グラリエス。“獅子”の異名を持つ最強が、隆起した筋肉を剥き出しにして佇んでいた。


「その小さい成りで法流体術とはな。騙されたぞ、小娘」


 甲冑は喪失し、剣も手を離れた。にも関わらず、両の拳を構え、眼前に立つ男からは、今まで以上の強烈な圧力を感じる。


「おいおい、おっさん。そっちが本命なんて云わないよな?」


「我輩、武において苦とするものはない」


 つまり、体術もあるというわけか。


「なにが騎士だよ。引き出しが多いなクソッたれめ」


 さしたる傷もなく、あっけらかんと言ってのける巨漢へ毒を吐きかけながら、残りの半分を叩き起こす。

 しかし、すでに眠りの域に入っていた蓄えは、すぐには起きてこない。


「判断を誤ったな、小娘。あれだけの法気。内法拳であれば、容易く我輩の命を刈り取れたものを」


 オーネスの全身を全力展開された《法纏》が包む。その巨漢が、何倍にも膨れ上がって見える。錯覚と知りながらも、本能から漏れだした冷たい汗が、クレハの額を濡らし、頬を伝う。


「命は取らずに置こうとでも思ったか? 嘗めるなよ小娘風情が。手ぬるいわ」


 オーネスの身体が霞む。

 と、それを認識した直後には、視界が激しく揺れていた。

 続いて、襲ってくる痛み。腹、肩、頬。三ヶ所を一息に打ち抜かれ、悶絶する間もなくその場にくず折れた。


「傷といったな」


 薄れゆく意識の中、髪を掴まれ、無理やり引き起こされた痛みで、途切れかけた意識が戻る。


「愚かなり。戦場ゆく者に、傷なき者などいるものか」


 分厚い皮膚に覆われた太い指が、首にかかる。


「他者を喰らい、他者を踏みにじり、いずれは他者に滅せられる。騎士道? 阿呆めが。戦士の道は騎士道にあらず。血屍にまみれた修羅道よ」


 首が、圧迫されていく。

 そこで、ふとクレハは笑みをこぼした。息苦しさに震えながら、それでも小さく声を出して笑う。

 首にかかった力が、ふっと弱まった。


「……何がおかしい」


「お、まえの……バカさ加減……に」


 呆れたんだよ、とは声にならなかった。

 オーネスとは別の声が、聞こえてきたから。


 ──おいおい。ずいぶんな格好だな? え?──


 懐かしくも、恐ろしい。今のクレハを形成した全て。


「答えろ。いま、なんといった」


 オーネスが声を発するも、もはや聞く気はなかった。

 脳裏に直接響く声は、クレハにとってオーネスのそれ以上に価値があり、また恐ろしさがあった。


 ──ったく最近の玩具(おもちゃ)は、どいつもこいつも──


 この声が聞こえるということは、やはり今も《視》ていたんだろう。相変わらず、凄まじい人だ。


 ──今ならちょうど繋げてやれる。今回だけだぞ──


 クソッたれが。そう言い残して、ゲラゲラと下品な笑い声と共に、頭からあの人の声が消える。

 どうやら、自分は助かるようだ。



















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