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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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死都4

 


 夢を見ていた。

 とても、懐かしい夢だ。

 幼い自分の手を引く、ごつごつとした分厚い手。だだをこねる自分をいさめようと、苦笑まじりにやんわり注意してくる大男。

 女らしさの欠片もない自分に、女のあり方を口うるさく説明してくる姉のような美女。面倒が嫌いな自分に、何度もめげずに料理を教えようと奮闘し、またそれに反発する。

 そして、その二人の娘である生意気なあいつ。いつも飄々としていて、何かにつけてからかってくる。自由奔放で、問題ばかり起こすくせに、剣の腕は誰よりも上。

 そんな彼女と、あの人はいつも一緒にいた。

 初めて見かけた時、彼はすでに自分よりも大人だった。大人に混じって立派に戦っていたし、自分の意見は決して曲げず、またあいつの問題行動を唯一止めることのできる奇特な人間でもあった。

 輝いて見えた。憧れた。何より、誰かに認めてもらいたいと初めて思った。だから、いつも近くにいるあいつに、たまらなく苛立った。

 それからは何度となくあいつに勝負を挑み、その度にこてんぱんにされた。悔しかった。悔しさはいつしか、諦めへと姿を変えていく。

 どれだけ努力を重ねても、決して超えることのできない壁。壁は高く、終わりがみえないほど。ただひたすらに高くそびえ、いつも自分の邪魔をした。

 そしてある日、あの人は何も故郷を出ていった。ついていきたかった。でも、彼は連れていってはくれなかった。君に、その資格はないと。

 追いかけようとした。でも、周りがそれを許さなかった。

 実力がない。

 まだ子供だ。

 必ず帰ってくる。

 あの手この手で、大人たちは自分を縛った。唯一、大男だけは行ってもいいと言ってくれた。とある条件付きで。

 それは、強くなること。それこそ、一人で故郷を救い、英雄となったあいつよりも。誰よりも強くなること。

 だから、強さを求めた。あいつの両親に一から剣を叩き込んでもらった。誰彼構わず、老若男女、故郷の人間と剣を交える日々。剣を振らない日などなかった。

 いつか、あの人にもう一度会うために──








 不規則な揺れで、目が覚めた。

 夢の余韻に浸りながら、うっすらと目を開ける。ぼやけた視界で、複数の人間が動き回っているようだった。鼓膜に届くのは、幾つもの怒号や何かが潰れるような音。

 鼻腔に匂いが入り込む。懐かしい匂いだ。先ほどまで夢に見ていたあの人の匂い。そこで初めて、誰かに背負われているのだと気づいた。

 そしてそれが誰なのかに思いいたると、おぼろげだった意識が急速に冴えていく。


「ユウリ! 何これどうなってんの!?」


 覚醒したシシカは声を張り上げた。改めて周囲の様子を確認すれば、状況は簡単に把握できた。剣を手に走り回る甲冑姿の兵士たちと、それを殴り倒していく桜色の髪の小さな少女。

 背負っているのは、呪術師ヒューリ・クロフ。彼は、指先を何度も振るいながら、シシカを背負ったまま走っていた。

 状況は最悪。敵の数は多く、すでに囲まれている。さらに、どういうわけか敵は南部の正規兵ときている。


「ねえ! ちょっと! 何があったのよ!? 私が寝ている間に!」


「待って。とりあえず落ち着いて。まずは、おはようだろう?」


 危機的状況にも関わらず、いたって落ち着き払った声で、彼は朝の挨拶を口にする。


「冗談いってる場合? なんでクルセニス軍と戦ってるわけ?」


「それはこっちが聞きたいね。王都に近づくなり、問答無用で剣を向けられ、追いかけ回されている次第さ」


 ヒューリの言葉に、シシカは黙り込む。

 あり得ない話だった。国王は東部を軽視していない。聖域の守護が目的ではあるものの、名目上シシカは国賓である。おまけに、ヒューリ・クロフは東部と密接に繋がっている。それこそ、国賓であるシシカよりも、ヒューリの方が東部との橋渡しには最適な人間なのだ。

 それを判っていながら軽率な行動に出るほど、南部の国王は愚かではない。


「王都で何かあったのね?」


 推測を口にするシシカだが、それはおよそ確信に近い。


「僕は何も知らない……けどまあ、まず間違いないだろうね」


 答えながら敵の動きを呪縛で制限しつつ、徐々に包囲網を崩していくヒューリ。

 彼が知らないとなると、直接の原因はヒューリたちではないのだろう。だとすると、原因は外部からのもの。そしておそらく、南部自体が根本から揺るぎかねない事態に遭遇したのだろう。それこそ、国王の判断が正常に機能しないほどの危機に。


「降ろして。私が説得する」


「無駄だよ、シシカ。向こうの士気に乱れはない。それどころか、君ですら殺そうとしている。おそらく、本当に危機的状況なんだろうね」


「大丈夫。正規兵の中には、顔見知りもいる。きっと話を聞いてくれる」


 言葉を終えると同時に、ヒューリの背中から飛び降りていた。腰の得物を抜き、駆ける。背中にヒューリの制止の声を受けながらも、シシカは止まらない。

 桜色の髪の女と南部兵との間に割って入ると、相手の振るった長剣を半ばから横凪ぎに断ち切った。


「退きなさい! 私はシシカ・レキ。東部リンカ連合所属。レキ家に名を連ねる者。私の身の安全は、王命において保障されている。判ったならさっさとお仲間を連れて帰りなさい!」


 王命が効いたのか、眼前の兵士の瞳に動揺の色が浮かぶ。しかし、困惑の表情を見せたのも束の間。シシカと目を合わせるなり、決意のこもった眼差しで折れた剣を再び構えた。


「我々の仕事は、亡命者の追放。従わなければ、殺してでも帝国に身柄を譲り渡す。シシカ・レキ。帝国からの亡命者たちを庇うなら、今の貴女は国賊です」


 目の前の兵士は、毅然とした態度でそう告げた。剣を折られたにも関わらず、一歩も譲る気はないらしい。

 シシカの隣で桜色の髪の少女が鼻を鳴らした。


「はっ。国賊だってさ。これでアンタもお尋ね者の仲間入りだね」


「うるさい。黙ってて」


 何故、この少女が行動を共にしているかは不明だが、ヒューリが認めたのなら、問題はないはず。ただ、それはそれ。馴れ合う気などさらさらない。

 向こうもそれは同じなのか、舌を打つとシシカを押し退け、他の敵へと向かっていった。

 シシカは改めて、眼前の兵士に言葉をかける。


「もう一度いうわ。私の身の安全は保障されている……王命に逆らう気?」


「我々の仕事は変わらない。亡命者の追放は決まったこと」


「話を聞いていなかったのかしら? 私は──」


「これは王命です! どうか……どうか、従ってください」


 沈痛の面持ちで絞り出すように告げられた言葉に、シシカの顔から表情が消えた。その場に立ち尽くし、兵士の口から出た言葉を反芻する。


「……どういうこと?」


 弱々しくも、なんとか口にできたのは、純粋な疑問。

 兵士は答えてはくれず、苦しげに歪んだ表情のまま、先ほどと同じ言葉を口にした。


「従ってください」


 兵士はそういったきり、口を閉ざした。黙り込むシシカの返答を待つ。

 シシカは、答えなかった。

 王命であるはずがない。国王は、ヒューリを受け入れるといった。帝国との戦がある中、東部まで敵に回すほど短慮な王ではない。だとすれば、


「陛下は?」


 問うものの、兵士は答えない。

 半ば確信していながらも、シシカは苛立ちをあらわに鋭く声を上げた。


「答えろッ! 陛下の身に何があった!?」


 シシカの剣幕に、兵士はびくりと肩を跳ねさせ、続いてその表情に陰が差す。それだけで十分だった。


「へ、陛下……は……」


「──もういい。何もいうな」


 状況は変わった。考えうる限り最悪の形に。

 そうと判れば、シシカに迷いはない。彼女の決断は早かった。

 南部の王が倒れたならば、この国に止まる理由はない。しかし、だからといってヒューリを売り渡すなど論外。となれば、自ずと道は決まってくる。


「そこを退け。傷つけたくはない」


 冷徹に告げられた声に、兵士は表情を蒼くする。おそらく、シシカの意図が伝わったのだろう。無理もない。すでに、シシカは南部人への認識を変えている。

 善き隣人から、殺すべき敵へと。

 両足をガタガタと震わせながらも、兵士は退く素振りを見せなかった。シシカの殺気を受けただけで、震えるほどなのに、頑として動くつもりはないらしい。

 彼を奮い立たせるのは愛国心か、それとも正義か。どちらにせよ、敵に慈悲をかけるシシカではない。例えそれが、かつての味方だったとしても。


「さようなら、南部人」


 刃は、恐怖に引きつる眼前の兵士へ。

 シシカは、南部を敵国と定めた。南部との交渉の他、同盟に関する一切を任された東部の若き剣士は、たった今、南部クルセニス王国との同盟破棄を決めたのだった。








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