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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第四章【古き王】
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死都3

 

「さて。それじゃあ行きましょうか」


 口許に笑みを浮かべた女が右手を差し出してきた。改めて見ると、美しい女である。軍服から帝国軍人であることは確かだが、リベルカと違って、妖艶さと気品に満ちている。女としては確実に勝負にならない。

 髪への手入れも行き届いているようで、紫色の髪には確かな艶がある。血と汗にまみれても、水をぶっかけただけで終わらせてしまう自分とは大違いである。

 赤い双眸は血液のそれを彷彿とさせるものの、不思議と嫌な感じはしない。


「継承を終えているようね。なら、まずはそこからか」


 いい終えるなり、右手を捕まれる。どこへ、と問う間もなく、視界から色が消えた。そして、二度目の漆黒が訪れる。

 あの護衛の用いた術と同種のものだろう。相変わらず視界は黒一色で、前方はおろか足下さえまるで見えない。方向感覚などまるで機能しないその空間で、女はしかし、確かな足取りでどんどん進んでいく。


「あ。そうそう、これ行き道と同じなのよ。早い話、残っていた道を無理やり繋げただけなんだけど……」


 ふと、女がそんなことを口にした。気になることでもあるのか。何やら言いにくそうに、その先を答えあぐねているようだった。

 リベルカに法術の才はない。いくつかの知識はあるものの、それも教本レベル。そんなリベルカに、彼女の話を理解するなど到底無理な話だ。

 ただ、言葉の先を促す他ない。


「それがなにか?」


「いやね、 出口にね、気配があるの。私がとってもキライな奴の気配が」


 その言葉で合点がいった。あの護衛とこの空間に来た時、リベルカは戦闘中だった。というより、殺される寸前で逃げるようにこの空間に放り込まれたのだ。

 つまり──


「……ジル・ドーラム」


 呟くと、女は盛大なため息と共に、歩く速度を早めた。


「貴女は下がっていてね。あいつが相手じゃ守れないから」


 それはつまり、足手まといだということか。

 この女の正体は解らない。目的も明かされていないし、なによりあの少年の顔見知りである。ろくな人間ではないだろう。しかし、ジル・ドーラムについてなら、リベルカもよく知っている。

 女の口振りから察するに“紅蓮”ですらも顔見知りなのだろう。だが、その実力までは知らないはず。なにより、同じ聖騎士である自分を簡単にあしらうほどの実力なのだ。この女一人で相手にできるとは思えない。

 リベルカの懸念は、自然と口に出た。


「一人では危険です。こんな私でも、帝国の聖騎士です。足手まといにはならない」


「知ってるわよ“疾風”さん。でも、邪魔なの。手加減できないからね」


「私はっ──」


 食い下がろうとしたリベルカの右手が、ぎゅっと握られる。その力強さに、思わず言葉を飲み込んだ。


「ワガママいわないで。守ると決めた相手を自分の手で殺すなんて、そんな馬鹿みたいな話……ないでしょう?」


 リベルカはそれ以上、何もいわなかった。命を救われている以上、説得力などない。ジル・ドーラムとの戦闘に、勝手に乱入させてもらうとしよう。

 それで二対一。女の実力は未知数だが、勝算はあるように思えた。


「はあ。うんざりするわね、ホント」


 疲れたように女がいった瞬間。

 リベルカの視界に、色がよみがえる。


「──驚いたな。隠蔽術の次は“死神”のおでましか」


 欠片も驚いた様子のない“紅蓮”が、リベルカと女を見て剣を構える。どうやら、彼にとってこの女は構えるに価する敵らしい。

 悔しさに顔を歪めるリベルカ。そして、ジル・ドーラムの口から出た単語に、遅まきながらはっとする。

 ──“死神”。

 聖騎士でありながら、不吉な異名を冠する謎多き帝国の始末屋。同じ聖騎士であるリベルカですら、顔も名前も知らない。知っているのは、噂だけ。

 曰く、帝国に仇なす者に死を与える常夜の聖騎士。


「久しぶりね、ジル。相変わらず堅苦しい顔だこと。息が詰まりそう」


「お前の方は変わったな。変態だとは思っていたが、まさか祖国を裏切り、小娘に加担する狂人にまで堕ちるとはな」


 吐き捨てるジルの頭上に、炎球が発生した。拳ほどのそれは、ゆっくりと大気を熱しながら膨張していく。

 握った剣を頭上へ。振り上げられた長剣が、今もなお膨張を続ける炎球へと、刺し込まれる。


「本気? やるなら手加減しないわよ?」


 いうなり、女の右手に影が生じた。黒く周囲を塗り潰すそれは形を変え、一振りの大鎌へ。

 右手の大鎌を肩にかつぎ上げ、今度は左手に影の球体を作り出す。影球は女の手を離れ、宙に浮き上がると、表面から幾つもの水泡を飛び出させる。小さな黒い粒を無数に飛び散らせ、分裂する影球。やがて、数え切れないほどの黒の粒が空中で制止した。

 互いに戦闘態勢。交わされる言葉はない。

 リベルカは無言で、二人の術に見入っていた。いや、そもそも術といっていいのか。印はなく、独りでに術が発動したようにしか見えない。もしも、そんなことが可能なら、二人はすでに人ではない。神か悪魔か、どちらにせよ人外のなせる業に他ならない。

 沈黙が下りる。どちらも動かず、時だけがゆっくりと世界に刻まれていく。

 睨み合ったまま、微動だにしない二人。先に動いたのはジル。

 ジルの頭上にあった炎球が、天へと舞い上がった。


「下がりなさい! 早く!」


 女の鋭い声に、弾かれたように動き出すリベルカ。

 後方へ飛び退く。と同時に、つい今しがた立っていた場所に、何かが落ちてきた。矢のごとく飛来したそれは、地に衝突すると轟音と共に爆散。土煙を上げ、無数の(つぶて)が周囲に四散する。

 冷や汗を流すリベルカの鼓膜が、二度目の轟音をとらえる。咄嗟に視線をやれば、先ほどと同じく、土煙が立ち上がっているのが見えた。続いて、二度、三度と立て続けに鼓膜を揺する轟音。

 足下が揺れていた。見上げれば、空には一面に巨大な炎球。視界を埋め尽くさんばかりの炎球が、次々と落下してくる。


「……なんだこれは」


 降り注ぐ炎球にさらされながら、我が身も省みず、茫然と立ち尽くすリベルカ。

 こんなものは術ではない。もはや天災そのもの。同じ聖騎士でここまで差があるのか。


「ボサッとしない! ほら早く!」


 届いた声に、慌てて女を探す。

 ──いた。降り注ぐ炎球をものともせずに、先ほどの場所から一歩も動いていないようだった。何故と思うものの、答えはすぐに見つかった。

 空中に浮かんだ黒い粒が、縦横無尽に動き回り、迫る炎球を襲っている。無数の黒い粒は、幾度となく炎球に衝突し、目標に到達する前に粉々に分解していく。

 まるで意思を持つ術である。

 同様のことがリベルカの頭上でも起きていた。つまり、守ってくれているのだろう。


「ジルに気をつけて! 本命はあいつ自身よ!」


 女の言葉に従い、リベルカは意識を集中させた。

 気配を探る。轟音と地揺れの中、五感を研ぎ澄ませ、認識する音や臭いを人のものに限定する。

 頭上に無数の黒点を引き連れながら、こちらに向かってくる女の姿を視界にとらえた。同時に、その足音を研ぎ澄まされた聴覚が拾う。五感がとらえた女の動きを一度、意識から切り離す。すると、今度は背後に足音を拾った。

 向かってくる女が何かを言おうと口を開ける。おそらく、危機を告げようとしてくれているのだろう。だが、問題ない。すでに気配はとらえている。

 微かな空気の動きを察知し、最小限の動きで身をひねる。視界の隅を、煌めく刃が通りすぎる。動きはそのままに、今度は地を蹴り距離をとる。背中のすぐそばに女の気配を感じながら、リベルカは敵を見据え、祈るように両手を組んだ。祈りの型。始まりの印。


「後ろからか。今日はずいぶんと卑怯者に縁がある日だ」


 失笑と共に、印を結んでいくリベルカ。

 背後の女にも動く気配がある。

 ジルは長剣を構えたまま、表情を動かさない。ただその口元だけが小さく動く。


「今さら何をするつもりだ。諦めろ。貴様は俺の足元にも及ばない。“死神”の後できっちり葬ってやる」


「やってみるがいい。その前に貴方を倒してみせよう」


 リベルカの印が完成した。










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