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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に12

 

「──とまあ、こんなとろだ。どうだ? 俺がいかに不気味な状況にいるか、わかってもらえたかな?」


 クリスの語った内容に、返ってきた反応は様々だった。

 おやっさんは、何やら難しい顔で黙り込み、ウルガンはぼうっとしている。

 野良犬に関しては、変わっていない。今もなお、憎悪に満ちた目をクリスに叩きつけている。お仕置きが火に油を注いだようだ。

 そして、イサナは、


「あり得ない話だけど、お兄さんの話が本当だとすると、相手は相当な術師だね」


「荒唐無稽なのは自分でも判っているさ。で、アンタはどう思う? 帝都に住む大勢の人間の記憶を丸ごと書き換えるなんてこと、できるのか?」


 クリスの問いに、イサナは沈黙を返す。

 何事かを考えるように眉根を寄せ、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。


「限りなく不可能に近いけど、できる。ちなみに、ユーリ君にだって可能な範囲の術だよ。ただ、膨大な準備期間がいるけどね」


「その準備期間ってのは、実際にはどの程度なんだ?」


「十年から二十年」


 イサナの答えに、クリスは納得する。

 彼女の話が本当なら、ヒューリ・クロフは元凶から外れる。奴がこの帝都にやってきて、五年とたっていない。


「それよりも、私が気になるのはお兄さんの方。これだけの規模の術を無効果するなんて、そっちの方が異常だよ」


 怪訝そうに口にするイサナ。

 無理もない。クリスの特異体質は、帝都でもおやっさんを含め数人しか知らない。つまり、それだけ秘匿されるべき特異性をもっているのだ。


「ま、自分でもそう思うがね。問題はそこじゃない」


 そうだろう、と言外に問う。とイサナはそれ以上は踏み込んではこなかった。

 黙して何やら思案顔を浮かべたイサナに続いて、おやっさんが呟くようにいった。


「……にわかには信じられん話だ。いや、お前の体質は知っている。知っていはいるが……」


「いや、おやっさん。それが普通の反応だって。俺だってこんな話、自分の頭を疑ってんだから」


 それよりも、とクリスは続ける。


「中心にいるのは“あいつ”だ。そこを探れば、何かしら答えが見つかるはず」


 全ての元凶は、他人に成りすました若き封術師。


「アレス・ルインオーラ、か」


 おやっさんの言葉に頷く。

 もっとも強烈な違和感は、かの封術師にこそある。

 おそらく、奴こそが事件の中心。


「私が調べてみるよ。じゃ、二週間後にここで落ち合うってことで」


 提案すると、承諾を待たずに出ていこうとするイサナ。


「おいおい、待てよ。まだはっきり聞いてないぜ? あんたとヒューリ・クロフの話」


 こっちはもう話した。次はお前の番だ、と視線のみで問う。


「それは──」


 一瞬だった。

 何事かを告げようとしたイサナから、一切の気配が消えたのである。にも関わらず、全身を締め付けるかのような威圧感に襲われた。

 見れば、おやっさんも警戒からか、右手を剣に伸ばしている。

 ウルガンと野良犬は慣れているのか、これといった動きはない。が、二人とも険しい表情でイサナの反応を待っているようだった。

 イサナと視線が交差する。


「お兄さん、他にも誰か呼んでたの?」


 イサナの冷たい声音に、クリスも静かに剣の柄に手をかけた。


「まさか。俺は寂しがり屋だが、友達は少ない」


 クリスはすでに、外を包囲するに気配に気づいていた。

 多い。正確な数は判別できないが、十やそこらではきかないだろう。


「私の次にウルガン。援護よろしく。クーヤは抜けてきた奴を適当にやっちゃって。いい練習になる。後の二人はお好きにどーぞ」


 早口でそれだけ告げると、外に飛び出していくイサナ。

 後を追うウルガン。続いて野良犬。

 野良犬は一度足を止めると、振り返って口許を歪めてみせた。


「討ちもれはない。安心して引きこもってろよ、雑魚」


 それは、まぎれもなくクリスに向けられた言葉だった。

 安い挑発だ。おまけに相手は子供。普段なら気にもとめない戯れ言だ。が、今は無性に腹が立った。

 腹の底がカッと熱を帯びる。


「……上等だクソガキ」


 小さな背中を追い抜こうと、クリスも外に出る。

 背中におやっさんの制止の声を受けながら、なおも止まらず、外に出ると同時に剣を抜いた。

 そこで、足が止まる。

 すでに敵の姿はない。月光の下、細切れになった肉片がばらまかれているだけで、海賊王と呼ばれる女は剣を抜いた形跡もなく、ただ無傷でそこにあった。

 後ろの大男も弓を握ってこそいるが、動いたようには思えない。

 すると、ウルガンのさらに後ろで剣を弄んでいた少年が、退屈そうにいった。


「なにが練習だよ。全部一人で斬っちゃうくせに」


 すねたようなその台詞に、クリスは驚きながらもどこか納得していた。

 群島海域の覇者、イサナ・ウル。彼女を一目見たその時から、判っていた。この女は普通ではない、と。


「気を抜かない。まだくるよ」


 イサナの声に、クリスは再び周囲を警戒する。

 彼女の言葉通り、こちらに迫ってくる気配があった。獣じみた察知能力である。

 前方からぞろぞろと現れる複数の影。敵の第二波。その見覚えのある装備を視界に入れ、すかさず転がった肉片に視線を移すクリス。

 肉片と共にある装備は帝国兵のもの。それも正規兵のものだ。つまり、人間。狙われる理由が気にかかるが、それよりも──


「気をつけろ! そいつら死人だぞ!」


 声を張り上げる。と同時に、敵の最前列がイサナに襲いかかった。

 しかし、飛びかかったはずの肉体は見えない壁に阻まれるかのごとく、空中にぶつかっては、次々と地に落ちる。


「法術か」


 背後で呟くおやっさんの声。

 しかし、そんなはずはない。印を結んだ素振りはなかった。

 なにより、発動が早すぎる。


「お兄さん、こいつらが言ってた奴ら?」


 クリスの側まできて、たずねてくる。

 さっきの話を思い出したのだろう。危険と判ればすぐに結界で時間を稼ぐ。並外れた判断力である。


「そうだ。斬ってもきりがない。燃やすか、再生する暇を与えないか」


 イサナに対策を告げ、印を結ぶ。

 剣に炎をまとわせ、圧縮。赤熱する長剣を構え、前に出た。


「器用だね、お兄さん」


「かの海賊王にお褒め頂けるとは。光栄だねこりゃ」


「その呼び方やめてってば」


 すねたように唇を尖らせるも、殺気はもはやない。

 会話の中にあって、その意識は常に前方に向けられている。

 年相応の子供のわがままなど、どこかへ消えていた。


「それで? この結界、どれくらいもつ?」


「簡易式だからね。五分が限界だよ」


 五分。その間に対策を練る必要がある。

 なにしろ、結界の向こうでは視界を埋め尽くすほどの死人で溢れている。その数は、いまもなお増え続けていた。


「いくらアンタでも、あの数は疲れるんじゃないか?」


「まあ、さすがにね。私もそろそろ眠たくなってきたし、手伝ってもらいたいかも」


「安心しろ。手伝ってやるさ」


 この最悪の状況においても、クリスにはまだ不敵に笑う余裕があった。


「俺じゃなく、おやっさんがな」


 この場には、あのおやっさんがいる。

 それだけで、クリスの心の平穏は保たれる。


「見てな、海賊王。化物はアンタだけじゃない」





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