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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に11

 

「聖域が駄目になったって聞くとね。立場上、黙ってるわけにはいかないし」


 それに、と海賊王は続ける。


「ユウリ君にも会いたかったし」


 そう告げた海賊王の表情は、王などという威厳に満ちたものとはかけ離れていた。年相応の恋する乙女──いや、立派な女の顔だった。


「ユウリ?」


 響きからして、ヒューリ・クロフのことであろう。

 しかし、聞き慣れない名前に思わず声が出ていた。


「ヒューリ・クロフのことだよ。ユウリは、彼の本来の名前」


 聞けば、とある理由から故郷を旅立ち、術師大国である帝国を目指したのだとか。込み入った事情があるのか、訊ねても理由とやらはついぞ話してはくれなかった。


「で、本題なんだけど……お兄さん、何か知ってるの?」


「アレス・ルインオーラという名に聞き覚えは?」


 事の中心にいるであろう封術師の名。

 しかし、返ってきた答えはクリスの期待していたものではなかった。


「殺されたって人でしょ? でも死体もないんだよね? 」


 それでどうして、ヒューリ・クロフが犯人だといい切れるのか。イサナはそういいたげに、顔をしかめた。ふと、その黒い双眸がテーブルの上に注がれる。

 途端に不愉快そうな顔になると、クリスに視線を戻す。そして、責めるような目つきで、


「こんなときにお酒?」


「待て。まだ未遂だ。呑んじゃいない」


 当たり前だ、といわんばかりにずかずかとテーブルまで行くと、テーブルにあった酒瓶を手荒く引っ掴み──なんと、そのまま瓶ごとあおった。

 傍らに目を向ける。目を見張るおやっさんと、どうしてか、しょんぼりと肩を落とすウルガンとかいうデカ兎。野良犬の小僧は憎たらしいことに、未だクリスに警戒心むき出しの視線をくれている。無論、名前など覚える気はない。


「はい、ごちそうさま」


 と礼儀正しくそういってくる海賊王。さすがは荒くれ者共も束ねているだけあってか、とてつもない酒豪らしい。けろっとしている。


「恐れ入ったよ。さすがは“海賊王”さまだ」


 冗談めかしていってみるも、何が気にさわったのか、イサナは不機嫌丸出しの顔で不満を口にした。


「その呼び名、好きじゃないんだよね。やめてくれる? とっても不愉快だから」


「不愉快、か。まあ、気にさわったなら謝ろう。ただ、呼ばれ方なんてどうでもいいだろう」


 何の気なしに、率直な感想として出た言葉だった。

 それがますます、少女の顔を剣呑なものにさせる。


「どうでもよくなんてない。私たちは自由連合。自由を掲げる民だよ。自分たちを海賊だなんて思ってないし、そう思われるのも本意じゃない」


 それを聞いて、クリスはなるほど、と腑に落ちた。

 何のことはない。眼前の少女は、どこまでも少女である、とただそれだけのことだった。“海賊王”などと畏怖されこそすれ、その実、自国の民を想いどこまでも遠い理想を掲げる哀れな子供。その様は、夢見がちな少女そのもの。

 ますますもって、呼び方などどうでもいい。


「知らないね。アンタらがどう思われようが、どう呼ばれようが、どうでもいい。本当に、どうでもいい。じゃ、さっさと本題に入ろうか」


 何故か、クリスは苛立つ自分を抑えられないでいた。

 腹の底でのたうつ苛立ちはそのまま声音にも表れ、イサナのこだわりをどうでもいいこと、と切って捨てる。

 しかし、それがいけなかった。

 瞬間、ぞわりと背筋が粟立つ。が、身も凍るような殺気に晒されるのは二度目。クリスにもはや動揺はない。出所が同じならなおのこと、脅威にはなり得ない。


「やめなよ、お嬢さん。アンタが強いのは判ったし、評判も知ってる。だから、気に入らないからってすぐに殺気を撒き散らすんじゃねえ」


 知らず、冷たい声が喉奥から飛び出した。

 相手は少女。それも、一回り近く年の離れた子供である。クリスと並べば、大人と子供。本来なら、一歩退いて優しく諌めてやればいい。クリスには、呼吸に等しい気軽さでそれができる。

 にも関わらず、彼はイサナへの苛立ちをぶつけ続けた。


「ワガママなだけの子供はお呼びじゃないんだよ、クソガキ」


 苛立つと共に吐き捨てるクリス。

 周囲の反応は劇的だった。


「ヴァン!」


 まず、おやっさんが焦ったように、悲鳴に近い声を上げる。

 同時に眼前の少女からは殺気が消えた。が、それに伴って表情まで喪失している。

 ウルガンは剣呑とした雰囲気を察知してか、視線を泳がせて狼狽えていた。

 もっとも激烈な反応を見せたのは、一番幼いであろう少年だった。

 おやっさんが声を上げたと同時に、クリスに飛びかかってきたのだ。無論、気配を察知していたクリスはこれを迎撃。野良犬が突き出してきた拳を取り、ひねり上げる。その上で足を払い、床に叩きつけた。


「躾がなってねえな“海賊王”。主人が主人なら、犬も犬か──ぐあっ」


 いった直後に、脳天に重い衝撃が走る。

 見るまでもなかった。懐かしい。すがすがしいほどに、欠片も衰えの見えない一撃だ。


「馬鹿者がっ! いきすぎだぞ! 何を考えている!?」


 怒号を上げ、額に青筋を立てるおやっさんと目が合う。

 うつむき視線を外せば、悔しげに歯を剥く野良犬が一匹。その口から、ぺっと唾が吐き出された。それをもろに頬に受け、


「──殺す」


「よさんか!」


 今にも剣を抜こうとしたところへ、再び拳骨が落とされる。

 くらり、と本気で気絶しそうな一撃をなんとかこらえ、クリスは野良犬の拘束を解いた。

 未だ無表情なままのイサナに目を向け、軽く頭を下げる。


「すまんな。だが、本音だ。俺がいまからする話は、本当なら年端もいかない子供に聞かせられる内容じゃない。おまけに、アンタは立場ってもんをわかっちゃいない」


 相当に甘やかされて育ったか、はたまた人外じみた彼女個人の能力が他者の意見を残さず蹂躙したか。どちらにせよ、気に入らないからという理由だけで殺気を放つなど、指導者にはあるまじき行為だ。軽率にすぎる上に、どこまでも無礼、かつ生意気だ。


「背負う立場ってのは、そいつの全てが下にいく。善意も悪意も、生も死も。全てを背負ってこそ王だ。アンタの短気もワガママも、そのクソ生意気な態度も、全ては自国の民へと還る」


 わかるか、と幾分か苛立ちの薄れたクリスは、目の前の女を王としてではなく、世の中を知らず、それでいてもなお王であろうとする一人の少女に向けて、言葉を紡ぐ。


「背負う立場ってのは、そういうことだ。呼び方なんざどうでもいい。それから、ところかまわず殺気をぶちまけるのは禁止だ。アンタの民が海賊と呼ばれないためにもな」


 ただ、若気の世間知らずを正す。その意を汲み取ったのか、イサナは表情こそなかったが、静かに頭を下げた。


「ごめんなさい。ちょっと焦ってた」


 イサナの言葉に違和感を覚え、クリスは首を傾げる。


「焦っていた? 何に対してだ」


「聖域の穴。あれ、普通ならできっこない。普通の人間には」


 どういう意味だ、と問うよりも早く、イサナは続ける。


「もともと、聖域は誰にも御せない性質を持ってる。でも、それは法気をその身に宿す者に限定される」


 そこで初めて、クリスは悟った。

 つまり──


「聖域を壊すに足る人間は“厄種”以外にありえない」


「ちょっと待て! それなら本当にあの呪術師が」


「違う! それは絶対にない。だからこそ、焦っているんだよ! ユウリ君に疑惑がいくよう、きっちり計算されてるから」


「なぜ違うと言い切れる? 現にあの男は“厄種”だろう。アンタがいくら信用できるといったところで、俺たちには全く納得できない」


 そう。所詮は、他人である。

 ヒューリ・クロフは帝国人ではない。愛国心などないだろうし、帝都へきた目的もよく判らない。裏切ろうと思えば、いくらでも背を向けることができる。


「それは──」


 何かを口にしようとして、しかしそこでイサナの言葉は途切れる。

 数瞬のためらいの後、ようやく口を開いたかと思えば、それは丸っきり答えになっていなかった。


「お兄さんだって、違うって思っているくせに」


「おい。話をそらすな」


 確かに、違うとは思う。

 あの呪術師のことはよく知らない。しかし、何故か根本的にあいつではない、と心の奥底では否定している自分がいるのだ。


「そらしてないよ。だってお兄さん、何か知ってるんでしょ?」


 荒唐無稽な記憶の改竄。友の死。そして、その友の記憶すら、帝都から消失している。異常にすぎる現状だった。


「知っている、というより信じられないような状況に放り込まれて、困り果てているといったところだ。俺の知っていることは話そう。だが、その次はアンタだ。あの呪術師が信用できるという根拠を示してもらう」


 そう釘を指してから、クリスは語り始める。

 己の知る全てを。



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