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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に10

 


「それで? どうしてまた帝都に? てっきりもう見切りをつけてるもんかと思ったが」


 帝都の外れ。夕暮れ時である。クリスがクリスとして暮らす隠れ家。暮らすというよりも、今は身を隠しているという方が正しい。だからこそ、隠れ家と呼んでいる。

 現に、生活に必要なもの以外、ここにはない。個人を特定される危険性があったし、なにより、いつ引き払うかもわからない場所だ。捨てるものは少ない方がいい。

 簡素な造りの一室につくなり、クリスは聞きたかったことをさっそく口に出した。どうせ、あの少女がこなくては話にならない。

 それまでの時間潰しである。もちろん、再会を共に歓び合いたいという想いも多分に含まれていたが。


「相変わらずはっきりといってくれるな、お前は。不敬罪に当たるぞ」


 おやっさんの台詞に、クリスは思わず声を上げて笑ってしまった。相変わらずというなら、おやっさんこそである。


「相変わらず堅苦しいな。疲れる生き方だぜ? たまには馬鹿になれよ、おやっさん」


 軽口をたたきつつ、立ち上がるクリス。床の一ヶ所を外し、その下に隠しておいた酒瓶を取り出す。かなり強いと噂の北部産の酒である。特殊な酒造方法のせいか、大金をはたいたにも関わらず、これ一本しか手に入らなかった。

 次に、床に転がった杯を二つほど手に取る。

 おやっさんの元に戻ると、古ぼけたボロボロのテーブルの上に、酒瓶と杯を二つを置いた。

 途端、おやっさんの表情が歪む。


「大事な話の前に酒か? あの方に知れれば、またぞろ殺気をまき散らされるぞ」


 若干引きつった顔でそんなことをいうのだから、おやっさんも年をとったな、と思う。

 武名を馳せていたあの頃の姿は、もはやどこにもない。それを少し寂しく思いつつも、そんな感傷はおくびにも出さず、クリスはにやにやと笑いながら、おやっさんの目の前に杯を置く。


「まあまあ。固いこというなっての。ホウガの火酒だぜ? それも珍妙な旅人が造った曰くつきの逸品さ」


「……なに? まさか実在したのか」


 目を見開いたかと思えば、食い入るように酒瓶を見つめ始めるおやっさん。

 昔から、酒には目のない男だった。月日は重なれど、やはり趣向は変わらないらしい。それが嬉しくて、クリスはさっそく酒の封を切った。

 するとたちまち、むせ返るようなきつい酒香が部屋に充満する。


「クリスティ──クリス。これはもはや酒ではないのでは?」


「……同感だ。一口でぶっ飛びそうな代物だな」


 末恐ろしい代物である。

 北部の人間はこれを瓶ごといくというのだから、あの極寒の地に住まう奴等はさぞぶっ飛んでいるのだろう。

 それよりも、とクリスは今もなお強烈な異臭に近い香りを放つ酒瓶をテーブルに置き、おやっさんに気になっていたことを訊ねた。


「なあ、おやっさん。ありゃ一体ナニモンだ? そこらの聖騎士じゃ相手にならんぞ。オーネスのおっさんでも危ういんじゃないか?」


「危ういどころではない。まず、間違いなく相手にならんさ。“獅子”といえど、人の子。あれはもはや人ではない」


 おっさんの言葉に、クリスは素直に驚いた。

 オーネス・グラリエスは帝国最強の聖騎士である。“獅子”と呼ばれるほどに人間離れした彼が相手にならないとなると、あの少女は確かに、人ではない。


「参ったねこりゃ。それじゃ、抑えようがないってわけか。ま、オーネス・グラリエスは不在ときているからな。ハナから当てにはできないが」


「──お前がいるだろう」


 唐突に告げられた真剣な声に、クリスは笑みを消した。

 テーブルを挟んだ向こう側で、おやっさんが懐かしい顔でこちらを見つめていた。

 それは、騎士の顔。それも覚悟を決めた者のそれ。

 かつて、ただ暴れるだけだった己が唯一、師と認めた男の顔だった。


「よしてくれ。今さらだろう。俺はもう戻る気はない。西部への使者だって気まぐれで引き受けたことさ。“金眼の魔女”とやらを間近で見れる好機でもあった」


 おやっさんの表情が険しくなる。

 相変わらず、愛国心の塊のような男だ。変わってない。それが嬉しく思う反面、どうしようもなく哀しくもある。あれだけの不当な扱いを受けてなお、祖国への愛は揺るぎもしない。


「なんだよ? また殴り倒して説教するか? 昔みたいに」


「馬鹿をいうな。今の私にそんな力はないさ」


 だが、とおやっさんは睨むように目つきを鋭くする。


「いつまでもくすぶっている阿呆のケツを蹴りあげるくらいならできるとも。腐っても騎士だ」


「本気かよ? だいたい聖騎士最強の男が相手にならないんだろ? どうしろってんだ」


 頑固なおやっさんに、ため息まじりにいってやる。

 あの一瞬、少女から放たれた殺気は普通ではない。人がどう足掻いたところで勝てるはずもない。それほどのものだった。


「……違う」


 静かに落とされた否定。

 それは、何に向けてのものなのか。問おうとするクリスを差し置いて、おやっさんは先に言葉を紡いだ。


「間違えるな。“現”聖騎士では、最強だ。誤魔化すんじゃない。いい加減、前を見てはどうだ? ヴァン」


「いったろう。今さらだってな。それに今は……クリスだ」


 かつての名で呼ばれたことに、懐かしさを覚えるも振り払う。

 捨てた名だ。この国を愛してはいても、かつての名と立場で貴族のために尽くすつもりはない。


「抜いたからには、いつかは鞘に戻さねばならん。忘れろとはいわん。いわんが、乗り越えなければ腐る一方だぞ」


「…………うるせえ」


 表情は険しいながらも、おやっさんの瞳に僅かに浮かぶ憐憫。往来の優しさが出たのだろう。本当に相変わらずだ。

 ただ、クリスにはそれが無性に腹立たしかった。


「放っておいてくれ。俺はもう、何も背負うつもりはない。貴族のために捧げる精神なんざ糞くらえだ。そんなもん、とうの昔にドブに捨てた」


 おやっさんはまだ納得がいかないのか、立ち上がってこちらにこようとした。

 と、外に複数の気配を察知した。

 腰の柄に手をやり、扉の前に立つクリス。おやっさんも気配に気づいたのだろう。すでに剣を抜いていた。


「──警戒しすぎだよ、いくらなんでも」


 外から聞こえてきた聞き覚えのある声に、クリスは警戒を解いた。

 扉を開けてやると、あの少女が不満げに口を尖らせていた。

 入れ、というまでもなく少女は部屋に上がりこみ、背後に向かって手招きする。

 少女に続いて現れたのは、黒髪の少年。まだ十にもなっていないであろう幼い少年である。格好は少女と大差なく、ズタボロの布切れ一枚という酷い有り様だった。

 髪と同じ色の瞳に警戒の色を浮かべながら、クリスを睨んでくる。野良犬のような小僧だ。

 続いて現れたのは、小柄な少年とは対称的な大柄な男。顔中を髭におおわれた野性ただよう熊のような男の登場に、クリスは反射的に後退する。よくよく見れば、男は大小様々な布を重ねてまとい、その上から獣の毛皮を羽織っていた。寒冷地の出なのか、ずいぶんと暑そうな格好である。

 大柄な割りに意外と小心者なのか、不安げな顔できょろきょろとせわしなく、周囲に視線をさ迷わせている。その様子は、空からの外敵に怯える兎そのもの。デカイ兎のような男だ。


「紹介するね、このちっこいのがクーヤ。で、おっきいのがウルガン」


 にこやかに二人を紹介してくる少女。

 二人に向ける表情はずいぶんと可愛らしい。無邪気な笑顔だ。あれほどの殺気を放っていた人間とは思えないほどに。


「俺はクリス。ただのクリスだ。おやっさんの方は──」


 おやっさんに目をやると、左右に首を振ってみせる。

 すでに名乗っているらしい。


「必要なさそうだな。それで? 化物じみたお嬢さんのお名前は?」


 おどけてそう訪ねると、返ってきた予想外の名前にクリスは心底驚くことになった。どこぞの貴族のご令嬢だろうとは思っていた。それほどの美貌であったし、なぜか気品は感じられないものの、上に立つ者の雰囲気というものを備えているようにも見えた。

 だがしかし、さすがに予想外だった。


「それじゃあ、改めまして。ウル家のイサナです。よろしく」


 ウル家のイサナ。つまり、イサナ・ウル。

 聞き覚えがあるどころの話ではない。東部の一部族であるウル家。その家名において、イサナという名は今や世界の誰もが知っている。

 ウル家の当代頭目にして、東部海域自由連合筆頭。

 若冠十二歳という幼さで東部をまとめ上げた神童。

 海賊ひしめく無法の魔海において、彼女は畏怖をもってこう呼ばれていた。


「…………おいおい。勘弁してくれよ。なんだってこの国にアンタがいる」


 ──“海賊王”と。






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