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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に8

 


 驚愕のあまり、声を張り上げるシュエレン。

 対するリベルカは淡々としていたが、次の瞬間にはあり得ないことを口走っていた。


「穴が開いていた。法気を感じられなかったんだ、欠片も」


 リベルカの語った内容に、シュエレンは絶句した。

 言葉が鼓膜を打ち、脳を揺さぶる。鼓動は癇癪でも起こすように早打ち、例えようのない冷たい何かが全身を這う。


「……んだよ、それ」


「わからない。ただ、それがきっかけだったのは確かだ。私は罪人の脱獄を助けた上、聖域を汚した大罪人というわけだ」


「そんなこといってんじゃねえっ!」


 そう、そんなことはどうでもいい。

 リベルカがどうして今ここにいるのか、そんなことは問題ではない。この国へ亡命してきた経緯を知れたのは、なるほど確かに僥倖だろう。だが、それだけだ。

 聖域が機能しなくなる。そんな異常にすぎる現象に比べれば、リベルカの身の上など些末なこと。


「ふざけんなよ。聖域だぞ? アンタんとこの巫女はなにやってたんだよッ!」


「……なに? 巫女?」


 怒鳴るシュエレンに返ってきたのは、疑問の声。

 まるで知らない単語を聞いたかのように、何だそれはといわんばかりに、リベルカは眉をひそめた。


「ちょっと待て。まさか、知らないのか?」


 一拍おいて、頷きが返ってくる。

 思わず、笑ってしまいそうになった。

 そして、思った。クルセニスと帝国で、ここまで違うのかと。

 ここまで認識の違いがあるのかと。


「一応、訊く。聖域とは?」


「法気の満ちる、何人たりとも立ち入ってはならない場所」


 その答えは、シュエレンの懸念をよりいっそう確かなものに。

 疑惑は確信へ。そして、絶望へと変貌する。


「違う……のか?」


 反応を返さないシュエレンを不審に思ったのか、リベルカが不安げな顔で聞いてくる。

 違う。

 正確には、違うというよりも、もっとも重要な情報が欠如している。


「聖域には別称がある。なんでだよ? 何で帝国人のお前が、それを知らない」


「待て、シュエレン・ルトニカ。君はいったい…………何の話をしている。どうして、そんな顔をする」


 自分は今、きっと酷い顔をしているのだろう。

 だって、この女があまりにも無知だから。その愚かしさは、容易く呆れを通り越す。呆れよりも、おぞましさが勝る。

 だから、きっと己のそれは酷い顔なのだろう。それこそ、絶望一色に染まっているはずだ。


「聖域はただの法気の源泉じゃない。世界に溢れんとする邪気を糧に、この世に法気を芽吹かせる──器なんだよ」


「……話が見えない。つまり、どういうことだ」


「アンタ、腕っぷしだけかよ。ここまでいってわかんねえか」


 理解力のなさにシュエレンは脱力し、それでも判りやすく、できるだけ率直に答えてやった。


「聖域が機能しなくなれば、この世に邪気が溢れるってことだよ」


 やっと理解できたのか、目を見開き、唖然とするリベルカに、シュエレンはさらなる事実を突きつける。


「知ってたか? レンダール帝国の聖域である神木。それこそ、もっとも強力な器だって」


 それが壊された。となると、法気が枯れるのは時間の問題だろう。それこそ、戦争なんてしている場合ではない。あまりに馬鹿げている。

 だから、シュエレンは忠告する。何も知らないこの女に。


「亡命してきて正解だったな。アンタの国はもう駄目だ」


 あらゆる法気が枯渇し、それを糧とする法術は軒並み発現しなくなるだろう。となれば、結界の類も意味を成さなくなる。


「……嘘だ」


「事実さ。そんな時に、アンタんとこの皇帝は戦争を優先させている──いや」


 そこで、シュエレンは言葉を切った。

 もしや、と思ったのだ。今、この状況だからこそ、本気で南部を喰らう腹積もりなのやも知れぬ、と。

 そうだとするならば、話は判る。実に判りやすい。自分の家の庭がもはや朽ちていくのみだと知れば、隣の家の庭を自分の物にすればいい。例え、それを奪ってでも。


「──そうか。だからか」


 どういうことだ、と詰め寄ってくるリベルカを無視し、シュエレンは思考に没頭する。

 小競り合いだけなら幾度もあった。

 だからこそ、違和感があった。

 “獅子”や“紅蓮”を投入し、本気で潰しにかかってきていることに。

 無論、疑問はある。聖域は国家のみならず、この世界においても重要なものだ。それをあの帝国が、そうやすやすと聖域の消失を許すだろうか。

 そもそも、巫女が不在という時点ですでに異常である。聖騎士であるリベルカが知らないという線は薄い。外敵から守るためにも情報の秘匿性は高い。が、その点は絶体不可侵という世界共通の認識が盾となる。

 つまり、巫女の存在を隠す必要はない。

 だとしたら、何故か。何故、帝国には巫女がないのか。継承者がなかったのか。それとも、はなから必要なかったのか。

 巫女の必要性──そこに着眼し、何か掴めそうなところで、シュエレンの思考は途切れた。


「──隊長! シュエレン!」


 シュエレンの思考は、険しい表情でこちらに駆け寄ってくるエバンの声にかき消された。

 エバンは側にくるなり、堰を切ったように早口でまくし立てる。


「“紅蓮”ジル・ドーラム率いる帝国軍が接近中。ガラント・エルグッド殿指揮の元、これを迎撃。なお、我々速突隊は最前線にてエルグッド殿の副官に従えとのこと」


「副官だ? 誰だよそれ。死んでもないのにまた隊長が替わるってのか?」


 不満を隠そうともせず声に乗せ、エバンに食ってかかるシュエレン。

 リベルカの時もそうだが、いつだって上に立つ人間は勝手なことをする。こちらの心情などお構いなしに、ただ従えと。

 シュエレンには、それが気に入らない。


「おいおい。八つ当たりはやめておくれよ。僕だって納得はいかないさ」


 エバンも心情的にはこちら寄りのようだった。

 視線を傍らにやると、なるほど、と頷くリベルカがいる。


「つまり、私は指揮から外れるということか。何か聞いているか?」


 リベルカの問いに、いいよどむエバン。

 よほどいい辛いことなのか、リベルカから目を逸らし、シュエレンに困り顔を向けてくる。

 嫌な予感がした。


「いえよ、エバン。ろくでもねえことなんだろ、どうせ」


「残念ながら、ね。隊長──いや、リベルカさんには別の指示がある」


 リベルカに下された指示。

 エバンは苦渋に染まった顔でそれを告げ、リベルカは何でもないことのように了承した。

 ただ一人、やり場のない怒りを握り潰すように、シュエレンは固く拳を握りしめていた。









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