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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に7

 

「あ、いや、そういう意味じゃ」


 リベルカの言葉を受け、慌てふためくエバン。

 無理もない。法術は正式採用された量産型のものなら、訓練生時代に叩き込まれる。が、個人の研鑽により編み出された独自術式は、その性質上、秘匿する者が多い。

 何しろ、発現領域がはっきりと判っていない以上、初見で封殺することは不可能に近い。しかし、逆をいえば対策法さえ見つけてしまえば、その術の価値は薄れ、驚異ではなくなる。

 エバンは日々の研鑽から生まれたであろうそれを同じ労力を割くこともなく、無断で手に入れようとした。あまつさえ、それを単純だと。リベルカのこれまでに唾を吐きかけたに等しい。


「気にしないでくれ。事実、単純な術式だからね」


 当の本人は気分を害した様子もなく、それどころかエバンの言葉をそのまま肯定してみせた。


「ただ、単純でも君にはまだ早いよ、エバン・ホーキンス」


 大真面目な顔でリベルカはいう。

 その青い双眸が、シュエレンに向けられた。


「君は風が得意なように見えるけど、当たっているかな?」


 先ほどの模擬戦を見ていたのだろう。

 リベルカの予想に、シュエレンは首を縦に振ってやる。


「よし、それならちょうどいい。見よう見真似では限界もあるだろう。私が教えてやる」


 告げるなり、自分の術式を語り出すリベルカ。

 聞けば聞くほど、確かに単純な術式である。

 ではあるが、シュエレンにしてみればとても実戦で行使できるような代物には思えなかった。

 現に──


「さあ、ここまでこい。エバン・ホーキンス」


 瞬速で飛び出すエバン。

 が、次の瞬間にはリベルカの目前で派手にすっ転んでいた。

 右足を軽く前に出した姿勢のまま、リベルカは笑う。


「ま、そんなものだ。術式は確かに単純だが、制御は容易くない」


 ──そう。リベルカのそれは術式こそ単純ではあるものの、とてつもなく制御の困難な暴れ馬のような法術なのだ。


「さて、ではシュエレン・ルトニカ。次は君だ」


 面倒に思いつつも、シュエレンはリベルカから離れ、先ほどのエバンと同じように距離をとる。位置につくと、教わった術式をそのまま組み上げ、印を結んでいく。

 途端に、風がまとわりつく。頬をなで、髪をくすぐる風が全身を包むように流れていく。

 風の鎧をまとい、そこでシュエレンは呼吸を挟む。

 これが第一段階。後は、動きに合わせて制御するだけ。


「準備はできたかー! 直進し、私の前で停止した後、転進。元の位置まで戻れ!」


 いわれた通り、シュエレンは直進の動きに入る。

 踵に意識を集中させる。同時に、全身の風が踵の一点に集約していく。

 制御を意識し、集約させた風を解き放つと同時に地を蹴った。

 ──景色が霞む。勢いをそのままに、前方から突風が叩きつけられる。一息でリベルカの姿が迫る。いや、迫っているのはシュエレンだ。

 直前で風を前方に展開。砂塵を上げてなんとか停止。

 転進しようと試みるも、全身を流れていた風がぱったりと消えてしまっていた。


「……あれ?」


「どうだ? 連続した動きは厳しいだろう?」


 得意気な顔のリベルカ。

 そうしていると、どこにでもいる女にしか見えない。例えば服を褒められた乙女のような──


「どうしたシュエレン・ルトニカ。今日はずいぶん静かだな」


「う、うるせえな。普通だよ、普通!」


 思わず目を逸らすと、にやけ面のエバンが視界に入った。


「…………なんだよ」


「いやいや、別に。あーどうにもこの法術は向いてないみたいだ。幸い、君は適正があるみたいだし」


「おい。何がいいたい、エバン」


 そうはいうものの、シュエレンは何となく読めてしまった。

 とんだ勘違いだ。


「ま、あとは隊長に教えてもらいなよ。二人っきりで。じっくりね」


 耳元でこそこそとそんなことをいってくる。

 あらぬ方向に勘違いしているエバンを怒鳴りつけようとするも、続く言葉に口をつぐんだ。


「いい機会だよ。君は一度、きちんと彼女と話した方がいい」


 囁くと、エバンはさっとシュエレンから身を離し、背を向ける。


「ん? どこへ行くエバン・ホーキンス」


「あ、いえ。隊長の術は私にはまだ早いかと。シュエレンをよろしく頼みます」


 エバンは軽く頭を下げ、背を向けて去っていく。


「──いいものだな」


 エバンの背中を見送りながら、ふと、呟くようにリベルカは口にした。


「何がです?」


 遠くなっていく勘違い野郎の背中を睨みながら、シュエレンが訊く。

 すると、リベルカは口許を緩めて小さく笑った。


「君たちだよ。私には友人がいない。ここにも。祖国にも」


 どうしてだろう。

 小さく笑ったその顔が、どこか辛そうに見えたのは。


「いいものだ。共に腕を磨き、戦い、成長していく。私にはないものだ」


 どうしてだろう。

 胡散臭いだけの存在だったのが、ただの女に見えるのは。


「さて、そろそろ再開するとしようか」


 いってこっちを見た。

 改めて見ると、綺麗な女だ。海色の瞳からは意思の強そうな光がにじみ出ている。堅苦しい彼女の性格に拍車をかける原因だろう。

 金色の髪は、帝国人のくせに、シュエレンよりも遥かに鮮やかで艶もある。触ればきっと、掌から容易くこぼれてしまうだろう。


「ん? どうした?」


 不思議そうに目を丸くして訊いてくる。

 これで帝国では数少ない聖騎士で、おまけにあの戦闘力なのだ。今は、いたって普通の女に見えるのに。

 剣を握る手が花を愛でていれば、自分はどう思っただろう。

 敵を前に険しさを帯びる顔も、愛しい男を前にして頬を朱に染めていればどうだろう。

 いっそ、彼女が帝国人ではなかったのなら──


「うーん。慣れない動きで参ってしまったのか」


 黙りこくるシュエレンを訝しんだのか、検討違いな方向で呟くリベルカ。


「──なあ」


 自然と口が動いていた。


「アンタ、どうしてこの国に来たんだよ。間者じゃねえのは何となく判る」


 それと、堅物なのも。だが、口にはしない。


「やっと判ってくれたか。最初から疑ってかかっていたものな、君は」


「当たり前だろう。ただの女じゃない。聖騎士なんだ。それが急に現れて、おまけに戦場に出るなんて……普通じゃねえよ」


 疑って当然だ。

 急に現れて、あまつさえ自分の上官となった。

 速突隊はその性質上、入れ替わりの激しい特殊な部隊である。本来なら、次の隊長はエバンであるはずだった。そこに突然、敵国の女が現れ、上に据えられた。

 疑うも何も、とりあえず気にくわなかった。


「確かに、普通ではないな」


 疲れたように、それでいて自嘲するかのように、リベルカは苦笑する。

 どこか遠くを見るように目を細め、


「皇帝陛下の勅命だった。初めは、なぜ私がと思ったよ」


 ぽつぽつと、リベルカは語り出した。

 内容は、とある呪術師の護衛。直接的な戦闘力を持たない呪術師だ。護衛が必要なのは判る。ただ、それが聖騎士となると話は別だ。ただの護衛には過剰な戦力といえる。


「疑問はすぐに解決したよ。ただの護衛ではなく、監視も含まれていたんだ」


 護衛を建前に、特殊な研究を行う呪術師の動向を探ること。それが、リベルカにいい渡された勅命の全容だった。

 さらには、(くだん)の呪術師は、皇帝の旧知からの紹介で帝国にやってきたのだという。


「おかしな話だろう? 一国の主と旧知の仲。そんな人間、数えるほどしかいない」


 聖騎士を監視につけるほどだ。術師として、よほどの力を持っているはずだった。だからこそリベルカは警戒し、必要以上に言葉をかわすことを避け、片時も呪術師の側を離れなかった。

 ただひたすら、皇帝の命のままに、監視し続けた。

 そして、事件は起こる。


「聖域の調査だった」


「聖域? 帝国の神木か?」


 黙って聞いていたが、さすがにそれは見過ごせない。

 シュエレンが問うと、リベルカは頷く。


「侵したのか。聖域を」


 気づけば、震える声でそう口にしていた。

 クルセニスにも、聖域はある。古来より、五つからなる巨大な法気の源泉は聖域と呼ばれ、何人も立ち入ることを許されていない。


「仕方なかった」


「馬鹿か!? 聖域だぞ!?」






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