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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に6

 

 砦にほど近い大都市カナーロは、ジル・ドーラムの部隊に襲われたにも関わらず、無傷とはいえないものの未だに制圧されてはいなかった。

 さらに、街に到着したリベルカ率いる速突隊は、ここにきて初めて生存者を発見するに至った。それも、砦に詰めていた正規兵である。

 砦の生存者の話によると“紅蓮”の率いる大軍を、ガラント・エルグッドの指揮の元、数日に渡って足止めしていたらしい。

 その後、砦を放棄し、カナーロを拠点として防衛線を張った。ガラント・エルグッドはその才覚を発揮し、度重なる襲撃を防いでみせたのだとか。

 そして、現在に至る。

 リベルカはカナーロの詰所に訪れていた。

 訓練場の一角に張られた天幕をくぐる。


「…………来たか、リベルカ・リインフォード」


「お久しぶりです、エルグッド殿」


 部下と二人でなにやら話し合っていたガラントは顔を上げ、リベルカを出迎えた。予め報告を受けていたのだろう。驚いた様子はない。

 疲れ切った顔だ。こころなしか、やつれて見える。眠っていないのか、眼は血走り、髪は荒れ放題。初めて会った時の凛々しい姿は見る影もない。

 甲冑はない。ゆったりとした衣装の上には、長剣のみ。

 その様子を見て、リベルカは思わず口を開いていた。


「考えることは同じですか」


 リベルカの台詞に、ガラントは怪訝そうに眉を寄せた。

 が、リベルカの格好を見て納得したのだろう。口許を歪める。


「こんな状況だ。卑怯などとはいえまい。防衛なら部下だけで事足りる。俺は少しでも敵の力を削ぎたいんでな」


 戦の高揚感からか、獰猛な笑みを覗かせるガラント。

 憔悴しているだろうにも関わらず、瞳の奥には危険な光を孕ませていた。まるで、獲物を求める獣のそれである。

 よくいえば戦意むき出し。悪くいえばやけ糞といったところか。


「そのことですが、いくら奇襲をかけたところで焼け石に水かと。“獅子”は正規軍を食い破り、進軍中。砦は陥落。“紅蓮”は部隊を分散させ、周囲の殲滅に兵を割いています。この二つを相手取っての防衛は容易ではありません」


「だろうな。それで? なにが言いたい、リベルカ・リインフォード」


 ガラントは眼を細め、低く唸るような声音で問う。

 その先は、きっと判っているのだろう。そしてまた、その答えを拒否している。そこから先は口にするな、と無言でそう告げられている。

 だが、リベルカは取り合わない。もはや道はない。


「降伏を。落としどころを探るべきです。このままでは、王都陥落は時間の問題でしょう」


「なるほど……降伏、か」


 ガラントの肩が小刻みに揺れている。

 怒りに触れたのか、と説き伏せる文句を考えていたところに、ガラントの大笑が天幕に轟いた。

 膝を打って盛大に笑い、そして急速に表情を無に代える。

 冷たい眼光と共に、溢れる殺気がリベルカに叩きつけられた。


「ぬかせ、小娘。全ての元凶は貴様らであろうが」


 途端、天幕内に充満する濃厚な殺気。気を抜けば、容易く心を折られてしまうほどの間接的な暴力にさらされる。ここが戦場だったなら、リベルカは迷わず抜いていただろう。

 事実、ガラントと話していた部下らしき男は、殺気に当てられ、腰を抜かしてその場にへたれ込んでいる。


「ジル・ドーラムは俺が殺す。オーネス・グラリエスも同様にな。なに、寝込みを襲えばさすがの“獅子”とて、ひとたまりもなかろうよ」


 何でもないことのようにいってのけるが、表情はない。

 淡々と、怒りを押し殺すように。リベルカに殺気を振りまきながら、犬歯を覗かせ笑う。


「それから貴様だ、リインフォード。無論、呪術師もな。忘れるな。この国に嵐を呼び込んだ貴様らを、俺は許しはしない」


 それだけだ、と締めくくり、ガラントはリベルカから視線を外した。途端に、充満していた殺気が嘘のように霧散する。

 ぐっと軽くなった空気に安堵したのか、部下らしき男は慌てて立ち上がると、火がついたように天幕を出ていった。


「…………エルグッド殿。くれぐれも、自棄(やけ)など起こさぬように」


 純粋な気持ちで忠告を残し、リベルカはガラントに背を向けた。

 自棄に走らせ、失うには惜しい武人。だからこそ、他国のこととはいえ、出過ぎたことをいってしまった。

 火に油を注いだだけだ。

 後悔の念を胸に抱きつつも、リベルカは天幕を出たのだった。






 シュエレンは詰所の訓練場で剣を振るっていた。

 相手はエバン・ホーキンス。前回の迎撃戦では、出る幕のなかったシュエレンは、本来ぶつけるはずだった力を友へ向かって発散していた。早い話が、消化不良気味だったのだ。

 リベルカ・リインフォードはガラント・エルグッドと何やら話があるらしく、詰所に足を踏み入れるなり、天幕へ向かった。

 リベルカはあの南部守護将と知り合いらしい。無論、何故かは知らない。ひょっとすると、有名な貴族の家の出なのやも知れない。そうでなければ、説明がつかないことばかりだ。怪しい護衛に、突然の小隊長。気難しいあのガトウが小娘相手に丁重な姿勢を崩さず、おまけにガラント・エルグッドとは旧知ときた。


「おいおい。考えごとかい、シュエレン」


 エバンの声に、シュエレンは思考を切った。

 受けに徹していたエバンの動きが変わる。地をすべるように動き、肉薄。手にした長剣が走る。

 右から迫る一撃を弾き飛ばすシュエレン。

 が、次の瞬間には左から長剣が迫っている。

 飛び退く。


「相変わらずだな、エバン。気色の悪い剣筋だ」


 舌を打つシュエレンに、エバンは苦笑を返した。


「悪かったね。でも、これが僕の剣術だ。軍式の剣術は肌に合わなくてね」


 クルセニスの軍式剣術は、剛派を主とする一撃必殺の剣術である。正規軍に所属するほぼ全てが、訓練生時代にこの剣術を叩き込まれる。

 対するエバンの剣術は、軍式とは真逆の柔派。変則的な動きが多く、剣筋は定まっていないように思えて、的確に急所をついてくる。それでいて、防御は完璧とくれば、もはやお手上げだ。

 事実、シュエレンはエバンに一度も勝てたことがない。


「接近戦はやめだ。お前相手じゃ疲れるだけだしな」


 いいつつ、シュエレンは長剣を鞘にしまい、両手で印を結ぶ。


「いつもの流れだね」


 やれやれ、とでもいいたげな顔でエバンも剣を納め、印を結んでいく。

 わずかに、シュエレンが速い。

 印を結び終えると同時、エバンを中心に風がふく。エバンを包囲するように立ち上がった風は砂塵を上げ、徐々に包囲を狭めていく。


「芸がない」


 一言。エバンが呟く。

 すでに法術は完成しているようだった。

 しかし、もう遅い。

 シュエレンが放った暴風が、エバンを捉えた。

 砂塵に消えるエバン。

 直後、エバンを襲った暴風は弾けるように爆散した。


「護法術か」


「速突隊の人間に法術はないだろう。上手くいかないとすぐに法術を持ち込む。悪いくせだよ、シュエレン」


 告げるなり、エバンの姿がかき消える。

 驚く暇もなく、次の瞬間には地面に叩き伏せられていた。


「見よう見真似でも、案外上手くいくもんだな」


 人の胸を踏みつけたまま、思案顔でそんなことを口にする。


「……おい。さっさと足を退けろよ」


「っと。ごめんごめん」


 シュエレンは立ち上がると、エバンは未だ思考から抜け出していないらしく、一人でぶつぶつと訳のわからないことを口にしている。


「今の、あいつの術か?」


 訊ねるとエバンは顔を上げ、あっさりと認めた。


「そうだよ。何度か見たけど、ずいぶんと使い勝手のいい術だよこれ。術式も単純だしね」


「単純、か。それはそれで少し傷つくな」


 そこに第三者の声が割って入った。


「隊長? ずいぶん早かったですね」


 エバンが意外そうな顔でいった。

 二人の前に、疲れた顔で苦笑を浮かべるリベルカ・リインフォードの姿があった。





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