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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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灰色の足跡2

 

 その日、隊長はいつにも増して厳しい顔つきだった。

 所属は、帝国の国境警備隊。隊とは名ばかりで、上からの覚えのよろしくない者たちが追いやられて出来た──いわゆる左遷組の寄り合い所帯である。

 事なかれ主義に嫌気の差した者や、果ては大貴族様に真っ向から喧嘩を売った愚者。中には、貴族との決闘で大怪我を負った者までが身を置いている。

 そんな警備隊の面々でただ一人、隊長だけは異色の経歴を持っていた。

 何をしでかした訳でもなく、不意にやってきたその中年男は、元はさる大貴族の出で、聖騎士任命の声がかかったほどの武芸者だという。また、それを蹴った大馬鹿者とも。おまけに、二十年前の内乱では現皇帝の右腕として参謀を務めたほどの知恵者ときた。

 尋常のことではない。ただの左遷とは訳が違う。

 それなら、と現在の私欲にまみれた貴族への反抗心を危ぶまれての左遷なのかといえばそうでもないらしく、大した仕事もない毎日を大真面目な顔で国境警備に勤しむその姿は、いっそ清々しいほどである。

 いつも真面目な顔で隊士一人一人に声をかけるその男は、とっつき難く、お堅い印象こそあれ、隊内での評判は悪くない。

 そんか彼が、いつにも増して厳しい顔つきで地図を眺めていた。


「隊長。何かあったんですか? さっきからずっと地図とにらめっこじゃないですか」


 聞けば、隊長は顔を上げて、


「いや、私の思い過ごしならいいのだがね。どうにも嫌な感じだ」


 疲れたように、白くなった頭をかく隊長。

 その顔には、いくつものしわが刻まれ、男の生きてきた年数を物語っている。相当な年であろうにも関わらず、男の眼光は鋭く、険しい表情で何やら物思いにふけるその様は、確かに皇帝の右腕といわれても納得のいく思慮深さをにじませていた。


「そろそろ昼の巡回です。考えるのは後にしましょう」


 告げると、もうそんな時間か、と隊長は慌てて地図をしまう。

 真面目だ。時間厳守は隊長の美徳といってもいい。彼がここへきてから、遅刻は厳禁とされた。破れば減給の上、隊長の半日にも及ぶお小言を頂戴する羽目になる。

 ──巡回は主に、白王山脈沿いに馬を走らせ、山脈の端から端までを警戒範囲とする。しかし、かの極寒の山脈に山賊などいようはずもなく、時折発見されるのは、北部に飼われていた“流民”くらいのものだ。早い話が、雑用である。

 そもそも、白王山脈を越えてくる者など、見つかった時点で死にかけている。流民の受け入れに積極的な北部だ。国籍のない者に、無条件で寝床と食事が確保される。にも関わらず、文字どおり命賭けで逃亡してくるのだから、かの王国はよほど過酷な環境なのだろう。


「今日も平和ですね、隊長!」


 並走する傍らの隊長に、笑顔でいう。

 前を見る隊長も、うむ、と頷きつつ笑顔を向けてきた。

 高くそびえる白き山々を横目に、今日も警備隊は仕事ともいえぬ仕事をこなす。さっさと終わらせて、帰ろう。今日は確か、エドワードが料理番だったはずだ。久々に旨い飯にありつける。

 男所帯の警備隊では、料理や洗濯などの家事全般が当番制である。洗濯はさして気になるほどでもないが、こと料理に関しては、食卓に並ぶ実に八割が下手くそな料理もどきときている。

 その内の二割の美味が、隊長とエドワードの料理である。

 今日の食卓に思いをはせていると、地の向こうにいくつかの影を捉えた。


「た、隊長!」


 隊長も気づいていたのか、無言で馬の腹を蹴った。

 にわかに速度を上げて、警備隊は駆ける。見ると、三つの影が視界に入った。三人の人間だ。

 停止させた馬の背から、隊長が下りる。誰何する隊長を尻目に、改めてその三人を見た。

 大柄な男が一人に、灰色の髪の少女が一人。そして、幼い男児。

 家族だろうか。それにしては、奇妙な格好である。大柄な男はまだしも、珍しい灰色の髪をした少女の格好は、白王山脈を越えてきたにしては軽装にすぎる。少年にいたっては東部にしか見られない特徴的な黒髪と黒瞳。どうにも、おかしな組み合せだ。


「──では、白王山脈を越えてきたと?」


 耳を向けると、隊長が信じらない、といわんばかりに問う。

 それもそうだろう。家族連れの観光気分で越えていけるほど、白王山脈の環境は甘くない。


「だから、そうだってば。それより、早く案内してくれないかな?」


 少女の言葉にどこへ、との疑問が浮かぶ。疑問は隊長が解消してくれた。


「それはできない。そもそも、正式な手続きを踏んでいない以上、君たちは不法に入国した犯罪者ということになる。白王山脈より南は、レンダール帝国の所有する領土だ」


 隊長が厳しい声で告げるも、少女はさして気にとめることもなく、やれやれ、とでもいいたげに肩をすくめている。


「固いなあ、もう。自由を愛する民なんだよ? 私は」


 だから通せ、とでもいいたいのだろうか。

 さすがの隊長も、少女のこの態度には面食らったのか、二の句が告げないでいる。

 ここは自分の出番だろうか。しかし、そう思ったのも束の間、隊長が沈黙から生還した。口を開くも、なぜか声が震えている。


「自由を愛する民? まさかとは思うが、君は……いや、しかしそれならどうして」


 一人つぶやく隊長に、少女は何事かを告げた。小さな声だ。ここでは聞き取れない。

 しかし、隊長の反応は劇的だった。

 なぜか姿勢を正し、口調まで改めて謝罪を口にしたのだ。


「失礼いたしました。私の無知をお許しください。しかし、なぜ貴女がこの国に? 事前に連絡があれば、迎えが来たでしょうに」


「個人的なことも含めて、ちょっとね。聖域に用があるの」


 直後、答えに窮したのか、黙り込む隊長。

 無理もない。聖域はすでにして聖域ではない。宝樹はもはや、ただの枯れ木と化し、森の中は死霊に溢れていると聞く。


「ああ、気にしないで。もう判ってるから。ただ、どういう状況かこの目で見たいだけなんだ。あと、ついでに友達にも会いたいしね」


 その言葉に安堵したのか、隊長は再び口を動かし始める。

 ほっと息をついたのが、ここまで聞こえてくるかのような錯覚に陥るほど、その声は安堵に満ちていた。


「そうですか。状況は確かに、見てもらった方が早いでしょう。して、その友人とは?」


 少女の口から出た、友人とやらの名前に、今度こそ隊長は口を閉ざした。


「ヒューリ・クロフ。ちょっとひねくれた黒髪の術師だよ」






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