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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に5

 

「上手くいくと思うか?」


 村長の家の一室で息を殺していたシュエレンは、声を抑えて問いかける。

 傍らで同じように身をひそめるエバンは、首を振った。


「どうだろうね。少なくとも、死ぬことはないさ」


「あいつ、本当に聖騎士なのか? こんな野盗みたいな真似」


「口が過ぎるぞ、シュエレン。何度もいうが、隊長なんだ。ある程度の敬意は必要だよ」


 何故かは知らないが、エバンは少なからずあの女を信頼しているようだった。だからこそ、シュエレンも従っている。そうでなければ、今すぐにでもあの女に斬りかかっているところだ。


「こらこら、また物騒なことを考えてるだろう? ダメだよ、シュエレン。彼女が死ねば、僕らに生き残る術はない」


 窓から差し込む月明かりが、妖しく笑むエバンの顔を闇に浮かび上がらせる。ぞっとするほどに深い笑み。物騒なのはどちらなのか。


「あの女がそんなに強いってのか? そうは見えないがね」


「だからいつまでたっても下っぱなのさ、君は」


 呆れたようにいい、窓に近づくエバン。

 そっと目線だけを外にやると、すかさずシュエレンに顔を向ける。


「動いたぞ。決行だ」


 その言葉を合図に、外がにわかに騒がしくなる。

 シュエレンも意を決して、立ち上がった。

 こそこそするのは性に合わない。やり方こそ気に入らないが、斬り合いこそが自分には向いている。

 部屋を出たエバンの後を追う。

 村長の家から一歩外に出ると、すでに終わったあとだった。

 甲冑を着込んだ帝国兵が何十人も地に付している。転がった亡骸の中心には、金髪の女。剣にべっとりと付着した血を振り落とし、鞘に納める。険しい眼光で周囲を警戒し、その蒼眼がシュエレンを捉えた。


「シュエレン・ルトニカ、エバン・ホーキンス。二人とも無事か」


 側にくるなり、ほっとしたように表情を和らげるリベルカ。

 周囲には、唖然としている仲間たち。


「いやいや、こちらの台詞ですよ隊長。なにをどうしたらこんな状況に?」


 エバンが苦笑ぎみに尋ねると、リベルカは不思議そうに首を傾げてみせた。


「なんの話だ。作戦は上手くいったはずだが」


 そうじゃねえよ、とシュエレンは思わず叫びそうになった。

 いくら何でも、速すぎる。仲間たちの反応からして、この惨状のほぼ全てがこの女の手腕によるものなのだろう。

 化物である。


「まあ、確かに上手くはいったようですが…………なんというか、反応に困ります」


 エバンの戸惑うような声に合点がいったのか、リベルカは笑みを見せて頷いた。


「そういうことか。なに、これでも聖騎士だからね。速さには自信がある」


 誇らしげに胸を張るリベルカ。

 甲冑を捨て、肌着一枚の寒そうな格好になった彼女の胸元には、嫌でも目がいってしまう。


「ん? どうしたシュエレン・ルトニカ。何か?」


 問われ、慌てて視線を逸らす。


「何でもないですよ、隊長殿」


 憮然とした様子を装いつつ、そっぽを向くシュエレン。

 隣でくすくすと笑うエバンが恨めしい。


「迎撃は成功だ。次は打って出る」


 表情を引き締め、リベルカは告げる。

 甲冑を捨て、音を殺しての奇襲。リベルカの策は、卑劣極まりない野盗じみたものだ。

 それでも、エバンはこれ以上ない最善手だという。


「ジル・ドーラムは殲滅戦において比類なき力を発揮する。そして、こちらはそれを逆手にとる。これより、占拠された村や街を奇襲。可能ならば解放する」


 エバンは了解、と納得しているようだ。

 が、シュエレンはそうではない。


「可能なら? つまり可能でなければ見殺しか」


「………………」


 答えないリベルカに、シュエレンは自然と表情が歪む。


「汚い真似はしても、人命は救わないってわけか」


「おいシュエレン!」


 エバンの鋭い声。しかし、シュエレンは止まらない。

 もとより、この女は気に入らない。

 それなら、とことん毒を吐いてやる。降って沸いた見知らぬ女だ。上官だろうと知ったことではない。


「なにが聖騎士。笑わせる」


 侮蔑を込めていってやる。

 が、リベルカは怒る素振りさえ見せなかった。

 静かに、淡々と事実を述べる。


「“紅蓮”の異名は、彼の特殊な能力もそうだが、本来はその性質に由来する」


 突然、聞いてもいない話をされて、シュエレンはリベルカを睨む。はぐらかすつもりか、と。


「猛攻の“獅子”と殲滅の“紅蓮”。帝国の聖騎士の中でも、この二人は別格だ。どちらか一方でも国を消滅させ得るだけの力を持つ」


「話が見えねえな」


 シュエレンが唸るようにいった。

 しかし、リベルカは淡々とした口調のまま続ける。


「違うのは、本人の性質だ。武人気質のオーネス・グラリエスは捕虜をよしとするが、ジル・ドーラムはそうではない」


 そこまで聞いてようやく、シュエレンは彼女のいわんとすることが判った。


「つまり、生き残りはいない、と?」


 エバンが問うと、リベルカは静かに肯定した。


「可能性は低い。文字通りの殲滅だ。権力の有無、女子供、関係なく皆殺し。それが“紅蓮”の戦だよ。彼の跡には、何も残らない。全てが火の海に沈む。だが、もし生きているのなら、私が必ず救ってみせる」


 沈黙。

 シュエレンは何もいえなかった。

 出来ることは、ただリベルカに従うこと。生きてさえいれば、彼女は救うといった。帝国の人間にも関わらず。

 それなら、従うより他ない。シュエレンとて軍人。民の命を守る義務がある。


「ならさっさと行こうぜ。砦は無理だろうが、せめて救える命は救いたい」


「よくいったシュエレン・ルトニカ。私も君と同意見だ」


 笑顔でいうなり、隊員を集めて指示を飛ばすリベルカ。

 そんな彼女を遠巻きに、エバンが隣で小さく笑っている。


「ほらね? 優秀な指揮官だったろう?」


「どうだか。ただまあ、少なくとも帝国の回しもんじゃあなさそうだ」


「やれやれ、本当に素直じゃないね君は」


 エバンが肩をすくめる。

 すでに、出発の準備が整ったようだった。リベルカの眼前に整列する隊員たち。シュエレンとエバンも慌てて列に混ざる。


「これより、付近の捜索にあたる。占拠された街、村を発見しだいこれを奇襲。日中は身を隠し、夜のみの行動とする」


 以上、と締めくくってリベルカは動き出した。

 その背を、隊員が追う。月光を頼りに、行軍する。

 この夜の間、シュエレンは何度も自分の正気を疑う羽目になった。

 短時間の内に、解放した街や村は四つ。リベルカは常軌を逸した身体能力にものをいわせ、ほぼ全てを己の身一つで解決してみせたのだ。

 聖騎士の実力を目の当たりにし、シュエレンは実力の差を認めざるを得なかった。

 そして、とある街で大勢の生き残りを発見する。

 その中には、聞き覚えのある名前の男がいた。






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