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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に4

 

 酒場を出たのは深夜のことだった。

 物騒な話を終えると、クリスの凱旋祝いとして、久しぶりに友と酒を酌み交わした。危機感など忘れ、ただただ心地の良い時間が過ぎていった。

 時間を忘れるほどに愉快な時間。それは友も同じだったのだろう。あっと何かに気づくと、慌てて先に酒場を出ていった。あの気の強い嫁さんのことだ。帰るなり大目玉だろう。

 縮こまる友の情けない姿を脳裏に浮かべると、思わず吹き出してしまう。

 しばらくにやにやと口許を緩めたまま、千鳥足で路地裏を進んでいく。昼間は罵声の絶えない場所だ。当然、夜ともなればその治安はいっそう悪くなる。


「………ったくよお。いい気分が台無しじゃないの」


 尾行の気配を敏感に感じとりつつ、クリスは進んでいく。

 どこで仕掛けてくるのか知らないが、盗人にしては妙に気配が薄い。慣れているといってもいい。

 すっと酔いが覚めていく。

 本当に、台無しである。

 立ち止まり、腰の剣に手をやった。


「さっさと出てこい。悪いが、金はないぞ。飲み過ぎちまってね。すっからかんさ!」


 張り上げた声が、しんと静まり返った路地裏に響く。

 それを合図にしたかのように、影からぞくぞくと姿を現してくる。その数、十数名。

 慣れているどころの話ではない。衣装は例外なく、影に溶け込む漆黒のそれ。つまりは統一されているのだ。訓練を受けた暗殺者といったところか。

 いよいよもってきな臭い。

 影の一人が動くと同時。素早く剣を抜いた。

 かすかな音もたてず迫る一人。

 クリスの右手が跳ねる。

 間合いに入ってくるなり、逆袈裟に斬り上げた。肉を裂く感覚が右手に伝わる。が、そこでクリスは違和感に襲われた。

 疑問に眉をひそめるクリス。三つほど気配が動く。

 そして、今しがた斬り伏せた襲撃者の一人が再び向かってきた。

 ──そういうことか。

 襲撃者の剣を己のそれで受け、クリスは一人、納得する。


「………てめえら、死人か」


 受けた剣を流し、即座に首を跳ねた。

 同時に、間合いに入った三人の首を次々と跳ねる。

 しかし、無駄だった。襲撃者たちは、首の切断面から血も流さず、それどころか未だその動きを止めない。


「《呪魂》か。くそったれが」


 絶望的な状況に思わず毒づいた。

 襲撃者たちは《呪魂》により生み出された死人。聞いたことはあっても、実際に対峙した経験はない。

 おまけに、普通の死人ではない。呪術の上からおかしな命令式でも上書きしているのだろう。知能や剣術まで駆使するという変態っぷりである。

 それなら、と襲撃者たちの剣をかわしつつ、左手で印を結ぶ。

 ──属性は火。

 ──発現規模は極小。

 ──術式は永続固定化。

 クリスの印が完成すると同時に、左手に小さな炎球が生まれる。

 そして、それを己の剣へと叩きつけた。

 直後、クリスの剣が赤を帯びる。剣先から鍔元までを燃やす炎。燃え上がりつつ、炎は剣に吸収されていく。やがて、鍛治で打たれるそれのごとく、剣身が赤熱する。

 咄嗟に思いついた《法纏》の応用。


「さて、火葬パーティといこうか」


 クリスの口許に笑みが浮かぶ。

 死人といえども危機感は抱くのか、次々と後退していく。

 やはり、正解だったらしい。

 踏み込む。一閃。

 斬り裂かれた襲撃者の皮膚が燃える。炎はすぐさま勢いよく燃え広がり、死人の肉体をたちまち炭化させた。

 後は単なる作業と化した。

 距離を詰め、斬り、炭化させる。

 残されたのは、深夜の路地裏に転がる人の形をしたいくつかの炭。

 それらを感慨もなく眺め、クリスは思考する。

 排除するにしても、行動が早すぎる。こちらの行動は筒抜けだろう。そこで初めて、ぞっとした。いいようのない不安が、悪寒と共に襲ってくる。


「くそったれ!」


 不安を振り払うように吐き捨て、駆け出した。

 向かう先は、ついさっきまで共に語り合っていた友人の元。

 行動が筒抜けならば、奴の元にも襲撃者が送り込まれているだろう。そして今、友は屋敷にいる。妻と子と共に。

 急がねばならない。例え足がちぎれようとも。

 失う訳にはいかない。いくら己の行動が浅はかだったとしても。

 代償としては大きすぎる。全くもって釣り合わない。


「頼む。間に合ってくれ」


 信じてもいない神に祈り、印を結ぶ。

 “疾風”の得意とする身体強化の法術の簡易式。

 瞬間。全身から力が抜けた。同時に、羽のように身体が軽くなる。後は、全速力で駆けるのみ。


 屋敷の門前に到着するなり、クリスは静かに剣を抜いた。

 警備の私兵が見当たらない。その上、嫌な匂いが夜風に乗って運ばれてくる。嗅ぎ慣れた死の香りだ。

 門を飛び越え、音もなく着地する。庭から屋根に飛び上がった。無音で屋根を伝い、窓を外し、浸入を果たす。

 寝室に入るなり、クリスは顔をしかめた。血臭が充満している。

 見るまでもない。これだけの血臭だ。すでに事切れているだろう。

 敵への怒りは、守れなかった自責の念に塗り潰されていた。だからこそ、クリスはいつもより冷静でいられた。

 周囲の惨状を分析し、転がった友の亡骸を見つけると、側に膝をつき、観察する。遺体から手がかりを拾うために。

 傷は多くない。いや、一つだ。うつ伏せに血の海に沈むその背に、裂傷。心臓を狙った背後からの一撃。おまけに、確実に殺すためか、傷口がわずかに抉られている。

 やはり、素人ではない。

 彼の隣には、同じ傷を負った婦人。これも背後からの刺突である。が、子供の姿がない。

 訝しみ、もう一度だけ周囲に視線を巡らせる。しかし、姿はない。

 寝室を出た。

 その後、くまなく屋敷を探し回ったが、ついに子供を発見するには至らなかった。


「…………何なんだ。何が起きている」


 動揺を口に出し、クリスは屋敷を出た。

 一刻も早く、皇帝と話す必要がある。明日一番に謁見を願い出ることを決め、それから屋敷に向かって黙祷する。


「待っていろ。仇は必ず」


 亡き友に誓い、クリスは踵を返した。







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