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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第三章【災厄招く種】
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災禍、白き慟哭と共に3

 

「本当に、おかえりを言う間もなくいきなりとは。相変わらずだね、クリス」


 夜。

 客もまばらな酒場の一席に、若い男のため息が落とされた。

 状況を作った張本人は酒を煽り、ふぅと息をつく。実のところ、面倒はかけたが、全く悪いとは思っていないクリスだった。

 それが表情に出ていたのだろう。

 男は呆れたように、目の前の杯を取った。彼の身分を考えれば不釣り合いにすぎる安酒だ。男はそれを一気に飲み干した。


「もうね、別にいいんだけどね私のことは。ただ、ここまでするかい?」


 周囲を見渡し、困ったように笑う男。

 さすがに、クリスも申し訳なくて軽く頭を下げる。


「いや、悪いな。本当ならお前の屋敷でもよかったんだけど」


 すると、男はゆっくりと首を振った。


「違う違う。そういうことじゃなくて、ここまで用心する必要があるのかってことさ」


「ある。そこは間違いない」


 即答していた。それほどに、この問題は根が深い。

 些細な気の緩みが、即刻死に繋がる確信がクリスにはある。


「君がそういうなら、そうなんだろうね」


 神妙な顔つきで頷く男に、クリスはそれで、と本題に入った。


「頼んでいた件だが──」


「アレス・ルインオーラについてだったね」


 さすがに長年付き合いがあるだけに、男は皆までいわせずにクリスの言葉を引き継いだ。

 その表情に、陰が差す。


「残念だけど、私の力でも公に知られていることしか……君の懸念が真実だとするなら、恐ろしいほどの情報操作だ。隠蔽なんてもんじゃない」


 男はそういった後、クリスに真摯な瞳を向けてくる。そこには、疑いたくはないが疑うしかない、とでもいいたげな困惑の色が窺えた。


「君の話だ。間違いはないんだろう。でも、そうだとしたら状況は異様にすぎる」


「だろうな。だからこそ、お前に頼んだのさ」


 男は口を閉ざした。

 クリスから目を逸らし、しばし黙考する。

 男とは長い付き合いだ。こうなると、しばらく放っておくしかない。クリスでは及びもつかないほど、膨大な思考に没頭しているのだろう。危ない橋を渡る時、いつもこの知慮に救われた。

 故にクリスは待つ。きっと、現状を打破する策を思いつくと信じて。

 しかし、顔を上げた男の表情は暗かった。


「クリス、諦めた方がいい。まずいことに足を踏み入れようとしているよ。危険すぎる」


 心配そうに告げてくる友の言葉も、クリスは笑って流してやった。


「なに、いつものことじゃないか。危険は俺の好物さ」


「本気でいってるんだ。これは忠告だよ、クリス」


 いつになく真剣な顔で、そんなことをいってくる。

 本気でこちらの身を案じてくれているのだろう。

 しかし、クリスは首を振った。


「悪いが、退く気はない。俺はこの国を愛している。女はもちろん、老人や子供、まあ男はそうでもないがお前もいる。歪んだままにしておくつもりはない」


 クリスの言葉に、男はじっとこちらを見つめていた。

 その眼が、こちらの動揺を探っている。クリスにはそう感じられた。少しでも隙があれば、覆してやろうと。

 しかし、やがて諦めたのか、やれやれと言わんばかりに男は肩をすくめる。


「君らしいね、全く。これ以上おかしなことになるのはごめんなのに」


「おかしなこと?」


 ああ、と男は頷いた。


「クリス。君は今、国内にどれだけの聖騎士が残っていると思う?」


 いわれて、単純に考える。

 “獅子”と“紅蓮”、そして“疾風”。二人は戦へ投入され、一人は反逆者。


「十人か」


 クリスの単純な計算に、男は苦笑で答えた。


「やっぱり、君の情報は鮮度に欠けるね」


 男は続ける。


「現状、聖帝十三騎士は僅かに四名」


 絶句する。

 帝国の保有する最大戦力が半分以下。それは、国防の機能不全に等しい。なぜ、とクリスが口を開こうとするも、男の続く言葉でそれを飲み込んだ。


「行方不明者はずいぶん前から確認していたよ。もっとも、元々が自由すぎる彼らだからね。確証を得たのは最近だよ。残っているのは名ばかりの聖騎士。一人を除いてね」


 聖騎士の中でも、単なる褒賞としてその位につく者がいる。少数派だが、大貴族の家に生まれた騎士がそれなりの武功を打ち立てれば、容易ではないが任命はあり得る話だ。

 男は続ける。


「呪術師が逃亡する以前から、行方不明者はあった。その時点で三名ほど。同時期に“獅子”の東部遠征。そして、彼が逃亡するなり“獅子”と“紅蓮”の投入だ。鼠に虎をあてがうようなものさ」


 確かに、その時点でおかしいとは思った。

 南部の軍事力はそれほどでもない。現に戦端が開くきっかけとなった理由も覚えていないほどに些細なものだった。

 新兵の訓練でもする腹積もりだろう、というのがクリスの予想だった。


「そして、これは君も知らないだろうけど《死神》が帝都をたった。もう半月も前のことだ。行き先は南部らしい」


 またも、クリスは絶句させられた。

 あり得ない話だ。それほどに、南部に価値があるのか。


「それに、本来なら君もここにはいない。今ごろは西部で会談中のはずだった」


 頷くクリス。

 それが叶わなかったからこそ、ここにいる。

 そして、意味不明な現状に直面しているのだ。


「いいかい、クリス。確かに、南部は何かしら重要な意味あいをもっているんだろう。いや、正確には南部に逃亡した“万死の罪”が」


 そこだ、とクリスは声に出していた。

 疑問なのは、まさにそこだ。


「呪術師は“特一級”。追うのもまあ、無理はない。“疾風”にしても、な。しかし、ここまで執拗なのは異常だ。そこで予想されるのが、かの罪人」


「何か特別な力を持っているか、重要な秘密を握っているのか。でも、問題はそこじゃないよ、クリス」


 首を傾げたクリスに、男は信じられない言葉を口にした。


「私は国を出るつもりだよ。君も、逃げた方がいい。時期が重なりすぎている」


「…………どういう意味だ」


「罪人を追うにしたってやりすぎだってことさ。それに、聖帝十三騎士の内、上位五名が同時期に帝都を離れているなんて異常だと思わないかい? 一人は帰ってきたけどね」


 意味ありげな視線に、クリスは顔をそむけた。


「望んだことじゃないさ。それに、異常なのは帰ってきてからずっとでね。なにせ、俺以外の記憶が軒並み変わっちまってるんだ」


「それなんだけど、おそらくは君の能力によるものだろうね。他の人間は記憶の改竄を施された。そうとしか考えられない」


 とうとう、話が見えなくなってきた。

 たまらずクリスは男の考えに疑問をぶつける。


「冗談だろ。帝都にどれだけの人間がいると思っている。その全ての頭の中をいじくるなんて真似、できると思うか?」


 いや、とクリスは首を振って否定する。

 杯に酒を注ぐと、それを口に持っていった。

 杯を置き、再び口を開く。


「普通なら君一人の記憶の改竄を疑う。それなら、充分あり得る話だしね。ただ、それがもっとも遠い話だと知っている以上、やはりその他の人間ということになる」


「俺の体質か」


 クリスの台詞に、男はゆっくりと頷いた。


「まあ、知ってる人間は私くらいだからね。相手が気づかなかったのも無理はないさ」


「相手? 心当たりが?」


 思わず身を乗り出したクリスに、男は首を振った。


「ない。ただ、これは攻撃だよクリス。南部との戦争を理由に、内側から帝国の力を削ぐね」


 だから、と念を押すように、再び男は忠告する。


「逃げるんだ、クリス。私と共に。じき、何かが起こる。この国はすでにおかしい」


 ここまで己の身を案じてくれる友に感謝を告げ、それでもクリスは先程と同じ台詞を口にしていた。

 ──夜が更けていく。







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