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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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猛攻の獅子6

 

 その男の名を、カースヴィル・ローランという。

 姿形こそ、少年のそれであれど、内面は全くの別物だとクレハはいう。

 クレハが件の男と出会ったのは、五年ほど前のこと。その頃も、ローランは今と変わらぬ容姿であった。

 実の兄と“蛇”を立ち上げ、理想の国を打ち建てるために奮起してから数年後のことだったという。一見して人畜無害の無邪気な笑顔を浮かべる少年は、兄とクレハの前に立つなり、いった。


「取り除いてあげよう。君たちの理想の前に立ちはだかる全ての障害を」


 第一声がそれであった。

 なぜ、クレハたちの理想を知っているのか。どこから来たのか。何が目的なのか。それら全ての疑問に、ローランは答えることなく、ただ一言。


「僕を受け入れろ」


 その一言だけで、兄は頷いたのだという。


「もちろん、止めたさ。胡散臭いにもほどがあるってね」


 語りながら、クレハはいう。

 しかし、妹の助言を受け入れることはなく、兄は徐々にローランに毒されていった。

 確かに、障害は取り除けた。うるさい羽虫は残らず、無慈悲かつ冷酷にローランの手にかかっていった。邪魔物を排除し、さしたる障害もなく大きく脹れ上がった組織の威光は、ついに大陸全土にまで及ぶこととなる。


「順調だった。いや、順調すぎた」


 苦しげにうつ向くクレハ。

 そして、先日のシロのことだ。鉄の掟を破ってまで、ローランに従う兄。そこにはもう、自分の知る兄の姿はなかった。ただ、盲目なまでにローランに信仰を捧げる。それこそ、狂信者のごとく。


「アンタを知っているような素振りだった。彼がくるって。たぶん、アンタのことだ」


 そういわれても、ヒューリには全く覚えがない。

 愛くるしい少年の姿をした悪魔。それがローランだと、クレハはいう。だが、ヒューリにそんな知り合いはいない。いたとしても、すぐに別れを告げているだろう。


「残念ながら、私の周囲にそのような人物はいません。それより、彼はいまどこに?」


 クレハは無言で首を振った。

 ローランの居場所こそ、ヒューリがもっとも知りたいことである。理由は判らずとも、シロが拐われたのは事実。しかし、助け出そうにも、居場所が判らない。


「知っていそうな人物は?」


「ヴァン兄なら知ってるだろうさ。けど、今は……」


 そこで、クレハは言葉を切った。

 今は、王都に戻らねばならない。傷が塞がったとはいえ、シシカは未だ目を覚まさない。彼女の安全が最優先だ。

 それに、クレハの話ではあの“獅子”が進軍中であるという。本当なら、すぐにでも国王に告げなくてはならない。おそらく、間に合わないだろう。それでも、戻らねばならない。

 戦火は広がっていく。何一つ状況の判らない今、不用意に動くのは自殺行為だった。


「今日一日はここで。明日の朝、出ます」


 告げるヒューリにクレハは頷き、部屋を出ていった。





「その髪、どうなってんだよ」


 唐突にいわれ、リベルカは剣の手入れを止めて、立ち上がった。

 振り向くと、くすんだ金髪の青年が仏頂面で腕を組んでいる。

 場所は、北の国境付近に位置する村落である。

 小さな村だ。朝日に照らされ、早朝から畑仕事に勤しむその姿はまばらで、五人ほど。木造の家屋にしても、十もない。

 小屋といっても過言ではない家々の中で、唯一まともな大きさの家があった。村長の家である。その玄関先で、出発の準備がてら、剣の手入れを行っていたリベルカだった。


「シュエレン・ルトニカだな。何の用だ」


 問われ、不愉快極まりないとでもいいたげに、青年は眉根を寄せた。美しい翠眼に敵意を潜ませ、押さえつけようにも、殺気はにじみ出ている。

 年はリベルカとそう変わらないだろう。にも関わらず、ここまで自分を御し切れないとは。

 ──あまりに幼い男だ。

 眼前の男へ抱いたのは、率直な感想だった。


「だから、その髪だよ。帝国人のくせに、むかつく色だ。俺よりも鮮やかってところが余計にな」


 そんなことか。

 シュエレンは今の状況をよく判っていないらしい。

 実にどうでもいいことだ。


「支度はすんだのか、シュエレン・ルトニカ」


「こっちが聞いてんですよ、隊長殿」


 挑発的に笑んでみせる。

 どうやら、リベルカが答えるまで退くき気はないらしい。

 やれやれ、とリベルカは嘆息する。エバンがいない時になぜ、とも思う。あの真面目な隊士ならばきっと、この青年の額を小突き、さっさと連れ去ってくれるだろうに。


「親が南部人なんだよ。母がね」


 リベルカが答えるなり、シュエレンは即応する。

 小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「はっ。南部人でありながら、帝国に身を置くってのかよ。親父が帝国人なのか? それにしたって可哀想なのは母親だぜ。それじゃまるっきり売国奴じゃねえか。牢にでもぶち込まれたか? ん?」


 実に愉快だ、とでもいいたげに喜色を浮かべて言葉を投げてくる。

 邪気にまみれた笑みだ。常ならば、路傍の石程度にしか思わない。無言でいなすことも出来た。あのひねくれた呪術師と幾年かを共にしたのだ。皮肉や嫌味など、いくらでも聞き流せる。

 ──なのに。どういうわけか、口が勝手に動いていた。


「母はもういない。父も、私が物心つくころには死んでいた。君はずいぶん、帝国人に恨みがあるようだな。それはいい。戦争だ。恨むのも仕方のないことだ」


 流れるように口からこぼれた言葉は、徐々に、しかし確実に熱を帯びていく。


「だが、母を侮辱することは許さん。欠片も記憶に残っていないが、母は立派な人だったと聞く。その誇りを汚そうというなら──」


 自然に、右手が腰に伸びていた。


「──私は母の誇りを守ろう。抜くか? シュエレン・ルトニカ」


 本気の殺意を向ける。

 これではシュエレンを笑えないな、と内心で思う。らしくない行動だ。その自覚はある。

 シュエレンの殺気が押さえつけようにもにじみでるそれなら、リベルカのそれは、隠していた牙を唐突に剥き出すそれである。

 ただの八つ当たりにしては過剰なほどの殺気が、シュエレンに向けられていることだろう。

 だが、常人なら足がすくむほどのリベルカの殺気を受けてなお、シュエレンは笑っていた。待ってました、とばかりに嬉々として剣を抜く。


「ようやくかよ。いいぜ。判りやすいのは大歓迎さ」


 今にも斬りかからんとするシュエレン。

 口角を吊り上げつつ、上段に剣を構える。

 対するリベルカも、静かに剣を抜いた。正面に構える。

 どちらかが動くよりも先に、動き出した影がある。

 影は二人の間にさっと割って入った。短剣を片手に、黒地の布で口許を隠したその人物の様相は、まさに影だった。

 全身黒ずくめの、細身な体躯。

 リベルカに背を向け、眼前にシュエレンを捉えている。


「敵対行動を確認。始末します」


 いつも姿を見せないくせに、こういう時に限って現れる。

 リベルカの護衛だった。













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