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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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猛攻の獅子5

 


 第七速突隊を率いるリベルカは、いち早く敗北を予測し、本陣への帰還を断念。後の援軍との合流を果たすため、平原を迂回。北東より南下する帝国軍をかわすため、進路は北西からの南下に落ち着いた。


「あまり悠長にはしていられない。少しになるが、各自、身体を休めておいてくれ」


 深夜。

 野営の準備を終えると、リベルカは集まった隊員たちに休むよう告げた。

 皆、疲れた顔をしている。無理もない。リベルカの予想通りとはいえ、大敗を喫したばかりである。

 リベルカの提案には、当初こそ誰一人として賛同しなかった。命令といわれて仕方なく従ったに違いない。しかし、遅れてその悲惨な結果を目にすると、表だって反発してくる者はいなくなった。

 いくつか適当な指示を出すと、リベルカは一人、その場を離れる。

 見渡す限りの地平線。平原の夜を包むのは、煌めく星々。幻想的なその光景を前に、リベルカの心は落ち着いていく。こんな時でありながら、素直に綺麗だと思った。

 その場に寝転がり、空を見つめる。視界には、満天の星空。まるで、戦などどこか遠くの世界の出来事のように、リベルカには感じられた。

 ──疲れているな。

 自覚はある。本来いるべきではない場所で、本来共に戦うはずの仲間に剣を向けている。

 隊を率いるのも、ずいぶん久しぶりのことだ。さらに、リベルカは敵国の騎士である。通常の編成ではない上、その隊長が敵とあっては動揺するのも無理はない。動揺だけならばまだマシで、中にはシュエレンのように明確な敵意をもって反発してくる者もいる。とても、御しきれるものではない。


「先が思いやられるな」


 はは、と疲れを誤魔化すように、乾いた声で笑った。しかし、そんなもので誤魔化しが効くはずもなく、口を突いて出たため息が夜風にさらわれ、大気に消える。


「……こんなところにいましたか」


 上から降ってきた声に、起き上がろうとするリベルカ。


「ああ、どうぞそのままで」


 そういってリベルカの視界に割り込んできたのは、見覚えのある顎の細い男。


「エバン……だったか。何か用か?」


「いえ、大したことでは。ただ、お礼をと」


 エバンの台詞に、リベルカは思わず目を丸くする。


「礼? 何の話だ」


 記憶を探るも、感謝されるような覚えはない。憎まれこそすれ、敵方のリベルカに感謝などあり得ない。

 そう疑問に思っていると、エバンは静かにいった。


「貴女のおかげで、仲間が救われた。貴女の判断は正しかった」


 そんなことを、大真面目な顔でいってくる。


「未だ信用していない者は多い。ですが、少なくとも自分は貴女を信じます」


「君は……ずいぶんと落ち着いているんだな」


 大敗を前に取り乱す面々の中、彼だけはリベルカの提案を否定さず、一人で何かを考えているようだった。年齢の割りに冷静だ、とリベルカは内心で密かに感心していたほどだ。

 仲間を救った礼にしたってそう。納得はしていないと、お前は敵だと。そう面と向かっていってきた割りに、状況改善のためならこうしてすぐに感謝を口に出せる。本来なら、敵であるはずの自分に。


「そう見えますか? これでもかなり動揺しているのですが」


 とエバンは苦笑をもらした。

 それより、と彼は続ける。


「これからどうなさるおつもりなので?」


 その問いに、リベルカは今度こそ起き上がった。

 半身を起こし、目で座るよう促す。


「失礼します」


 エバンが隣に腰を下ろすのを待ってから、リベルカは口を開く。


「話した通りだ。迂回し、王都へ向かう。半ばまで行かずとも、合流は果たせるだろう」


 逆をいえば、それまでに援軍と合流できなければ、戦火は王都にまで及ぶだろう。そうなれば、陥落はもはや免れ得ぬものとなる。


「考えがあります」


「聞こう」


 リベルカは即座に頷いた。


「エルグッド将軍をご存知ですか?」


 これにも、リベルカは頷く。

 忘れようもない。なにせ、初対面で脅迫まがいの台詞を吐いてきた男である。その姿だけでなく、しわの数まで思い出せる。


「あの方は南部守護将を任された英雄です。老兵ではありますが、戦巧者としても名高い」


 なるほど、と思った。

 ガラント・エルグッドの名が出た時点で、リベルカは彼の言わんとすることを理解した。


「先に砦の連中と合流するわけか」


 上手くいけば、帝国軍を挟撃に追い込める。

 脳裏に地図を広げ、リベルカは距離から必要な日数を計算する。

 急げば半月後には、砦に到着できるだろう。


「よし。砦を目指す。皆へは君から伝えておいてくれ」


「了解です」


 後に、リベルカはこの時の判断を大いに後悔することとなる。

 そんなことなど露と知らず、今はただ、決意を新たに出発の準備へ取りかかるのだった。





 クルセニス西部のとある街で、ヒューリは寝具に横たわり、静かに寝入る黒髪の女を見つめていた。シシカである。

 傷が塞がったこともあってか、苦渋に満ちていた表情は安心しきったような柔らかなもので、荒く乱れていた呼気は安らかな寝息へと落ち着いている。この分なら、心配はないだろう。


「なんだなんだ、こんなまっ昼間から。いちゃついてんのかい?」


 背に落とされたのは、からかうような声。

 ヒューリの振り向く先には、一人の少女。桜色の髪をうなじで一くくりにした小柄な少女である。大きくまん丸とした蒼い双眸が冷やかすように細められ、口許はいやらしさたっぷりに歪んでいる。

 齢にしてわずか十三だというこの少女は、普通にしていれば、それこそ絶世の美女へと至る道半ば。美少女に違いないのだろう。

 しかし、いやらしく歪んだその顔は、全てを台無しにしていた。さながら、酒場で給仕の娘を口説く悪漢である。


「面白い冗談ですね、クレハさん。近頃の子供はなかなかに聡明のようです」


「ガキ扱いすんじゃねえよ、変態野郎」


「変態? まさかとは思いますが、それは私のことですか?」


 心外だ、と沈痛な思いを乗せて言葉にするも、クレハは即座に頷きを返した。


「他に誰がいる。“厄種”ってだけでも変態なのに、身体にゃわけの判らんもんを飼ってる。それも複数だ。変態だろどう見ても」


 確かに、そうかも知れないとヒューリは思う。

 ただでさえ残り少ない命。近年のヒューリの行いは、尽きるその日まで燃え続ける命に、油をかけるようなものだ。死期を早めるだけの行為。

 なるほど。それは確かに、端から見れば自殺願望のある変態であろう。


「その話はよしましょう。あまり、気持ちのいいものじゃない」


 微笑みつつヒューリがいうと、クレハはばつが悪そうに顔を背けた。余計な詮索とでも思ったか。

 再び顔を向けると、その蒼眼には鋭い光が宿っていた。


「本題といこうか、ヒューリ・クロフ。まず、私とあのクソ野郎の話からだ」


 静かに頷くヒューリに、クレハは語り出す。










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