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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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猛攻の獅子4

 

 エルミラ峡谷を出て、五日目の昼。

 ヒューリたちは獣道を抜け、街道に出ていた。道を覚えていたおかげか、戻りの方が幾分か速い。このまま中継地点の街を目指し、そこでシシカを療養させる。

 シシカが充分に回復すれば、一度王都へ戻る予定だ。

 それまでに、ヒューリはクレハから詳しい話を聞くつもりだった。


「ん? なんだありゃ」


 街道を進んでいるとふと、クレハがそんなことをいった。

 首を傾げる彼女の視線を追うヒューリ。人だ。向こうから、真っ直ぐに街道を進んでくる。

 徐々にあらわになっていくその姿に、ヒューリも思わず疑問を口にする。


「これはまた……妙ですね」


 どうやら女のようである。遠目でも判るすらりとした体躯。腰まで伸びる美しい紫色の髪。

 しかし、なによりヒューリの目を釘付けにしたのは、彼女が肩に担ぐ“それ”だった。

 長柄の先に三日月を思わせる刃。鎌である。


「死神ですか。想像と違って、ずいぶんと美しいようだ」


「バカいってんじゃないよ。どう考えても普通じゃないでしょうが」


 的外れな感想を口にするヒューリに、クレハは呆れたように嘆息する。

 女は眼前に立った。やはり、女は稀に見る美貌の持ち主だった。紫色の髪を払い、口許を緩める。それだけで妖艶な印象を受ける笑み。

 血を思わせる赤い双眸が、ヒューリたちを捉えていた。


「こんにちは。ちょっと道を訊ねたいのだけれど」


 挨拶も早々に、道を訊ねてくる女。

 よくよく聞けば、どうやら王都に向かっているらしい。


「残念ながら、反対方向ですね。このまま真っ直ぐ行くと、街があります。そこを出て、そのまま街道を進めば王都です」


 王都に向かっているといいながら、全くの逆方向。つまり、王都からどんどん遠ざかっている女に教えてやる。

 すると、見るからに女はがっくりと肩を落とし、その場に座り込んだ。


「あーやだやだ。もう疲れちゃった。帰ろうかしら──あら?」


 そこで始めて、女はヒューリの背中に目をやった。


「その娘、ずいぶん手酷くやられたようね。死相が出てるわよ」


 物騒なことを平然といってのける女に、クレハが食ってかかった。


「応急処置はすんでる。縁起でもねえこと言うんじゃないよ」


「…………いいかも。さっきは訊く前に……だものね。それじゃ仕方ないか」


 クレハの言葉を完全に無視し、ぶつぶつと独りごちる女。

 その態度に、クレハが声を上げようと息を吸った。

 が、クレハが声を出す前に、女がいう。


「いいわ。その娘を助けましょう」


「は?」


 訝しむクレハに、ヒューリも同様の思いで女に訊ねる。


「はて? どういうことでしょう? 貴女は法医なのですか?」


「さっき一人に与えたんだけど……予定外だったのよね。生を訊く前に、お別れしたから。だからこれは、私のため。道を教えてくれたお礼とでも思っておいて」


 訳のわからないことを口にする女。

 どうしたものか、と思案していると、女はいつのまにかヒューリのすぐそばまで近寄っていて──背中のシシカを引き剥がしてきた。


「あっちょ、ちょっと!」


 慌てるヒューリを尻目に、女は胸に抱えたシシカの額にそっと口づけを落とす。


「貴女に“生”を与えましょう。私の愛しい“天秤”がいつも平穏であるように」


 歌うように口にすると、それで終わり、とばかりにシシカを返してくる。


「それじゃあね。もう会うこともないでしょうけど、元気でね」


 いって、女は去っていく。

 ヒューリたちが進んできた道へ。

 つまり、


「王都、逆なんですけどね」


「ま、いいんじゃないの? バカなんでしょきっと」


 どうでもいい、とばかりに鼻を鳴らすクレハ。

 彼女はヒューリに背負われたシシカの背に手を添え、そして、表情を消した。


「クレハさん?」


 肩越しにクレハの表情が目に入り、思わず声をかけていた。


「…………あり得ない」


「どうしたんです?」


「完全に塞がってんだよ。傷が」


 クレハの驚愕の声。

 しかし、ヒューリは女の偉業を訝しむよりも、シシカが無事だったことに胸を撫で下ろした。


「いや、最近の法医はすごいですね。馬車を投げる怪力の法医に、鎌を持った死神のような法医。物騒なのは流行りなんでしょうか?」


「ふざけんなよ、呪術師。殴るよ」


 苛立ったように告げるクレハだった。

 この後、中継地点の街まで後わずかといったところで、ヒューリたちは一人の男を目撃する。

 男といっても、胴から首を分かたれたもの言わぬ骸であった。

 装備からして、賊であろうその男の右手には、女ものの下着が握られていた。おまけに、下半身は丸出しという、最期の姿としてはずいぶんと無様な格好であった。

 おそらく、女に乱暴しようとしていたところを、通りかかった何者かに見咎められ、そのまま殺されたのだろう。

 当然の報いである。

 無様な亡骸を見ながら、ヒューリは脳裏に、紫色の髪の妖艶な死神を思い浮かべていた。





 帝国との国境に位置する砦で、ガラント・エルグッドは頭を抱えていた。

 彼を悩ませるのは、最近になって亡命してきた三名とその行動。そして、その行動がもたらしたこの状況である。

 ヒューリ・クロフを追ってきた帝国軍は撃退したものの、それ以降が問題だった。撃退だけなら、さして難しいことではない。帝国との小競り合いは日常茶飯事だ。この堅牢な砦は、そうやすやすと破れるものではない。

 が、それ以降。あろうことか、あの“獅子”が進軍してきたという。ヒューリ・クロフはよほどの国家機密を握っているのか、遠征軍を率いていたオーネス・グラリエスは帰国を後回しにして、転身。一万余の軍勢を率いてクルセニス王国に進軍中であるという。

 帝国最強の獅子が動くのだ。敵が本気であるのは、間違いない。

 ガラントの望まぬ形で、戦況が動いた瞬間だった。


「…………なぜだ」


 誰にでもなく、呟く。

 何故、今なのか。

 退役を前にして、この戦況の変化。激動といってもいいほどのこの戦況の変化は、おそらくガラント自身にも影響を及ぼすだろう。

 下手をすれば、退役は遠退き、戦況が落ち着くまでは砦の防衛に従事する羽目になる。

 今更である。数日後には、獅子の率いる帝国軍と激突するだろう。報告を聞く限り、平原での正面衝突となる。


「獅子の独壇場ではないか」


 老兵であるガラントは、かの聖騎士がいかに人外じみているかよく知っている。

 直接戦場で剣を交えたことこそない。が、彼の同輩も、かつての師も、数えきれないほどの人間が獅子の牙の前に破れ去った。そこに強さなど介在する余地はない。ただ、羽虫を払うがごとく、呆気なく絶命を余儀なくされる。

 人の身でありながら、どうして獅子に打ち勝てようか。

 平原での戦はおそらく、負ける。そうなれば、援軍が必要になるだろう。長く戦場に身を置いていたガラントである。それだけ多くの戦を知っているのもまた事実。声がかかる可能性は濃厚であった。


「どうしたものか」


 思わず、嘆息する。

 祖国は愛している。忠義も無論。しかし、この老いた将に一体何ができよう。老体に鞭打ち、獅子を止めるか。それこそ、あり得ない話だ。命をかけたとして、獅子にとっては路傍の石だろう。見向きもされず、殺される。


「閣下!」


 慌てて駆け込んできた部下に、ガラントは咎めるような声を出す。


「落ち着け馬鹿者が。どうした」


 訊くが、大方の予想はついていた。

 おそらく、また帝国が手を出してきたのだろう。獅子の邪魔をさせず、砦に釘付けにするつもりか。

 果たして、ガラント・エルグッドの予想は見事、的中する。

 問題は、敵の将が誰なのか。ガラントの誤算は、攻めてきた相手の素性とその数だった。


「敵襲! 聖騎士ジル・ドーラム率いる大軍です!」


 ガラントは炎をまとう剣の旗を脳裏に浮かべながら、立ち尽くしていた。
















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