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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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猛攻の獅子2

 


「ようやく、か」


 あてがわれた天幕の中で、甲冑を脱ぎ終え、一息ついたところでリベルカはほっと胸を撫で下ろした。

 かなりの強行軍であった。夜通しで行軍する日もあったほどだ。兵の疲弊も著しい。夏場であれば、窒息していただろう。

 改めて、リベルカはこれからの戦に思考を向ける。

 簡易式ではあるが、陣の防備も用意できた。しかし、急ごしらえの堀や馬防柵で、果たしてどこまで耐え切れるのだろう。

 オーネス・グラリエスの率いる軍勢は、それだけで練度を増す。寄せ集めの烏合の衆とて、彼が率いればまるで別の生き物のように動く精鋭と化すのだ。

 そんな相手に、いくら兵力で上回っていようと勝てるものなのだろうか。


「…………勝つ? はは。馬鹿か私は」


 思わず、自嘲ぎみな笑みをこぼす。

 勝利へ導こうとしている自分が、どうしようもなく愚者に思えてならない。それに、目的は無実の証明である。そもそも、勝つ必要はない。


「──失礼します」


 天幕の外からかかった声に、リベルカは思考を中断した。


「どうぞ」


 とリベルカが許可すると、一人の男が入ってきた。

 若い。リベルカよりも幾分か年上だろうが、小柄な体躯のせいか、余計に若く見える。実に、リベルカよりも頭一つ分は低い。

 リベルカには、どうにも頼りなく思えた。が、よくよく見ると、衣服の上からでもはっきりと判るほどに、細身ながらしっかりとした筋肉をまとっている。

 小休止ということもあってか、リベルカと同じく、男は防具を取り払っていた。腰に提げた長剣がなければ、どこにでもいそうな平凡な男である。


「お初にお目にかかります。エバン・ホーキンスと申します、隊長殿。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げる、エバンと名乗る男。

 その姿に、リベルカは目を丸くした。隊長と呼ぶからには、おそらく自分の部下になるのだろう。

 ああよろしく、とリベルカが返答すると、男は頭を上げた。


「つきましては、今後の作戦を話し合いたいのですが。隊の顔合わせも含めて」


「あ、ああ。そうだな。外で待っていてくれるかい?」


 部下でありながら、有無をいわさぬ口調の男に、不審に思いながらも、待っているよう告げた。

 天幕の中を片付け、外に出る。

 出迎えたのは、数名のクルセニス兵。先程の男以外は、武装を解いていない。しかし、さすがに無礼とあってか兜はない。リベルカは視線を巡らせ、一人一人の顔と特徴を記憶していく。


「それでは、隊長殿。紹介します。右から──」


 男が順に紹介していく。

 各々に一言二言だけ返すリベルカ。

 最後に紹介された青年を見て、リベルカはぴくり、と眉尻を跳ねさせた。わずかに身構える。


「シュエレン・ルトニカだ。よろしく、帝国人」


 はっきりそうと判る敵意をにじませる瞳。

 印象的なくすんだ金髪には、見覚えがあった。

 リベルカの意見を聞こうとするガトウに待ったをかけた、あの兵士である。


「知ってますか、隊長殿。速突隊は仕事上、面子の入れ替えが激しくてね。もちろん、隊長も例外じゃない。俺の知ってる限り、あんたで六人目ですよ、隊長殿」


 せいぜい気をつけることだ、と暗に脅迫してくる青年。その頭上に、鋭い拳が落とされる。


「ってえ! てめえ何しやがんだエバン!」


 涼しい顔で拳を撫でるエバンに、青年が抗議の声を上げていた。


「不敬に当たるぞ、シュエレン。誰だろうが隊長は隊長だ。態度を改めろ」


 何かいいたげな青年だったが、エバンには逆らえないのか、しかめっ面で舌を打つと、踵を返す。

 作戦はどうする、と誰かが背中に声をかけるも、シュエレンは止まらない。代わりに、苛立たしげに声を上げた。


「俺たちに作戦なんざ必要ねえだろ! やることはいつも通りだ!」


 その場の空気が静まり返る。

 沈黙を破ったのはエバンだった。


「申し訳ありません、隊長。まだガキなんですよ、あいつは」


 許してやってくれ、と苦々しい顔で告げるエバンに、リベルカは苦笑で答える。

 が、エバンの続く言葉が、リベルカの胸をえぐる。


「しかし、自分も納得はしていません。つい最近まで敵だった相手と手を取り合うなど……」


 だから、とエバンは無表情で続けた。


「何も考えず、ただ敵を殺してください。一人でも多く、貴女の仲間をね」


 それで終わりだった。

 作戦も何もない。ただ一方的に告げられただけだ。余計なことはするな、と。


「……面倒だな」


 ため息と共に、額に手をやった。

 やはり、自分に人を率いる力はない。祖国でも、ここでも。





 翌日の昼。

 斥候の部隊が国境付近の帝国軍を発見した。

 迎撃態勢に入るクルセニス軍。その陣営で、九つの速突隊が突撃の合図を待っていた。

 速突隊の役割は、その名の通り。戦場において誰よりも速く敵に突撃し、その出鼻を挫く。速突即離を信条とする遊撃の側面が強い部隊である。故に、捨て駒と呼ばれるほどには、その危険度も高い。

 慣れないクルセニスの軍馬の上で、リベルカ・リインフォードもまた、突撃の合図を待っていた。作戦では、速突隊の離脱後、法術部隊による殲滅法術での迎撃。そして、簡易式の防衛戦を越えたところを叩く。

 使者による宣戦布告はない。予想通りとはいえ、ガトウはこれに渋面を浮かべていた。蛮族どもめ、と罵るほどにはガトウも怒りを覚えていたようだった。


「──きたか」


 地平線の彼方に、砂塵が見える。

 リベルカはそっと、腰の柄に手を添えた。


「速突開始!」


 ガトウの号令と共に、馬を蹴った。

 同時に剣を抜く。

 しかし、


「ん?」


 ふとした違和感に、リベルカは兜の下で眉根を寄せた。

 どうにも、馬の足が遅い。

 見れば、後方にいたはずの隊の面々はすでにリベルカを追い越している。

 ──まさか。

 最悪の状況に思い至り、もう一度馬の腹を蹴る。かなり強く。

 苦しげな馬の(いなな)きと、具足越しに伝わる感触に表情を歪める。


「…………くだらんことを」


 どうにも稚拙な嫌がらせだった。

 その馬にはおそらく、大量の飼葉が与えられているのだろう。必要以上に与えられた餌に、馬は走るどころではなく、今にも倒れそうな弱々しい鼻息で進む。

 ぶつかり合えば、落馬する。

 そうこうしている内に眼前に迫る、獅子の旗。そこに飛び込む、第七速突隊の面々。

 他とは異なる意匠の兜が、リベルカの視界に映った。陽光を受け、煌めく獅子の顔を模した仰々しい兜。その手には、槍。

 獅子の眼前に迫った隊員の一人が、槍の一凪ぎで胴を両断されていた。

 ──オーネス・グラリエスか!?


「待て! それは私の相手だ!」


 声を張り上げるも、届かない。

 馬から叩き落とされ、馬蹄に蹂躙される者。突き、凪ぎ払い、槍を一つしごくだけで次々と屠られていく。

 リベルカと獅子との距離が迫る。

 ──一人のクルセニス兵が獅子に突撃する。眼前の光景に、リベルカは息を呑んだ。そのクルセニス兵はなんと、突き出された槍を捌いてみせたのだ。

 しかし、そこまでだった。

 二度目は受け止めることさえ敵わず、馬上から叩き落とされた。

 脱げた兜が地を転がった。盛大に地を転がった兵士は、力を振り絞るようにして半身を起こす。くすんだ金髪のその頭上に、影が差す。敵を踏み潰さんと、馬蹄を振り上げさせる馬。人馬一体の一撃。

 リベルカは馬上から飛び上がっていた。

 宙を舞い、両者の間に割って入る。着地と同時に、馬の首を跳ねた。

 力なく倒れてくる馬。リベルカは咄嗟に、背後のクルセニス兵を抱えて後方へ飛び退いた。


「無粋な真似を」


 馬から降りた獅子は、低い声で唸った。

 槍を捨て、腰から抜いた剣を構えている。


「怪我はないか、シュエレン・ルトニカ」


 何度も頷くシュエレンに胸を撫で下ろし、彼を背後にかばうように、獅子と対峙する。

 剣を構えたリベルカに、獅子はさも意外だ、といわんばかりに口を開く。


「ほう。我輩を前にしてなお、退かぬか……面白い。我が名はオーネス・グラリエス。帝国聖騎士なり。聞こう、貴公の名を」


「名乗る必要はない。貴方にはとくに」


 そう口にしたリベルカが、兜を取った。

 獅子が息を呑む音が聞こえたような気がした。


「…………お前か。久しいな、リベルカ・リインフォード」


「お久しぶりです、グラリエス殿」


 かつての師に、リベルカは剣を向ける。


















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