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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇11

 


 呑気に口を動かしていたローランの頬に、クレハは左の拳を叩き込んだ。

 吹き飛ぶローラン。

 振り向けば、何故か顔を蒼くした女の姿が目に入った。

 知り合いなのだろうか。どちらにせよ、今はどうでもいい。


「立てよ、クソ野郎が」


 吐き捨てるクレハの眼前。舞い上がった砂塵の中から、ローランは立ち上がる。気色の悪い笑みを浮かべながら。


「酷いな、クレハ。僕がいったい何をした」


「黙れ。はなっからてめえは気に入らなかった。ここで殴り倒して、サリヴァンを元に戻してもらう」


 もちろん、その後は殺す。

 言外に告げた死刑宣告。しかし、ローランは笑みを崩さない。

 それどころか、クレハにはではなく、震える女に視線を向けていた。


「その反応……やっぱりそうか」


 瞬間、ローランの顔から一切の表情が消え失せる。

 ローランのその無表情には、何度か覚えがあった。

 ──まずい。


「逃げな! お嬢ちゃ──」


 叫ぶクレハの言葉は届かない。

 何故なら、すでに女の側にはローランがいた。いつのまにか取りだした短剣を女の胸に突き刺した状態で。


「くっ、てめえローラン! そいつは関係ねえだろうがっ!」


 怒号を上げるクレハ。

 しかし、ローランはそもそも聞いていないのか、一人でぶつぶつと何事かを呟いている。


「いけないなあ。君にその資格はないんだから」


 今ならまだ、救える。

 胸元から短剣を抜き、とどめを刺そうとするローランへと、クレハは疾駆する。

 間合いに入ると同時に、掌をローランの胸に添える。そして、ありったけの法気を集中させた。

 しかし、


「──な、に?」


 変化はない。

 きょとん、とした表情で首を傾げたローランと目が合う。

 それなら、と再びありったけの力を乗せて拳を見舞う。

 頬に直撃し、またも飛ばされるローラン。

 それを見やり、忌々しげにクレハは舌を打つ。


「クソッたれが。てめえ“厄種”だったのかい」


 何事もなかったように立ち上がるローラン。

 その顔には、やはりあの気色の悪い笑みが張りついている。


「その呼び名は好きじゃないなあ」


 困ったように笑うローラン。唐突にその眉が、ぴくり、と跳ねる。


「どうやら、彼がくるようだ。クレハちゃん、その子は君にあげるよ。ただし──」


 ローランの姿が消える。


「──これは僕のものだ」


 背後からの声にクレハが振り向くと、そこにはいつのまにか眠っていたシロを抱えるローランの姿。


「てめえ!」


 動きだそうとするクレハ。しかし、身体がいうことを聞かない。


「封術か……クソッたれ」


 眉根を寄せるクレハに、なおもローランは笑う。


「これも運命なんだろうねえ。君と彼がきちんと役割を果たせるよう、願っているよ」


 いいたいことはいった、とばかりにローランはシロを抱えたまま背を向ける。


「待ちやがれ変態野郎! 覚えておきな! 必ずだ。必ずけじめは取らせてやる!」







 エルミラ峡谷をさ迷っていたヒューリは、聞こえてきた声に顔を上げた。

 川辺でその冷たさに堪え忍びながら顔を洗っていたところ、少女のものと思われる叫び声が、ヒューリの鼓膜を打った。いや、正確には怒号だろうか。

 顔を拭い、声のした方向へ歩き出す。

 少し開けた場所にくると、視界に飛び込んできた光景に、思わず声を張り上げる。


「シシカっ!」


 弾かれたように駆け寄るヒューリ。

 改めて見れば、胸の辺りから大量の血を流し横たわっているシシカと、そのすぐ側には見覚えのある桜色の髪。

 その手が、シシカの傷口に差し入れられているのを見て、制止の声を上げそうになる。が、少女が法医だといっていたことを思い出し、別の言葉を口にした。


「…………状態は?」


「なんともいえないね。心臓がやられてる。相変わらず、憎たらしいくらい正確な一撃だよ」


 急所だ。いくら法医とはいえ、簡単にはいかない。それは、険しい表情を浮かべる少女の顔を見ても明らかだった。


「何か、私にできることは?」


「手でも握ってやりな。後は神にでも祈っとくことだ」


 にべもなく告げる少女。

 しかし、ヒューリにできることなど何もない。

 黙って、シシカの手をとる。


「ゆ、ユ……ウリ?」


「シシカ。僕だ。わかるかい?」


 口を動かすのも必死なのだろう。小さく頷くシシカ。


「しっかりするんだ。傷はひどくない」


 嘘だった。

 心臓に達するほどの傷だ。致命傷に違いない。それでも、ヒューリは嘘を吐き続ける。


「血も止まっている。後は気力だけだ。僕を連れて帰るんだろ?」


 小さく微笑むシシカ。

 その瞼が、落ちる。同時に、握っていた手から力が失われた。


「シシカ!? 起きるんだ!」


「やかましい!」


 慌てふためくヒューリに、少女の怒号が刺さる。


「山は越えた。後は安静にしとくことだ──ってアンタ」


 そこでやっと、少女はヒューリに気づいたようだった。


「ヒューリ・クロフです。貴女は?」


 ヒューリが名乗ると、クレハの表情が激しく歪む。やがて、苦笑まじりに己の名を口にする。


「クレハだ。それにしても、間の悪い話だねえ」


 どういうことか、と訊ねる前に、クレハはことのあらましを語ってくれた。


「──なるほど。シロはもうここにはいないのですね」


 語り終えたクレハは頷く。


「ああ。悪いね。このお嬢ちゃんを放っておくわけにもいかなかった」


「いえ、感謝しています」


 二人は現在、クルセニス王都へと歩を向けていた。

 シシカを背負うのは、体格的にヒューリが妥当であったために、彼が請け負った。

 命を繋いだとはいえ、未だシシカは重症である。しかるべき施設で安静にしておく必要があった。なにより、ヒューリには詳しい話を聞いておかなければならない。

 シロの行方と、ローランという少年の話を。

 クレハの話では、ローランとやらはヒューリのことを知っているような口振りだったという。

 無論、ヒューリに同じ厄種の知り合いなどいない。

 それに、シロを連れ去った理由も釈然としない。本来なら、忌避されてしかるべき存在なのだ。

 白死病というだけで、忌避される。

 にも関わらず、ローランはシロを必要としているという。


「あーそれと、私はこれでもお尋ねもんだ。その辺は上手くやってくれよ」


 歯を見せて笑うクレハに、ヒューリは苦笑を返す。


「クルセニス王は理解のあるお方です。心配には及びません」


 にこり、と微笑むヒューリに、クレハはあからさまに顔をしかめた。


「やめなよ、その愛想笑い。善人面した悪人みてえだ」


 心外である。

 確かに愛想笑いではあるが、ここまで酷評されたのは産まれて初めてのことだった。


「傷つきますね。私が悪人に見えますか?」


「嘘くせえってんだよ」


 毒づきながらも、クレハは笑う。


「アンタ、帝国は長かったのかい?」


 急に話題を変えるクレハに、訝りながらもヒューリは記憶を探る。


「ほんの数年です。それがなにか?」


 ヒューリに問いに、クレハはいや、と首を振った。

 眉間にしわを寄せ、うーん、と何かを考えるような顔つきになる。


「なら、知らないか。いやね、ここ最近の帝国はずいぶんと派手に動いてるだろう? どうにも、気になってね」


 なるほど、とヒューリは思った。

 近年、南部との開戦を皮切りに、北部国境への砦の建設。新兵器の開発や術の研究。果ては、東部への遠征。確かに、派手に動いてはいる。

 それもこれも、シャルマン・ロゼが筆頭法術師に任命されてからである。


「私も気にはなっていますがね。まあ、今更ですよ」


 そう、今更なのだ。

 なにしろ、もうヒューリは帝国の人間ではない。


「おいおい、今度の戦は今までのようにはいかないよ? いくら王都に引っ込んでたって騒がしくなる。あまり時間はないよ。とんずらするならね」


 おそらく、ヒューリの身を案じての発言だろう。しかし、それよりも引っかかることがあった。


「なんの話です?」


「ああ、そうか。まだ知らないんだね」


 だから何を、と訊ねようとしたヒューリは、クレハの次の言葉で絶句する。


「“獅子”が戻る。いや、違うね」


 獅子。

 オーネス・グラリエス。帝国の内部事情に詳しくないヒューリですら、その名に覚えがある。

 帝国最強の将。


「攻めてくる。東部で上手くいかなかった腹いせにね」












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