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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇8

 

「アンタ、名前は?」


 問いかけてみても返答はない。それ以前に、そっぽを向いたまま、目を合わせようとすらしない。


「いつまですねてんだよ。せっかくここから出してやろうと思ったのに」


「ホント!?」


 即座に顔を向けてくる少女。期待に満ちた目が輝きを放っている。わかりやすい。どうにも現金な少女であった。

 クレハが頷いてやると、少女はそれなら、と口を開く。


「名前は忘れた。今はシロって呼ばれてる」


「おいおい。忘れたってアンタ──」


 そんなわけないだろう。そういいかけ、しかし止めた。白死病といえば、アスヴィオルの悲劇として有名だ。帝国でも有数の大都市が滅んだことも。生存者がただの一人もいないことも。

 つまり、少女を知る人間はもうこの世にいない。


「まあいいや。それにしてもシロ、か……まんまだね」


「うん。アタシもそう思う」


「よく生きてたもんだ。白死病は不治の病だってのに」


 クレハの台詞に、シロと名乗った少女は真剣な面もちで首を左右に振った。


「違う。病気なんかじゃない」


 確かに、病の症状ではない。それは法医であるクレハから見ても明らかだった。

 考えるクレハをよそにシロは続ける。


「軍の人が街にきた。たくさんきた」


 シロの目から光が失せる。虚ろな瞳はどこか遠くへと向けられ、表情もなく淡々と語っていく。


「みんな剣をもってた。動けば殺すって。大人はみんな怒ってた」


 シロが語るにつれ、クレハの表情も徐々に真剣なものへと変わっていく。シロの話す内容は、帝国の闇そのものであった。


「その日から、街を出れなくなった。いつも見張られていて。それでしばらくたって──おかしくなった」


「おかしくなった?」


 眉を寄せるクレハに、シロは小さく頷く。


「みんな白くなっていった。髪も目も。ぜんぶ真っ白に。それからみんな死んでいった」


 淡々としたシロの口調。無表情で話してはいるものの、シロのその態度に、クレハは妙に胸がざわついた。

 まだ幼い。それも自分よりも。幼い少女が語ることにしては、あまりに酷い話だった。何でもないことのように話すシロの姿が、だからこそクレハには余計に痛々しく見えた。


「軍人たちは誰も助けようとはしなかった。アタシが助けてっていっても、ただ見てるだけだった」


 クレハの表情が歪む。脳裏にその光景を思い浮かべてしまった。だからこそ判る。その光景がいかに異様か。


「シロ、アンタその時なにかされなかったかい? 何でもいい。例えば身体に触れられたとか」


 問われ、首を左右に振ってみせる。


「起きたら真っ暗な牢屋にいた。だから、なにも知らない」


 真っ暗な牢屋。そう聞いて思い浮かぶのは、奈落の牢獄。極悪人たちの終末の地。千年塔。

 クレハも人づてに聞いた話を知っている程度だが、それでもこの世の地獄であることは容易に想像がつく。狂人と化す者も少なくないという話だ。到底、目の前の少女に耐え得るものではない。


「…………何が目的なんだろうね」


 思考が口をついて出る。

 アスヴィオルの悲劇が意図的なものだったとしたなら、その目的はどこにあるのか。生き残ったシロこそが、おそらくは奴らの目的そのものなのだろう。そうでなければ、わざわざ生かしておく必要もない。

 監獄にいたという割りに拷問の跡が見受けられないことも、クレハの判断材料の一つであった。


「ここから出たとしてさ、アンタはどこへ行きたい?」


 純粋な疑問だった。シロに帰る場所はないだろう。もはや、彼女の帰りを待つ人間がいない。

 しかし、クレハの予想とは違い、シロははっきりと答えた。


「ヒューリのとこ」


「ヒューリ? 誰だいそりゃ」


 クレハが訊ねると、シロは嬉しそうに頬を緩める。

 なるほど、とその表情を見てクレハは思う。きっと、大切な人がいるのだろう。


「アタシに優しくしてくれた人。あそこから出してくれて、いつもおいしい物をくれるんだよ」


 いいでしょう、と微笑むシロ。その姿がどういうわけか、クレハには輝いて見えた。とても大切な、それでいて亡くしてはならないもの。

 自分には、もうないもの。


「よし! それじゃそろそろ行くか」


 とびっきりの笑顔で、クレハはシロに右手を差し出した。


「ここは迷いやすい。しっかりついてきな」


 ──お前の笑顔は、私が守ってやる。


「ヒューリだっけか? 会えるといいね」


 軟禁に使っていた一室を出る間際、告げたクレハの言葉にシロは大きく頷いた。

 背中に岩が滑る音を聞きながら、クレハは進む。

 アジトの構造は複雑だ。素人が目的地にたどり着くことは不可能だろう。知らぬ者からすれば、一種の迷宮である。

 おまけに、侵入者撃退用のトラップも多数仕掛けられている。こうして手を引いてやらねば、どこで致命傷を負うか判らない。


「はいそこでストップ。次はこっち」


 シロの手を引きながら、松明の灯りを便りに進んでいく。といっても、シロのための灯りであってクレハには本来必要ない。目を閉じていても自由自在に動き回れる程度には、アジトの構造を理解している。


「よし、ここでいったん休憩にしようか」


「やだよ。さっさといこうよ」


 クレハの提案に、シロは即答する。

 が、残念ながら休憩する他ない。

 向こうから誰かがやってきた。


「……姉御」


 声をかけてきたのは、クレハのよく知る男。

 男はクレハの背中へと視線を移し、表情をわずかに歪め、再び視線を向けてきた。


「なにやってんです?」


 咎めるような声で男はいう。


「そいつ、ローランのでやしょう? 勝手に連れ出すのはいかがなもんかと思いますぜ」


「おいおいジャック。いつからローランの肩を持つようになったのさ」


 ジャックは答える代わりに肩をすくめてみせる。

 そして表情を消すと、腰から短剣を抜いた。

 クレハの眉が跳ねる。


「抜いたね…………本気かい?」


「姉御こそ、本気なんですかい? 俺ぁ通しませんよ」


 短剣を構えるジャックに、クレハは背中のシロに、


「下がってな。それからじっとしとくこと」


 シロの答えも聞かずに、クレハは両の拳を握った。


「……ジャック。サリヴァンはもうダメだ。悪いことはいわない。ここを出ていきな」


「話が見えねえな。頭の何がいけねえんです?」


「アンタにも判るはずさ。あいつは私に、この子を始末しろっていったんだ」


 思い出しただけで吐き気がするクレハ。

 声だけでジャックもクレハの怒りに気づいたのだろう。わずかに目を見開き、静かに短剣を下ろした。


「だからってよお──こりゃあねえぜ姉御。アンタだから、ついてきたんだ。アンタだったから、命を預けてもかまわねえって思えたんだよ俺ぁ」


 寂しげに肩を落とすジャック。殺気を消してうつ向く男。線の細いジャックがいつにも増して小さく見えた。


「ジャック…………」


 呟くクレハの眼前で、顔を上げた男は再び短剣を構える。


「頭のこたぁ心配いらねえよ。俺が調べときやしょう。ただし、けじめはつけてってくだせえ」


「アンタも馬鹿だねえ。威勢だけは一丁前じゃないさ」


 負ける気まんまんの男に、思わず笑ってしまう。

 そうだ。ずっと二人でやってきたんだ。クレハの人となりも、その実力も、眼前の男はよく知っている。誰よりもクレハを理解しているはずだ。

 だからこそ──


「悪いね、ジャック」


「がっ! ち、ちくしょうが」


 クレハの拳が、ジャックの腹部にめり込んでいた。さらに力を加えると、周囲の骨をきしませ、呻くジャックの声がより苦しげなものへと変わっていく。


「馬鹿だねえ、ホントに。でもまあ、楽しかったよ。それから──」


 ──ありがとう。

 クレハのその声が届いたのかどうか。それは彼女にも判らない。

 すでにジャックは気を失い、地に伏していたから。


「もう……いいの?」


 遠慮がちにかけられた背後からの声。

 クレハが振り向むくと、シロは複雑そうな顔を向けていた。


「ああ。これでいい。さあ、それじゃあ行こうかね」


 少女の手を引き、クレハは再び走り出す。












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