双頭の蛇7
岩が音をたてて、地を滑っていく。どういう仕掛けなのかは不明だが、なんでもこのアジトのためだけに高名な術師に大金を用意し、半永久的に閉会するこの岩を作らせたのだとか。
くだらない、とクレハは思う。頭はどうにも、この手の派手な仕掛けが好きだった。どう考えても金の無駄使いだ。懐の心細いジャック辺りが聞けば、きっと泣き出すことだろう。
岩が完全に動きを止めると、松明の灯りに照らされたそこには、白髪の少女がいた。数日前、頭から押しつけられた厄介者である。まだ眠っているのか、抱えた膝に顔を隠し、規則的に肩を上下させている。
「おーい。起きろクソガキ」
声をかけるも、起きる気配はない。
眠る少女の前にパンを置くと、クレハは背を向ける。と、途端に背中に突き刺さる殺気。
──ったく、まるで獣だね。
内心で溜め息を吐きつつ、振り返りもせずに身を屈める。少女が背中に触れた瞬間、肩口から伸びてきた細い腕を掴み、そのまま背負い投げにもっていく。
「ふぎゃっ」
地面に背中から叩きつけられ、奇妙な声で呻く少女。
「ったくアンタも懲りないねえ。無駄だってば」
呆れたようにクレハはいった。
ここ数日、ほぼ毎日のように襲いかかってくる少女。さすがに学習したのか、当初のように正面からくることはなくなったが、代わりに隙をついて襲いかかってくるようになった。とはいっても、溢れる殺気を隠そうともしないので、実に呆気なく返り討ちにしているのだが。
「うっさいババア」
「ほっほーう」
少女の両頬を指先でつまみ、捻り上げる。
「クソ生意気なことをいうのはこの口か? あ?」
上に下にと引っぱり回され、涙目で睨んでくる少女。頬を離してやると、真っ赤になった両頬に手をやりながら、
「……クソババアが」
小声で呟く。が、もちろん聞こえている。
「いい度胸だクソガキ。今日はとことん泣かせてやるよ」
そこから二人の勝負はゆうに一時間に渡って繰り広げられる。無論、一方的にクレハが殴り続けることになった。その結果──
「おいおい。なにすねてんのさ」
「…………」
少女はそっぽを向き、閉口してしまっていた。何度話しかけても反応はない。一切口を聞かないつもりらしい。
「はあ、まあいいや。そのまま大人しくしてて」
余計な手間がはぶけるのはありがたい。両手で少女の身体をまさぐり、いつものように身体の調子を確認する。異常はない。もともとが異常なのだが、それ以上に変わったところはない。
確認を終えると、次は上からの指示通りに自分の法気を少女の身体に流し込んでいく。本来なら、法気の性質は十人十色。異なる法気とまざり合うことはなく、ぶつかれば反発する。それを利用した戦闘技術こそ、クレハの得意とする『法力』である。
しかし、クレハは法気の扱いにかけては天才だった。少女の身に流れる法気を正確に把握し、それと同質となるよう自身の法気を調整し、少女の法気と同調させていく。
「はいおしまいっと。それじゃ、また明日」
少女は無言のまま、未だそっぽを向いている。当初こそ触れられることを拒んでいたが、今ではそれもない。学習能力はあるようだった。
少女の部屋を出ると、いつものように頭に報告にいく。
到着すると、相変わらず我らが首領は読書にふけっていた。最近の愛読書は東部海域の海賊の冒険譚だ。いつまでたってもガキ臭さが抜けない大将に、クレハはうんざりする。
「ああ、クレハ。いたのか。それで? どこまで進んでいる」
「完全に同調してるよ。今のところ安定もしてる。これといった変化はないね」
クレハの説明を聞き終わると、そうか、と一言だけ返し、再び読書に戻る。
踵を返すクレハ。その背に、頭の声がかかる。
「もういい。始末しろ」
何でもないことのように告げられたその言葉に、クレハは弾かれたように振り返った。
「…………は?」
「聞こえなかったか。アレはもういい。始末しろ」
「馬鹿いってんじゃないよ。あんなガキを殺せって? 気は確か?」
クレハの声が怒りに震える。暗殺は何度も経験しているが、女子供の依頼は受けない。それが蛇の掟でもあった。それを──
「ローランの話では、なにかしらの変化があるはずだったんだがな……なければ始末するよう頼まれている」
「……ふざけんじゃないよ。口を開きゃあローランローランってよ。ホモ野郎が」
「何を怒っている。たかが娘一人に」
瞬間。
クレハの中で何かが爆発した。
「いい加減にしろよ、サリヴァン。アンタが決めた掟だろうが。たかが娘一人にだって? そうだね。たかが娘一人に、なにわけのわかんねえこといってんのさ」
凄みの増したクレハの声音に、頭は何かをいいかけ止める。そしてしばしの逡巡の後、
「いや、良いことを思いついた。今すぐ、あの娘に同調させた法気を解放しろ」
「なに? 」
今度こそ、クレハは自身の耳を疑った。一度同調させた法気を元に戻せば、体内で急激に反発し、法気は一気に外へと溢れだす。そうなれば、同調させていた肉体はどれだけ頑丈だろうと反発に耐えきれない。跡形も残らず爆散するだけだ。内側から肉体を破壊する『法力』の禁忌でもある。
「これで変化があれば儲けものだ。ローランの喜ぶ顔が目に浮かぶな。変化がなくとも、死ぬだけだ。実に効率的だろう」
名案だとばかりに微笑む頭。
それは、クレハの知るサリヴァンとはかけ離れていた。
「誰だよお前。サリヴァンじゃないね」
周囲に殺気を撒き散らせながら、拳を構えるクレハ。対するサリヴァンは、不思議そうな顔で首を傾げた直後、口角を吊り上げる。
「なにを馬鹿な。お前こそいったいどうした? 変だぞ」
「無自覚か。むなくそ悪い」
いつからだ。いつから、サリヴァンはこうも狂っていたのだろう。まるで自分の知らない人間を前にしているかのような錯覚に襲われる。
「サリヴァン……いや、ヴァン兄。ローランのクソ野郎と何があった。お前をそんな風にしたのはあいつか」
「クレハ、いったい何をいっている? 俺は何も変わっちゃいない」
「そうかい」
クレハは肩の力を抜いた。握った拳を下ろし、背を向ける。
「頼んだぞ、クレハ。全ては理想のためだ」
「いってろ。私は私の好きにするさ」
もはや、言葉は不要。ここ最近、サリヴァンはどうにもおかしい。それもローランが現れてからだ。あの変態のいうこと以外、耳に入っていない。
クレハは少女の元へ向かう。
サリヴァンの指示に従うつもりはない。何もかもローランの思い通りというのが、クレハには気に入らなかった。
「全てが掌の上じゃねえんだよ、クソ野郎」
ここにはいないローランに吐き捨て、クレハは選択する。己の矜持を守るために。サリヴァンの誇りを守るために。




