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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇6

 


 夢を見ていた。もう顔も思い出せない両親と、故郷の夢。

 懐かしい草原の匂いと、口うるさい母の怒鳴り声。近所のパン屋のおばさんの笑顔。昼間から酒を煽るやる気のない詰所の兵士からチビとからかわれ、それをいさめる兵士の奥さん。故郷を駆け回る今よりもずっと小さな自身の身体。そして、やんちゃな自分を止めにくる、困り顔の父親。

 もう二度と目にすることのないありふれた日常。


「…………またか」


 ゆっくりと目を開け、頬を伝う雫に気づくと、それを拭って辺りを見渡した。

 知らない場所である。というより、闇が濃いせいでどこにいるのか判断がつかない。記憶を探ってみても、南部の兵士に拘束されてからの記憶がなかった。そこで、シロは思考を放棄する。判らないものは判らない。つまり、どうでもいい。

 それよりも、とシロは思う。

 また夢を見た。ここ最近は見なくなっていた、ありし日の故郷の夢。


「…………やっぱり、思い出せないか」


 いつものことだ。風景も匂いも鮮明に思い出されるのに、両親の顔だけはいっこうに脳裏に浮かんでこない。そして、空しくなる。

 ぼんやりとこれまでのことを思い返す。思えば、ずいぶんと遠くにきたものだ。あそこで老いて死んでいくはずが救い出され、今は南部である。いや、ここがどこなのか知れない今、もしかすると南部を出ているのかも知れない。


「あ、起きたか」


 声と共に唐突に飛び込んできた強烈な灯りに、シロは思わず目を逸らした。目が光に慣れていないせいか、一瞬だけ見えた光が瞼の裏を焼く。


「食いな。ほれ」


 うっすらと目を開けると、松明を片手に小柄な少女がパンを差し出してくる。

 桜色の髪。見覚えのある少女だった。誰かと疑問に思うよりも早く、シロは気づく。アバンを救おうとしてくれた、いつぞやのお医者さんである。


「あ、お医者さん」


「法医ね。ほら、さっさと食いな」


 手渡されたパンをじっと見つめるシロ。硬い。それでいて乾き切っている。試しにかじってみる。が、途端に表情を歪めて吐き出した。


「な、なにこれ」


「なにってパンだよ」


「か、硬い」


 苦々しく告げるシロ。と、少女は何を思ったのか、シロからパンを取り上げると、再びそれをシロの口へとねじ込んだ。それこそ、殴りつけるような勢いで。


「ふぐっ」


「贅沢いってんじゃないよ。貴重な食糧だ。黙って食いな」


 ぎろり、と蒼い目で睨まれ、しぶしぶ口の中のそれを咀嚼する。

 やはり、硬い。ヒューリと行動していた時とは大違いである。監獄での食事よりはマシだが、それでもヒューリとの生活に舌が慣れてしまっているせいか、とてもパンとは思えない。

 再び吐き出そうとするシロの顎を、少女が掴む。


「飲め。出すな」


 これまたしぶしぶ、シロは口の中のパンを飲み込んだ。味はない。栄養があるのか疑わしいほどの無味である。


「さて、それじゃあ失礼して」


 いいながら、唐突にシロの身体をまさぐり始める少女。

 抗議の声を上げようにも、パンが喉に詰まって声が出ない。


「──って何をやってんだい。ほれ」


 差し出された水を飲み干し、


「い、いきなり何だよ! 触らないで!」


「何って仕事だよ。ただでさえ意味不明な身体なんだ。ある程度は調べとかないとね」


 落ち着き払った声で告げる少女。当たり前だろ、といわんばかりの表情である。


「意味不明な身体?」


 首を傾げたシロに、少女は頷いてみせる。


「ああ。意味不明だね。白死病だか何だか知らないけど、病ってより異常体質って方がしっくりくる」


 そして、再びシロの身体をさわり出す少女。


「うーん。筋繊維の発達も異常だね。法気の流れは……正常っと。ったくどうなってんだか」


「そんなに変?」


「とびっきりね。流れは正常だけど、普通の法気じゃない。なんかこう複雑な感じになってる。ま、説明したところで判んないだろうけどね」


 自分は、そこまでおかしいのだろうか。

 確かに、自分を見る他人の反応を目の当たりにすれば、自分が疎ましがられていることは容易に想像がつく。が、病気だと思われているところがシロには理解できない。


「どうでもいい。それよりもう飽きた」


 ここにいてもヒューリには会えないし、そもそも暗い場所は好きじゃない。


「どこにあるの出口」


「ないよ、そんなもん」


 返ってきたのは、冷たい声。


「まだ寝ぼけてんのかい。アンタはここから出られない……ずっとね」


 つまり、囚われの身ということか。それを聞いて、シロは自然と口許が緩むのを感じる。枷もなく、自分とそう歳の変わらない子供が自分を止め得るはずがない。


「じゃあ、殴り倒して出ていく」


 いって少女との距離を計る。

 幸いなことに、松明のおかげでずいぶんとよく見える。これなら、一瞬でカタがつく。

 思考に半秒。シロは飛びかかった。

 一発殴ればそれで決まりだ。アバンのこともある。手加減は忘れずに、右腕を振り抜いた。

 が、しかし──


「あ、え?」


 間抜けな声をもらし、視線はあらぬ方向に向いていた。そして徐々に、打ちつけた背中が痛みを訴えてくる。投げられた──その事実に気づいた時には、腹の上に少女が馬乗りになっていた。


「力任せはよくないねえ、クソガキ」


 背筋の凍るような眼で、少女が見下ろしてくる。


「闇雲に突っ込んできてこの私がどうにかなるとでも? 眠てえな、おい。世間知らずのクソガキ様」


「ど、どうして」


 負けた。それも子供に。信じられない。シロの動揺は、そのまま口を突いて出てきていた。

 動揺を隠せないシロを、少女は鼻で笑う。


「何だよ。今まで力で解決してきたのかい? どこまで馬鹿なんだか」


 呆れたような少女の声に、シロは弾かれたように飛び起きる。起きるついでとばかりに、右足で少女を蹴り上げようと試みる。が、呆気なくかわされた。


「はあ……ったくこのじゃじゃ馬が」


「馬鹿じゃない! 訂正しろ!」


「余計に馬鹿っぽく見えるよ。そうやってムキになるところとかね」


 にやり、と笑う少女に再びシロが殴りかかる。

 顔面を狙った本気の一撃。しかし、少女は表情すらかえずにこれをかわす。そして、そっと腹の辺りに手が差し入れられる。

 次の瞬間。

 腹部で何かが弾けた。続いてやってくる衝撃。それと同時に、シロは後方へと弾き飛ばされる。


「あがっ」


 背中を打ちつけ苦悶の声を上げると、ずるずるとその場に崩れ落ちる。


「どうした? もう終わりかクソガキ」


 挑発的な笑みを浮かべる少女。

 シロは、未だ衝撃の残る腹をさすりながら立ち上がる。

 一撃だ。一撃さえ入れば、それで決まる。

 意を決して飛び込むシロ。そしてその直後、呆気なく地を転がされる。まるで歯が立たない。一撃どころか、かすりもしない。


「無様だねえ。ま、食後の運動にゃ丁度いいだろうさ。これに懲りたら、私のいうことは聞くように」


 それじゃあ、といって背を向ける少女。何か大きなものが動くような音をたてたかと思えば、再び暗闇がシロを包み込んだ。

 未だ地に伏したまま、シロは決意する。必ずあいつを殴り倒す、と。











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