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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇5

 


「姉御ぉ。ちっとは休みましょうぜ。俺ぁひ弱なんだっていつもいってんでしょう」


 隣をとぼとぼと歩く細身の男が愚痴を吐くのを見て、桜色の髪をした少女はその頭を引っ叩いた。


「バカいってんじゃないよ。誰のせいだと思ってんのさ。解呪に治療にもうほとんど法気も残っちゃいない。私の方が疲れてるんだ。男のくせにだらしねえ。少しは根性見せな」


 怒気を孕んだ少女の声に、男はしゅんと背中を丸くする。

 場所は南部クルセニス王国領。宵闇にも関わらず、少女と男は街道を大きく外れて獣道を進んでいた。


「ったく。何が楽な仕事だよ。ローランのクソ野郎が」


 吐き捨てる少女の隣で、男はさらに小さくなっていく。

 男は少女に何かをいおうと口を動かすが、結局言葉は出てこないようだった。


「アジトに戻って頭に文句いってやる。アンタも手伝いなよ」


 キッと睨みつけられ、何度も首を縦に振る男。

 怯える男を尻目に、少女の頭の中はあの呪術師のことでいっぱいだった。

 こと法気に関していえば少女は天才である。それは本人も自覚している。故に、余所で手遅れと診断された人間を何度も救ってきた。

 だからこそ、判る。

 あの呪術師は異常だ。手の施しようがないほどに、その身体は呪詛にまみれている。それを呪術師である本人が気づいていないはずがない。

 それに、その少し前にはこれまたおかしな法気に犯された少女。白髪白瞳であるところを見るに、おそらくアスヴィオルの生き残りなのだろう。信じられないことだが。


「白死病に厄種、ね。なんだかおかしなことになってるじゃないか」


 そろそろ、この国を離れた方がいいのかも知れない。

 直談判も含め、少女は(かしら)に移動を提案するつもりでいた。


「ヤクシュ? 姉御、それってあのガキのことですかい?」


 首を傾げる男に、少女は説明してやる。


「……ジャック。アンタ本当に何も知らないんだね。厄種ってのは簡単にいや法気を持たない人間のことさ」


「え、マジかよ。それやばいんじゃ」


「やばいね。超やばだよ。生きてるのがおかしいくらいだ。だからこそ、災厄を招く種ってね。“流民”以上に生きる場所に困っている連中さ」


 少女が説明してやると、途端に男は不愉快そうに顔を歪める。


「ケッ。くだらねえ。見下す人間がほしいだけでやしょう」


「そうだね。それも間違いない。ほんとくだらねえ話さ」


 何故か辛そうに顔を伏せる少女。

 不審に思った男が少女に声をかけようとして──そこに、一羽の鴉が男の肩に羽を下ろした。

 見ると、くちばしにしわだらけの紙を加えている。

 途端に、少女の表情が真剣味を帯びる。


「なに? 仕事?」


 紙を広げて読んでいた男が目を見開く。そして、徐々にその表情が青くなっていく。


「ちょっとジャック! なんだってのさ!」


「や、それが…………姉御、こりゃあまずいですぜ」


 はっきりしない男の態度に業を煮やしたのか、少女は男の手から紙を引ったくり、視線を落とす。見れば、東部海域の仲間からだ。相当に慌てたのだろう。目を凝らさなければ読み取れないほどの走り書き。

 飛び込んできた最初の文面に、少女は表情を消した。


 ──獅子敗れる。


「狼が獅子を喰らうとはね。こりゃ驚きだ」


「姉御、あんまり驚いてるようには見えませんぜ」


「そりゃあね。海賊王不在のタイミングを狙っての遠征なんだろうけど、あそこは化物揃いだ。おまけに海戦とくりゃあいくら獅子でもね」


 東部海域は魔窟である。地上でも苦戦を強いられるはずの彼らに海戦を挑んだ時点で勝敗は決していた。


「“海狼”に手酷くやられたって書いてますけど、そんなに強いんですかい」


「そりゃあね。なんてったって海賊王の父親だ。化物の親もまた化物さ」


 肩をすくめる少女の視線は、再び紙へと注がれる。

 そう、問題は次の文なのだ。何度読んでみても、やはりそこに書かれている内容に変化はない。


「進路は南。半数まで減った軍勢を率いて、か」


 冗談じゃない、と少女は舌を打つ。

 撤退して素直に逃げ帰るなら進路は西のはずだ。それが南。つまりは、ここクルセニスである。


「いくら敗戦とはいえ、動きが早いね。報告よりも優先される事件が起きたと見るべきか」


 思考が追いついていないのか、男は一人つぶやく少女を呆けたように見つめている。ただ、まずい状況であることはさすがに理解しているのか、黙って少女の言葉を待っていた。


「帝国の勅命の線が濃厚か」


 だとするならば、東部との同盟よりも優先すべき何かがこの国にあることになる。


「まずいね。本当にさっさととんずらこいた方がよさそうだよ」


「やっぱそうでやしょう? ちくしょう。なんでこんな目に」


 げんなりと肩を落とし、うつむく男。


「はあ、西部が懐かしいね」


 呟く少女の台詞に、男が弾かれたように顔を上げた。

 目を見開き、悲鳴のような声を上げる。


「って姉御! 西部出身なんですかい!?」


「ん? いってなかった?」


「聞いてませんぜそんな話。あんなところ、住めるわけがねえ」


 何かを思い出したのか、顔を青くして震える男。

 その反応に、少女の表情は歪む。


「なんでさ。いいところだよ。空気も綺麗だ」


「いやいや、西部の仲間の話じゃあっちにゃおっかねえ魔女がいて、気に入らねえ人間は食っちまうって」


 怯える男の話を少女は鼻で笑う。


「バカだねえ。そんな奴がいるわけないだろう。魔女はいても、人を食ったりしない。それに、こっちから手を出さなきゃ基本的には無害さ」


「姉御、ずいぶん詳しいじゃねえですか」


「ま、私の師匠だしね」


 驚く男に、少女は人差し指を立てる。


「いいかいジャック。この世にゃ絶対に逆らっちゃいけない人間が三人いる。一人がアンタのいう西部の“金眼の魔女”。一人が東部の“海賊王”だ」


 そして、もう一人。


「まあ、こいつは噂なんだけどね。最後の一人は“銀騎士”」


「姉御、俺が何にも知らないからってバカにしてやせんか? さすがに銀騎士くらい知ってまさあ」


 心外だ、といんばかりの男に少女は苦笑を向ける。


「悪い悪い。ま、この三人には近寄らないことだね」


 そうこうしてる内に、二人はアジトの入口にたどり着いていた。

 男が入口付近の仲間に合図を送ると、巨大な岩がどかされ、そこに洞窟の入口が顔を出す。


「さて、そりじゃあ取りあえず一発ぶん殴るとするか」


 物騒なことを口走る少女に、岩をどかせた仲間の顔がひきつる。男は慌てた様子で止めに入った。


「ちょ、姉御! いくらなんでも発言にゃ気をくばってくだせえよ」


「やなこった。ローラン贔屓もたいがいにしてもらわなきゃね」


 いいながら、男の制止を振り切り、ずんずんと奥に進んでいく。真夜中の洞窟内は暗く、岩肌に打ち込まれた松明がなければ、一寸先も見えないほどである。おまけに侵入者防止のため、無駄にいりくんでいるのだ。ちょっとした迷宮である。面倒なことが嫌いな少女にとって、さっさと出ていきたい理由の一つでもある。

 最奥までくると、一際大きな岩が二人を出迎えた。


「クレハだよ。入れてくれ」


 少女が名を告げると、入口と同じように岩が動き出す。

 そこには、蝋燭の灯りを頼りに、読書にふける男がいた。


「遅かったな、クレハ。ジャックもご苦労」


 ページをめくる手を止め、男は顔を上げて二人を迎える。

 若い。まだ青年の部類に入るであろうその男こそ、二人の頭──つまりは組織のボスである。

 眼鏡をかけ、知的な眼差しを向ける男は、盗賊の頭というよりも学者といわれた方がしっくりくる出で立ちだ。


「成果は?」


「成果は、じゃないよ。ローランのクソ野郎はどこ? 危うく死ぬところだった」


 少女──クレハが開口一番に文句をいうと、ジャックがまあまあ、と隣からなだめにかかる。

 そんな様子を受け、男はくすくすと笑っていた。


「ちょっとちょっと。笑い事じゃないっての」


「ああ、すまんすまん。ずいぶんと嫌われたものだと思ってな」


「当たり前でしょうが。今回だけじゃない。もううんざりなんだよ。あいつはどこにいる?」


「仕事に出ている。じき戻るさ。それよりも」


 いいながら、男の視線が動く。

 その視線を追うクレハ。ある一点に目を止めると、その両目が見開かれる。


「…………は? どういうこと?」


「ローランからの土産だ。なんでも珍しい体質らしくてな。クレハに預けるとのことだ」


 今度こそ、クレハはローランを殴り倒すことに決めた。預けるというよりも、ただ厄介事を押しつけられただけだ。

 クレハの視線の先には、少女がいた。見覚えのある白髪。


「冗談じゃないっての」


 呟くクレハには、嫌な予感しかしなかった。



















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