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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇4

 


 仰向けに倒れるヒューリの喉元に、刀の切っ先が向けられていた。刀を握るのは、黒髪の少女。勝ち誇ったように口角を吊り上げ、ヒューりを見下ろしている。


「私の勝ち。どう? 帰る気になった?」


「いやー……本当に強くなりましたね」


 自分の側を離れようとせず、いつも泣いてばかりいた少女を思い浮かべ、ヒューリは思わず小さく笑う。


「なにがおかしい」


 馬鹿にされたとでも思ったのか。少女は眉間にしわを寄せ、不愉快そうに刀をしまった。


「いやいや、少し懐かしくて」


 いいながら立ち上がったヒューリに、少女は再び同じ台詞を口にした。


「王様の許可はとってある。だから」


「行きませんよ、私は。エルミラ峡谷でお仕事があるので」


「…………どうして」


 小さく呟かれた震える声。

 それにヒューリが反応するより早く、少女は両腕を広げた。大きな瞳に涙をたたえながら。


「どうして一緒にこいって言わないの? みてよほら! 身体だって大きくなった! あなたを倒せるくらい強くもなった! ユウリのいってた資格、私はもう持ってるのに! 何がいけないの!?」


 ヒューリは答えない。

 ただ、思い出していた。邪魔だといってもつきまとってくる小さな女の子。何かと理由をつけては、いつもヒューリの側にいた。

 そして、レイサーに困らせるなといって叱られ、泣き出すのだ。


「答えてよ! 私の何がいけないの!?」


 思えば、こうやって感情を剥き出しにしてくることもなかった。だから、旅に出ることを告げた時は驚いたものだ。まさか、泣きながら殴りかかってくるとは思いもよらなかった。

 そして今、あの日に告げた資格を彼女は持っている。あの泣いてばかりいた女の子が。きっと、努力したのだろう。だからこそ、ヒューリも逃げない。


「…………シシカ。僕はもう長くない。側にいても意味はない。僕には何一つ返せないんだ」


 無意識の内に、過去の口調へと戻っていた。それはヒューリ・クロフではなく、ユウリ・レキとしての言葉。

 真摯に向き合うことを決めたからこそ、ヒューリはシシカを側には置けない。

 しかし、シシカは納得しなかった。


「関係ないよ、そんなこと。私は何も求めていない。ただ、側にいたいだけ。それに、身体だってまだ何とかなるかもしれない」


「それはない。君の眼なら視えるだろう? この身体はもう限界だ」


 全てはあの日に終わっている。彼女のために人生を捧げると決めた研究。しかし、その研究の成果が今のヒューリである。捧げるはずだった人生を丸ごと奪っていった。


「帰ってレイサーに伝えてほしい。世話になったと。彼女を救えなくてすまないと」


 まだ何かいいたげなシシカに背を向け、ヒューリは歩き出す。

 目指すはエルミラ峡谷。天然要塞と化した、蛇の根城である。











 王都を出て三日目の朝。

 ヒューリの足は西に向かっていた。もうじき、中継地点となる街に到着する予定である。ここまでは比較的、楽な道のりだった。街道をそのまま西へ行くだけだ。地理に疎いとはいえ、迷うこともない。問題はその先。

 エルミラ峡谷の景観は壮大に尽きるという。しかし、わざわざ足を運ぶ者などいないらしく、街道もそこまでは延びていない。街からは街道を外れ、地図を頼りに進むしかない。頭の痛い話である。

 それに、問題はそれだけではない。


「…………」


 ヒューリは無言で立ち止まる。

 それと同時に、背後の足音も止まる。

 隠れてはいるのだろうが筒抜けな気配に、ヒューリはため息まじりに天を仰ぐ。

 そう、一番の問題がこれである。王都を出てからというもの、その背に付き従うようについてくる気配。誰なのかはいうまでもない。

 無言で振り向けば、木陰から顔の半分を覗かせ、その漆黒の瞳がヒューリをじっと見つめている。

 シシカだった。


「…………シシカ、いったい君は何をしているのかな」


 呆れたように問う。が、返答はない。代わりに、さっと身を隠すシシカ。

 話し合う気すらないらしい。それどころか、バレてもともとだと思っているのだろう。潔い話である。

 もっとも、ヒューリにしてみれば迷惑行為以外の何物でもなかったが。









 街に到着すると、まずは宿を探すヒューリ。

 すでに陽は落ちている。ただでさえ危険な道のりなのだ。夜に出歩くなど論外である。


「二人か。部屋は二階の奥だ」


 そういってさっさと仕事に戻る宿屋の主人。無愛想なのが少し気になったヒューリだったが、それ以上に気になることが一つ。

 ゆっくりと隣に視線を向ける。

 そこには、


「ん? なによユウリ。さっさと休みましょうよ」


 シシカである。


「いや、ちょっと待って。なにを当たり前のように。シシカ、君はいったい何がしたいの? いい加減、僕を困らせないでくれないかな」


「ふふ。実はうれしいくせに。自分でいうのも何だけど、けっこう成長したと思わない?」


 呆れるヒューリに、シシカは自信満々の表情で胸を張る。確かに、成長はしている。あれから七年はたっているだろう。当時の年齢を考えれば、シシカは十九にはなっている。凹凸のはっきりした、実に魅力的な成長を遂げていた。


「そうだね。頭の方は全く成長していないみたいだけど」


「なっ!? ちょっとユウリ! 表に出なさいよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るシシカ。何事かと仕事をほっぽりだして戻ってくる店主。不愉快そうな表情で、


「なんだってんだよ。静かにしてくれや。放り出すぞガキども」


 凄みのある声で怒りをあらわにする店主に、ヒューリは無言で頭を下げたのだった。無論、隣の少女にも、その頭を引っ掴んで無理矢理下げさせた。


「汚いとこね。休まる気がしない」


 部屋に入るなり、開口一番にそう吐き捨てるシシカ。

 周囲に視線を巡らせ、これも汚いあれも汚い、と口を開けば文句が飛び出してくる。

 そうして結局、最後には、


「まあいいか。ユウリがいるし」


 といって笑みを浮かべるのだった。


「いやいや。気に入らないなら王都に帰ってくれて構わないからね? 今すぐに。むしろそれがいいと思うよ僕は」


 疲れたように寝具に腰掛け、そのまま仰向けになるヒューリ。

 どうしてこうなったのか。ぼんやりと天上の染みを見つめながら、今日までのことを思い返す。

 とそこに、シシカの顔がひょいと飛び出してくる。


「…………どいてくれないか、シシカ」


 見ると、シシカはヒューリに覆い被さり、にやにやと笑っていた。昔と違って成長した彼女の柔らかな胸が、ヒューリのそれに押しつけられている。ほのかに鼻腔を刺激するのは、故郷の海の匂い。


「いや」


「やめなさい。昔は素直ないい子だったじゃないか」


 本当にどうしてこうなったのか。

 ヒューリが注意するも、シシカに止める気配はない。それどころか、ヒューリの脇腹に手をやり、服の上からくすぐってくる。


「どう? くすぐったい?」


 嬉々としてヒューリの両の脇腹をくすぐる。無邪気な笑顔で。再会できたことが嬉しかったのだろうか。それにしても、そろそろ限界である。

 ヒューリはシシカの両肩を掴み、彼女を引き剥がした。


「もう。なんでそう冷たいかな」


「もう子供じゃないんだ。からかうのはよしなさい」


「そっちこそ。もう子供じゃないんだよ、私は」


 いって微笑むシシカ。その表情が妙に妖艶に思えて、ヒューリは思わず目を逸らした。そうしなければ、変に意識してしまいそうだった。


「さ、早く休もう。明日も早い」


 ついてくるな、とはいつの間にか言えなくなっているヒューリだった。











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