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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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白き病2

 

 案内された場所は、看守たちの共同部屋のようだった。脱獄を警戒してか、窓は数えるほどしかなく、日当たりはないに等しい。

 この時季ともなると、寒さは一気に威勢を増す。それこそ、凍死者が出てもおかしくはないほどに。

 ここで数日を過ごす者もいるのだろう。部屋中の隅々にまで掃除は行き届いているようで、保存食は無論、寝袋まで用意されている。牢獄だというのに、妙に生活感に溢れていた。


「初めまして! ヒューリ・クロフ様ですね?」


 にこやかに告げてきたのは、栗色の髪の少年。その姿に、ヒューリは思わず目を丸くした。

 まず若い。十代半ばといったところだろう。幼さの残る顔は、こんな場所には似つかわしくないほどに純朴そのもの。

 華奢な体躯を包む軍服は、そもそもサイズが合っていない。その証拠に手は完全に隠れ、ズボンの裾は爪先にまでかかっている。

 が、何よりもヒューリが驚いたのは、少年の鳶色の瞳から溢れ出る輝きだった。

 その輝きは未だかつて、ヒューリが一度として向けられたことのないもの。


「ゆっくりしてもらいたいところですが、そうもいかないようで残念です。でもこうやって直にお目にかかれる日がくるなんて……」


 少年の瞳に浮かぶ輝きは、尊敬のそれであった。

 敵意でもなく、嫉妬でもなく、また殺意でもない。

 慣れない視線を向けられ、呆けたような表情で固まるヒューリに、少年は照れ臭そうに頭を下げた。


「す、すみません興奮しちゃって。職業柄、呪術師と話せる機会なんてそうそうなくて……それも“特一級術師”となると、そりゃあもう奇跡のようなもので」


「は、はあ。それで? 貴方はいったい……」


 ようやく我に返ったヒューリ。少年の態度に戸惑いながらも、先ほどから感じていた疑問を口にする。


「申し遅れました。アレス・ルインオーラです。ここの看守長を任されております。あと、もう一人の案内は故あって不在です」


 平然と告げる少年に、ヒューリは絶句する。

 極悪人の巣窟である千年塔。鎖に繋がれているとはいえ、彼らは獣と大差ない。そんな彼らを飼育する者の長が、目の前の純朴そうな少年だという。どう考えても不釣り合いだった。

 それこそ、獅子の群に迷い込んだ兎である。噛みつかれては無論、怪我ではすまないだろう。

 黙りこくっているヒューリを不審に思ってか、アレスと名乗った看守長は怪訝そうに眉根を寄せる。


「失礼。噂の大監獄の看守長にしては随分と可愛らしくて、つい……」


「あはは。自分でもそう思います。場違いなのは自覚してるんですけどね。どうにもここは、僕以外には無理らしくて」


 仕方がない、と肩をすくめて苦笑をもらすアレス。

 自分以外には無理、という彼の台詞に違和感はあったものの、いちいち訊ねていては話が進まない。


「申し訳ありませんが、そろそろ本題に入って頂けますか? 何しろ、説明もなく突然ここに連れてこられたもので」


 疲れたようにため息を吐くヒューリに、アレスは笑顔で頷いた。


「それもそうですね。それじゃあ、早速ですけどついて来てください。歩きながら説明しますので」


 幼すぎる看守長に促され、素直に小さな背中を追いかけるヒューリ。


「足元にご注意を。下は相当暗くなってますので。今はまだ大丈夫ですけど」


 下、という単語に疑問を覚えたヒューリは、問いかけようと口を開き、直後にその意味を知った。

 口を閉ざしたヒューリの眼前に、巨大な大穴が口を開けていたのだ。

 看守部屋を出て直ぐ。一際広い空間の床を穿つようにして、奈落が拡がっている。


「上、つまり地上は看守の交代などに使われています。実を言うと、牢獄そのものは地下なんですよ」


 知らなかったでしょう、と何故か得意気なアレス。

 無論、初耳であるヒューリは食い入るように大穴を見下ろしていた。

 そもそも、千年塔の正確な情報は少ない。帝国領内における最悪の人種を収監する牢獄。それだけである。


「ちなみに、下に行くには階段を。罪人を連行する際もこの階段を使います。といっても、後は食事を持っていく時だけですけど」


 軽く説明を挟みながら、大穴に足を踏み入れるアレス。

 その光景にぎょっとするヒューリを安心させるためか、アレスは振り向いて、


「大丈夫ですよ。ほら、ここ。一段目です」


 云われてみると、確かに大穴の一部に足場が見える。薄暗さのせいもあって、決して良いとはいえない視界の中、奈落の底へと向かう暗黒にぽつり、と浮かぶようにして足場が点在している。


「次は……ここ。その次はここです」


 言いながら、散歩でもしているかのような気軽さで進んでいくアレス。

 追いかける側のヒューリとしては、たまったものではない。何せ、下りていくごとに暗さは増していくのだ。

 八段目にまでくると、視界はほぼ闇一色となり、そこから五段も行けば、もはや足場は完全に見えなくなっていた。

 アレスの立った場所を目に焼きつけ、恐る恐る足を伸ばす。


「アレスさん。その……もう少し慎重に行きましょう。実はこう見えて小心者でして」


「大丈夫ですよ。ほら、次はここ」


 よくもまあ、にこにこしながら進んでいけるものだと、ヒューリは内心で感心していた。

 一歩でも踏み間違えば、そのまま真っ逆さまである。底が深ければ、死は避けられないだろう。第一、底が見えない。

 ついていくので精一杯のヒューリに比べ、アレスは足場の位置を完全に把握しているのだろう。軽やかな足取りで、暗闇を踊るように進んでいく。

 階段とはいっても、やはりそこは牢獄らしく、足場の位置は滅茶苦茶であった。設計が頭に入っている者でなければ、階段の意味を成さない。


「それにしても、随分と複雑な構造ですね。下りるだけでも骨が折れそうだ」


 いいながら、ヒューリは次の足場へ跳ぶ。

 アレスがひょいっと次の足場へ移れば、それを追って跳ぶ。

 その繰り返し。


「そういえば、ヒューリさんはリインフォード様を護衛につけているとか。特一級術師と聖騎士が肩を並べるなんて……まるでどこかのおとぎ話のようですね」


 楽しげに話すアレス。

 声を弾ませるアレスに対し、ヒューリはわざとらしく肩を落とした。


「とんでもない。彼女はどこまでもついてきます。それこそ、用を足す時までついてきそうで……まあ、おかげで頼もしい限りですがね」


 足場から足場へ跳び移りながら、悪態を吐くヒューリ。

 そんなヒューリの言葉をどう捉えたのか、アレスは声を上げて笑い出す。腹を抱えて大笑いし、危うく転げ落ちそうになったところをヒューリが慌てて掴みかかった。


「──おっと! 気をつけてくださいよ。貴方がいなくては私が困ります」


 戻ることも進むことも不可能になり、途方に暮れてしまう光景が脳裏に浮かぶ。その恐怖に、思わず身震いするヒューリ。

 一方のアレスは、未だ目の端に涙を浮かべたまま笑っている。


「ふう。助かりました。それにしても恐ろしいことをいいますね。騎士団の連中が聞けば卒倒しますよ」


 アレスの台詞に、ヒューリは首を傾げた。

 ヒューリから返答がないことで察したのか、アレスはああ、と一人納得して続けた。


「ご存知ありませんでしたか。リベルカ・リインフォードは、騎士であれば誰もが一度は憧れ、また共に戦場に立ちたいと願う。騎士団に属する者にとっては女神のような人物ですよ」


 その話を聞いて、ヒューリはやっと得心がいった。

 二人で街中を歩けば、決まって突き刺さってくる嫉妬に満ちた視線。それのほとんどが騎士だったような気がする。

 女であるにも関わらず、すれ違っただけで異様に(かしこ)まった挨拶を受けていたのも、そういうことだったのだろう。


「うーん……女神、ですか。それはまた笑えない冗談ですね。私見ですが、ただの堅苦しい女騎士に思えます。決められた言葉しか話せない、典型的な人形とでもいいましょうか」


「ヒューリさん……殺されますよ。彼女を盲信する騎士はかなりの数です」


 苦笑気味に注意を促してくれるアレス。

 そういいながらも彼は、自分には全くその気がないことを暗に告げているようだった。


「それはまた物騒な話ですね。女性でありながら騎士というのは、そこまで凄いことなのですか?」


 率直な疑問を口にすると、アレスは即刻否定を返す。


「それは違います。女騎士は確かに珍しいですけど、それだけを理由にあれだけ崇拝されることはないでしょう。理由は彼女が聖騎士であるということ」


「聖騎士? さっきもそう仰ってましたが、それがまた判らない。数年間、ここで暮らして来ましたが、未だに帝国の軍事制度には疎いもので」


 どんどん下へ下へと向かっていく中、二人の声が暗黒に響く。

 普段のヒューリなら、ここまで長話はしなかっただろう。さっさと本題に入ってくれと遠回しに告げたに違いない。

 現に、千年塔に入ってすぐ、ヒューリは本題に入るようアレスに告げた。

 しかし、今は少しでも会話で気分を紛らわせたかった。

 拭い去ることのできない、決定的な違和感。それを、すぐ側にまで感じていたから。


「帝国軍は現在、二つの組織で成り立っています。それはご存知ですね?」


 ええ、と頷くヒューリ。

 アレスは続ける。


「一つは正規軍。これは戦時下における投入兵力のほぼ七割。その大半が一般兵と低級術師、そして少数の指揮官で編成されます。そして、もう一つが騎士団。投入兵力の二割がこれに当たります。緊急時の帝都防衛を任され、貴族、平民を問わず、単純に強い人間だけで編成されます」


 ここまでで何か質問はあるか、と問いかけてくるアレス。


「全く関係のない質問なら一つ」


 そう告げたヒューリの表情は、少しばかり歪んでいた。

 聞きたくはない。しかし、聞かずにはいられない。


「何なのでしょう? さっきから聞こえてくる……この“音”は」


















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