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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第二章【獅子】
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双頭の蛇2

 


 武具の一切は奪われ、手枷まで施された状態でヒューリとリベルカは王の御前に突き出された。

 周囲の視線は様々で、敵意剥き出しの者から好奇の目を向ける者。意に介さぬ者までいる。そもそもが珍客である。反応にばらつきがあるのは当然だろう。

 ただ、友好的なものは一切ない。それだけは共通していた。


「……呪術師ヒューリ・クロフに聖騎士リベルカ・リインフォードか。ふむ。とんでもない珍客であるな」


 咳払いと共にしわがれた声を吐き出したのは、玉座に腰かける老齢の男。南部人特有の黄金の髪は白く色褪せ、幾重にも刻まれたしわの数が、男の生きた年数を物語っている。それでいてなお、その眼光は鋭く、隙なくこちらを見極めようとしていた。

 クルセニスの現国王である。


「帝国の使者より、お前たちを即刻差し出せとの通告があった。こちらとしても面倒ごとになる前に突き出したいところ。が──」


 とそこで、老王は言葉を切った。

 そして、何かを探るようにその目が光を帯びる。

 その視線は、ヒューリに集中していた。


「それでは面白くない。そうは思わんかね、レキ家の懐刀よ」


 瞬間。

 心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚がヒューリを襲った。

 一国の王には知り得るはずのない情報だ。いや、知られてはいけない。


「海賊王の動向が知りたい」


 ヒューリの動揺など知ったことか、と言わんばかりに王は条件を口にする。二人の命を救うための条件を。


「そして、お前が帝国に身を寄せていた理由だ」


「一つ、お聞きしたいことがございます」


 内心の動揺を抑えつつ、つとめて冷静な声でヒューリはいう。

 王が頷くのを見てとると、いま最も知りたいことを口にした。


「白髪の少女のことです陛下。私の予想では、王都に囚われているはず」


 ヒューリの言葉に、王は肯定も否定もしない。

 ただ、真っ直ぐにヒューリを見据えるのみ。


「余の望むものをお前がよこすなら、答えよう。無論、お前たち二人の身の安全も保証しよう」


 それで判った。全てが。

 予想通り、シロは囚われているのだろう。

 それなら、答えは決まっている。


「海賊王のことは存じ上げておりません。なにぶん、奔放な方ですので。帝国の件ですが、ある研究を完成させるためにです陛下」


「ふむ。やはり行方は掴めんか。それで? その研究とやらは?」


 やはり、そうくるか。

 故郷を出て数年。蔑みの目に身を晒してでもたどり着きたかったもの。ヒューリがヒューリであるための理由。誰よりも愛した彼女のための研究。


「呪詛の吸収と、それに伴う完全なる破呪の法です」


 理論だけなら、故郷でも確立させていた。

 呪詛から身を守る術として、大陸中に普及している封呪の衣はヒューリの研究を元に生み出されている。

 しかし、


「私の研究はそこまでです。一度その身を蝕まれた者から呪詛を吸収することは不可能でした。帝国に身を寄せてからもです」


 正確には、吸収だけなら成功していた。対象の確実なる死を代償として。

 王は静かに頷く。


「うむ。話は判った。して白髪の少女だったか……ヒューリ・クロフ。“双頭の蛇”に聞き覚えは?」


 ヒューリは首肯する。


「盗賊団の通称ですね」


 知らない人間の方が小数だろう。

 大陸中に構成員がいるといわれている巨大な組織である。暗殺から人さらい、そして奴隷の密売など。挙げればきりがないほどの犯罪に手を染めている。組織に身を置く者には皆、共通の刺青が身体の一部にあるという。

 それが、双頭の蛇。うねる尾に双頭を持つ蛇の刺青。


「ま、まさか!?」


 とそこでヒューリは思い至った。

 最悪の答えに。


「王都への連行中に拐われた。おそらく、エルミラ峡谷だろう。付近で盗賊らしき姿が度々目撃されている」


 最悪だった。

 エルミラ峡谷といえば自然の要害である。守りに固く、攻めるのは容易ではない。無論、単身での侵入は不可能。


「…………わかりました。陛下、捜索に出る許可を頂いても?」


「無論だ。この国で居をかまえることも許そう。必要なものがあればいえ」


「感謝します、陛下」


「これの枷を解いてやれ。それから──」


 とそこで、王の視線がリベルカに向けられる。


「リベルカ・リインフォード。しばしここに残れ。お前には個人的に話したいこともある」


「は、はい。承知しました陛下」


 枷が解かれると共に、ヒューリは謁見の間を出る。

 リベルカのことが少し気にかかったが、王の態度を見るからに危険はないだろう。

 陽が高い。さすがは南部といったところか。冬であるにも関わらず、積雪らしき光景は見当たらないし、なにより暖かい。肌寒くはあるものの、身を切るような帝国の冬に比べれば快適だ。

 心を落ち着けるように、ヒューリは改めて周囲に視線を向けてみた。

 豊かである。行き交う人々には笑顔が溢れ、建ち並ぶ店先からは店主の明るい声が飛び交う。戦時中だというのが嘘のような、活気に溢れた光景だった。


「待っていてください、シロ」


 必ず、救ってみせる。

 この光景をシロにも見せてやりたい。

 そして、叶うなら一緒に暮らそう。残り少ない命だ。彼女もきっと許してくれるだろう。嘘つき、と笑いながら。


「どこへ行く、ユウリ・レキ」


 背後からの声に、反射的に振り返る。

 その名で呼ばれることは、もうないと思っていた。

 だからこそ、向けられた声に背筋が凍った。

 振り向いた先には、一人の少女。年の頃は十代の終わりだろうか。胸まで伸びた漆黒の髪。そして、それと同じ色をした瞳が唖然とするヒューリを捉えていた。


「だ、誰だお前は」


 意図せず、声が震える。

 見覚えのない少女だった。しかし、その容姿からして同郷の人間。それは間違いない。問題はなぜ、自分の名前を知っているのかということ。


「レキ家の裏切り者が。この顔を忘れたの? なら、思い出させてあげる」


 いいながら、少女はヒューリに向かって何かを放り投げる。

 山なりに宙を飛び、すとんと手元に落ちたそれを見てヒューリは言葉を失った。

 古びた短刀である。もう二度と触れることはないと思っていた、過去の相棒。死に溢れ、血にまみれた過去と共に置き去りにしたはずの友。


「抜きなさい、ヒューリ・クロフ」


 有無もいわせぬ声音でそう命じ、腰に提げた鞘から一振の刀を抜き放つ。上段に構える少女。その切れ長の瞳に浮かぶのは、憎悪の焔。


「ま、待ってください! 貴女はレキ家の人間ですか。もしそうなら何故こんなことを」


「…………なぜ、だって?」


 少女の声音が僅かに落ちる。

 刀を下ろし、吹き出す憎悪を抑えるように目を細めた。


「よくもそんなことを。あの女のために故郷を捨てて、それどころか全てを忘れて今度は誰を救うって?」


 少女の言葉は終わらない。


「せっかく救われたのに、なんなのその身体。どうしてそんなことになってるの」


 少女の言葉は、今までで一番の衝撃をヒューリに与えた。

 なぜ、知っている。

 どうして──


「み、視えているんですか?」


「私のこの眼には全てが写る。法気も呪詛も。そんなことも忘れたの?」


「ま、まさか──」


 ヒューリが気づくと同時に、少女は地を蹴った。

 瞬時に距離を詰めると、刀を振り上げる。

 慌てて短刀を抜くヒューリ。そして衝撃。

 一閃と共に振りおろされた一撃に、ヒューリは後方へと弾き飛ばされる。

 すぐさま体勢を立て直し、痺れる手で短刀を逆手に握り直した。


「シシカ!? こんなところで何を」


「うるさい!」


 答えの代わりに繰り出される斬撃。

 慌てて受けの姿勢をとるヒューリ。しかし、あまりに速いその一撃に、身体の反応が追いつかない。

 衝撃を殺せず、短刀は弾かれ、ヒューリの手を離れる。その隙を少女は逃さない。

 再び刀を振り上げる。

 対するヒューリは、少女に指先を向ける。

 直後、少女の動きが停止する。その隙に、ヒューリは後方へと飛び退き、距離をとった。


「やめなさいシシカ。どうしてこんなことをするんです!?」


「うるさいな。その話し方がまず気に入らない」


 いいながら、何事もなかったように再び刀を構える少女。


「解呪ですか。随分と成長しましたね」


「そっちはかなり鈍ったようね。懐刀が聞いて呆れる」


 その台詞に、ヒューリは納得するようになるほど、と頷いた。


「クルセニス王に話したのは貴女ですか。余計なことをしてくれましたね」


「こっちの台詞。あの女は誰にも救えない。宿命は変えられない。あなたがいちばんわかっていることじゃないの?」


「理性と感情は別物ですよ。それよりもシシカ、レイサーは貴女の行動を許したのですか?」


 そんなはずはない。そう判っていての問い。にも関わらず、少女はにやり、と頷いてみせた。


「ええ。あなたを殺してでも連れ帰るならってね」


 あの人ならいいそうだ、と脳裏にとある男の野獣じみた笑みを浮かべながら、ヒューリは苦笑する。


「ははは。参ったな」


「戻ってきて、ユウリ。あなたのその身体、かなりまずいことになってる」


 真剣味を帯びた少女の声。

 しかし、ヒューリは首を振る。


「それはできません」


「どうして!? あの女はもう──」


「彼女のことももちろんそうです。でも今はそれより、救いたい人がいる」


「…………白死病ね。いいわ。それなら」


 そして、少女は目を細めた。


「力ずくでいく。安心して、峰打ちだから」











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