逃亡者たち13
「二人はどうなるのです?」
男から全ての話を聞き終えた後、ヒューリはそう口にしていた。
しかし、答えなど聞くまでもない。
二人の行く末には避けようのない死が待っている。
「自分の心配をした方がいいぞ、呪術師。聞きたいことを聞けば、貴様はもう用済みだ」
さっさと話せ、といいたいらしい。
男の話によれば、二人が消えてもう随分とたつ。死んだという報せがない以上、生きていることを祈る他ない。
「私を殺すと? その前に必要なことがあるのでは?」
「…………なにがいいたい」
意味ありげに放たれたヒューリの言葉に、男が探るような視線を投げる。
その時だった。
突然、殴りつけるようにして扉が開かれた。そこから現れたのは一人のクルセニス兵。慌てた様子の兵士は、非礼を詫びる余裕すら消し飛んでいるのか、早口で何事かをまくし立てる。
「落ち着け馬鹿者が。用件をいえ」
「はっ。て、帝国の軍勢です! およそ三万の大軍! こちらを目指して侵攻中であります!」
「すぐ行く。皆に戦の支度をさせておけ」
落ち着き払った声で命じる男に、兵士は入ってきた時と同様に慌てて出ていった。
「貴様の仕業だな、呪術師」
男から射抜くような鋭い視線を向けられるも、ヒューリは平然と首を左右に振ってみせる。
「ご冗談を。私は国を捨てた身ですよ?」
「災厄を招く種とはよくいったものだ。挨拶代わりに軍勢を差し向けるとはな」
「なに、挨拶代わりに剣を向けられるようなものですよ。大したことじゃない。そうでしょう?」
にこり、と愛嬌のある笑みを見せるヒューリ。
対する男は無言で席を立つと、そのまま部屋を出ていった。
やがて、代わりにやってきた二人の兵士がヒューリに手枷を施す。
「おや? 牢にでも繋がれるのでしょうか?」
「貴様を王都に連行する」
「それではよろしく。観光案内は任せますよ」
シロの言葉はリベルカの思考を停止させるには、充分すぎるほどの重みを持っていた。
民を守るはずの軍が害を成した。それが真実なら、リベルカの騎士としての信念は根本から打ち崩されることになる。
「シロ、それは何かの間違いだ。軍人は民を守るものだ」
すがりつくような想いで声をしぼり出す。
しかし、シロは無言のままリベルカを睨み続けていた。
届くはずがない。シロの告白に動揺してしまった時点で、リベルカの胸中には抗いがたい疑惑が根をはっている。
それほどに、シロの発言には真に迫るものがあった。
半ば自分にいい聞かせるように、リベルカは言葉を紡ぐ。
「民あっての国だ。国を守ることと、民を守ることは同じ。私たちは皆、戦うことよりもまず守ることを誓う。そしてこの誓いは生涯を通して守られる。命尽きるその日まで」
「…………もういい。だまれ」
涙は枯れ、怒りと憎しみだけを灯したシロの瞳がリベルカを射抜く。
「……シロ!」
「うるさい!」
叫び、リベルカに背を向けるシロ。
そしてそのまま、走り出してしまう。
その先は、クルセニスの中心地。
リベルカはすでにクルセニス兵を手にかけている。その罪咎は、共に行動していたシロにも背負わされるだろう。
小柄な背中が向かうその先は、処刑台に他ならない。
「シロ! ま──ッ!」
遠ざかるシロの背に手を伸ばしたまま、リベルカは膝をつく。
今更になって、シロに踏みつけられた胸が痛み出していた。
その背はすでに視界にない。
もはや、追いつく術がない。
それでも、守る。そう誓った。
刺すような痛みを訴える胸と、シロの告白に動揺する心を押し殺し、息を整える。そして、両足に力を込めた。
必ず、生きて祖国に帰る。シロと共に。
ヒューリの王都連行には、二名のクルセニス兵が同行することとなった。
どちらも堅物らしく、問答無用で馬車に投げ入れられ、一人は御者台に。もう一方はヒューリの隣へ。砦を出てからの道中、何度ヒューリが話しかけようと、二人は無言を貫いていた。それこそ、存在しないも同然の扱いである。
当の本人であるヒューリは、それでもめげずに口を動かし続けた。無論、ただの嫌がらせとして。
いつかのリベルカの頑なな態度と同じように、ヒューリの嫌味にもクルセニス兵は反応しなかった。頷きを返してくれるだけまだ彼女の方が柔軟だろう。
ヒューリの扱いは、亡命者から罪人へ。
帝国で謂れのない罪を着せられたかと思えば、亡命先でも罪人扱いである。呪われているとしか思えない、酷い有り様だった。
呪術師が呪われているなど、笑い話にもならないが。
「……おや? どうかしたんですか?」
急に停車した馬車を不審に思い、首を傾げて隣のクルセニス兵に訊ねる。
が、返答はない。
それどころか、無言のまま外へ出ていってしまった。
「うーん……何だかとてつもなく嫌な予感がしますねこれは」
そう独りごちた瞬間。
馬車が大きく傾いだ。まるで底からひっくり返されるようにして転倒する。衝撃が車内を襲い、ヒューリは受け身も取れないまま、倒れた拍子に側頭部を窓に打ち付けた。
痛みを感じる間もないまま扉が乱暴に開け放たれ、誰かに腕を掴まれる。
「急いでっ! ヒューリ・クロフ! ここは危険です!」
そこにいたのは──
リベルカがその現場に出くわしたのは、ただの偶然であった。
シロを追いかけている途中、リベルカを追い越す形で走っていった馬車。
それが何故か、道のど真ん中で停車していたのだ。
観察してみると御者台に人の姿はなく、物音すら聞こえてこない。
どうにも妙だ。
さらに観察していると、馬車に近づいていく人間がいた。
顎に髭を生やした細身の男。そしてその右手には抜き身の短剣。
襲われようとしている。気づいてからの動きは素早かった。
地を蹴り、男との距離を詰める。突如現れたリベルカに虚を突かれたのか、男は咄嗟に動けないでいた。その隙を、リベルカは見逃さない。
長剣を抜くと同時に男の短剣を叩き落とした。
「去れ。斬られたくなければな」
凄みのある声でリベルカが告げるも、男は素直に従おうとはしなかった。
それどころか懐からもう一本、短剣を取りだし、にやりと口角をつりあげ声を上げる。
「姉御! 今ですぜ!」
──仲間がいるのか!?
リベルカが振り向くと、そこには少女と思しき小柄な影が馬車を持ち上げているところであった。
じき、転倒するだろう。
リベルカは男を無視し、すぐさま馬車に向かう。
が、間に合わない。
大きく傾いだ馬車は、次の瞬間には転倒していた。
「誰かは知らねえが、邪魔はさせねえぜ!」
追いすがっていた男が短剣を振るう。
紙一重でかわし、横目で馬車の中を確認し、リベルカは絶句する。
探し求めていた姿がそこにはあった。
慌てて態勢を建て直し、倒された馬車に駆け寄る。
眼前に立ちはだかる小柄な少女を飛び越え、馬車に張り付くと、力任せに扉をこじ開けた。
「急いでっ! ヒューリ・クロフ! ここは危険です!」




