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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち11

 外に出ると、複数の怒号がリベルカの鼓膜を打った。

 声の方に向かう。

 と、そこには頭巾を剥ぎ取られたのか、真っ白な髪を夜風になびかせるシロと、その背には青い顔をしたアバン。

 そして、二人を包囲するようにして向けられる剣の群。


「待て! 待ってくれ!」


 リベルカの叫びに、クルセニス兵の何人かが振り向いた。


「待て。剣を納めてくれ。こちらに敵意はない」


 諭すような声でいったリベルカに、クルセニス兵の一人が進み出る。


「貴様、リベルカ・リインフォードだな。何をしている。白死病を連れてこい、と命じられていたはずだろう。一緒に逃げるつもりだったか」


「連れていけば、弁明の余地なく殺される。それを見過ごすわけにはいかない」


「そんなことは聞いていない──おい、やれ」


 男の視線が、シロに注がれる。


「なっ!? 」


 男の命じたその先の結末を予想し、リベルカが声を上げる。

 慌てて駆け出すも、眼前に進み出たクルセニス兵たちによって食い止められる。

 見れば、今まさにクルセニス兵がシロに向かって剣を振りかぶり、その小さな体躯を老人もろとも両断せんとしていた。


「やめろぉおおお!」


 リベルカの必死の叫びを嘲笑うかのように、剣は振り下ろされた。

 血潮が舞う。

 皮を裂き、骨を叩き斬り、どさり、とその場に倒れる。

 しかし、それはシロではない。

 禿頭の老人が、血の海に伏していた。


「あ、アバ……ン?」


 何が起きたのか、状況が判断できずに唖然とするシロ。

 しかし、リベルカは確かに見た。アバンがシロの背中から飛び降り、クルセニス兵の前に立ちふさがったのを。

 斬られる寸前、ほっとしたような笑みを見せた老人の顔を。


「お前ぇえええッ!」


 激昂するシロが目の前の男に飛びかからんとした、その時。


「やめろ、シロ」


 静かに、その場に落ちる声があった。

 凍えるようなその声に、ただならぬ殺気を感じたのか、シロに相対していたクルセニス兵たちが一斉に振り返る。


「なんで止める!? こいつらはアタシが殺してやる! 止めたって」


 無駄だ、と告げようとしたのだろう。しかし、シロの声は続かない。

 剣を抜いたリベルカが、いつの間にか目の前にいたから。


「シロ、ここは私に任せてくれ。早くアバン殿を安全なところに」


 何が起きたのか理解できないようで、クルセニス兵たちはその場に立ち尽くしたまま微動だにしない。


「で、でもリベルカ! お医者さんなんてどこか判らない」


「違う。安全なところだ。どこでもいい。それに…………もう助からない」


 それだけ告げると、既にリベルカの視線は敵に向けられていた。

 何かをいいかけ、しかしそれを呑み込むシロ。そして、そのままアバンを抱えて駆け出した。


「に、逃がさんぞ! 追え!」


 一人の声に反応し、シロを追うクルセニス兵。

 しかし、その反応の速さが仇となった。

 真っ先に反応した三人の首が、次の瞬間には宙を舞っていた。


「抜きたくはなかった。だが、問答無用で斬りかかってきたのはそちらだ。覚悟はいいか」


 買ったばかりの長剣を上段に構えるリベルカ。

 目にも止まらぬ早業に、呆気にとられるクルセニス兵。


「うろたえるな! たかが一人。聖騎士とて多勢に無勢よ!」


 その怒号に、我を取り戻すクルセニス兵たち。

 この状況でもなお、味方を鼓舞する精神は称賛に値する。が、いささか相手が悪かった。

 軍事大国であるレンダール帝国において、聖騎士という称号はそうやすやすと名乗れるものではない。


「かかれ!」


 一斉に動き出すクルセニス兵。

 向かってくる剣尖の群。そのことごとくを、リベルカは打ち払う。

 一辺たりとも表情を変えず、向かってきた剣を叩き落とすと同時に、斬りつける。

 二合と渡り合える者はなく、彼女と剣を交えたが最期。一撃で斬り伏せられる。


「ば、化物め」


 血風の舞うそのただ中に一人、怯えたような声をもらすクルセニス兵。

 見れば、先ほど味方を鼓舞していた男であった。


「まだ残っていたか。先に仕掛けてきたのはお前たちだ。悪く思うな」


 そういって剣を構えるリベルカに、待て、と男が制止の声をかける。


「み、見逃してくれ! 黙っておいてやるから!」


 怯える男のその胸に、リベルカは無言で剣を突き立てた。









 一方、敵の包囲を抜けたシロは街を駆けずり回っていた。

 リベルカは無駄だといっていたが、無論、見殺しにするつもりはない。何としてでも医者を探し出し、アバンを救う。

 しかし、陽が沈んでもう随分とたつ。当然、人の姿はない。

 それでも、シロは諦めなかった。

 手当たり次第に民家の扉を叩いて回った。

 が、話を聞いてもらうどころか、どこもかしこも門前払い。

 それだけではない。あろうことか、出会う人間全てがシロに畏怖の眼差しを向け、厄介ごとはごめんだと罵声を浴びせてきた。

 それほどに、この髪は目立つのだろう。


「ちくしょう。なんだよ! 何がいけない! どいつもこいつも!」


「……こ、これおチビさん」


 背中から聞こえてきたのは、か細い声。

 立ち止まり、シロはアバンを励ましながら、再び走り出す。


「もうちょっとだからね、アバン。しんぼうして」


「もう、いい……こ、ここまでだ」


「大丈夫だから! 絶対大丈夫だから!」


 それは、ひょっとすると自分にいい聞かせていただけなのかもしれない。

 しかし、それでもシロは走った。

 アバンは、自分をかばって斬られたのだ。

 本当なら、傷つくのはシロだった。


「本当に、やさ……しい子だね」


 背に触れたほんのりとした温もり。

 それが、どんどん冷たくなっていくのを感じた。


「いい、かい? こ……れから、きっとお前さんは……いっぱい辛いめに合うだろう」


 アバンの声が力を取り戻していく。

 まるで、最期の言葉を確実に伝えんとするかのように。


「それでも、どうか忘れないでほしい。この世界には、君を認め、愛してくれる人がきっと現れる」


「舌、噛むよ! 後でいっぱい聞いたげるから!」


 だから、そんな言葉は聞きたくない。

 そんな、別れる間際のような言葉は。


「君は優しい。だから、大丈夫だ」


「…………」


 シロはもう答えなかった。

 それよりもただ、走ることに集中したかった。

 そうしなければ、今にも死んでしまいそうだったから。


「見事な月よ。若い娘を救い、月を見ながらの最期……ほっほっほっ。悪くはないねえ」


 ふと、背に伝わる重みが増した。

 それと同時。シロは目についた扉を蹴り開けた。

 見たところ、酒場のようであった。

 その場にいた一同は、飛び込んできた少女の頭に息を呑み、続いて少女が背中から降ろした血まみれの老人に目を剥いた。


「だ、誰か! 誰か助けて! 」


 悲痛な声で叫ぶも、誰も近寄ってこようとはしない。

 戸惑う素振りは見せるものの、白髪への恐怖が他者の命を救うという行為を引き止めているようだった。


「な、なんで!? どうして!? 助けてよっ!」


 誰も手を差し伸べてはくれない。

 ひそひそと声をかけ合う者、飲酒に戻る者、果ては恐怖のあまり飛び出ていってしまう者までいる。


「ちょ、ちょっと! 退いて退いて!」


 と、人混みをかきわけ、慌てた様子で飛び出してきた一つの影。

 桜色の髪の小柄な少女である。

 十三か、四か。シロよりは、少し年上に見える。

 少女はすぐさま倒れるアバンの元に駆け寄ると、膝をつく。


「何の傷?」


「…………え?」


 突然現れた少女に呆気にとられていたシロは、思わず聞き返す。


「え、じゃない! 何の傷かって聞いてんの! 早く!」


「あ、えっと、斬られたの! 剣で!」


 答えるなり、少女の表情が険しくなる。

 眉間にしわを寄せ、両腕の裾をめくり上げると、アバンの傷痕にそっと触れる。

 そして、忌々しげに舌を打った。


「くそったれ。内臓までやられてる。法気の流れも悪い」


 少女は可憐なその姿に似合わない汚い言葉で罵ると、あろうことか触れた傷口に手を差し入れた。

 止めをさしかねない少女の異様な行動に、シロは目を見開いて怒声を上げる。


「何してるっ!?」


「うっさい! 見てわかんない? 治療だよ治療! 邪魔だからそのへんで座ってな!」


 苛立ちまじりに吐き捨てると、傷口に突っ込んだ手をごそごそと動かす。まるで引き出しを漁るような手つきである。


「ちくしょう。これじゃあ駄目だ」


 そういって傷口から出された少女の手は不思議なことに、一滴の血もついてはいない。


「おい、白髪(しらが)娘。さっさと連れていきな」


 倒れたままのアバンをあごで示す少女。

 治療は終わった、とそういいたいらしい。


「え? な、治ったの?」


 ぱっと表情を明るくさせるシロに、少女は険しい顔のまま首を振った。


「…………駄目だった。年なんだろうよ。治療しようにも、もう残っていないのさ。それに耐える気力が」



















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