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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち10

 宵闇の街。

 カナーロの住人が寝静まる頃、それと入れ代わるようにして動き出す三つの影があった。

 一人は、頭巾で頭を隠した小柄な少女。小さな体躯にも関わらず、背中に老人を背負い込んでいる。

 その傍らには、金髪の女。街を駆けながら、注意深く周囲に警戒の視線を送っていた。

 ほどなくして街を抜けた三人は、そのまま街道を進んだ。

 昼間でこそ、人の目を気にしてまともに街道は進めないが、夜ならばその心配はない。


「次の街までどのくらいか判るか、アバン殿」


 リベルカは、頭巾をかぶったシロに背負われる老人へと問いかけた。

 宿で身支度を整えた三人は現在、アバンが商売道具として持っていた旅装に身を包んでいる。

 シロの頭は目立つため、急ごしらえの麻布を頭巾として頭に巻いていた。


「陽が昇る前にはつくだろう。しかし、かなり急がなくてはならん」


 悔しげにそう口にするアバン。その表情が、夜明けまでに到着するのは不可能だと語っていた。


「それなら少し休もう。無理をした結果、朝になってしまうなら意味がない。少しでも体力を温存し、明け方に着くようにすればいい」


 リベルカの提案に、アバンはにこやかに頷いて返す。

 どうせ朝になるなら、少しでも休む方がいい。

 なにより、シロはアバンを背負っての移動である。疲労はリベルカの比ではないだろう。

 幸い、変装もしている。つたない変装だが、その場しのぎくらいは可能に思えた。

 三人はその場で夜営することにした。

 睡眠はアバンとシロが一時間。その間にリベルカが見張りにつき、二人が目覚めると交代する。リベルカの睡眠時間は三十分。

 不眠続きだったせいか、リベルカはあっという間に眠りについてしまった。


「これ、お嬢さん」


 目を開けると、微笑むアバンの顔がリベルカの視界に入った。


「……ああ、もうか」


 全く眠った気がしない。

 名残惜しさを振り払うようにして一度、両手で顔を叩くと、リベルカは立ち上がる。

 すでにシロはアバンを背負っており、早くしろ、とでもいいたげな視線をリベルカに送っていた。

 深夜の街道を、三人は行く。









 陽が昇ってから数刻、三人は目的地に到着した。

 村、といわれた方がまだ納得のいく小さな街である。石畳の道には、幾つかの店が点々と並び、店先から活気のいい客寄せの声が飛ぶ。

 早朝ということもあってか、行き交う人々の数もまばらである。旅装の女と老人を背負った小柄な少女、という見るからに怪しげな来訪者たちに向けられる奇異の視線も、ことの他少ない。


「シロ、アバン殿を頼む。少し寄りたいところがあるんだ」


 シロが頷くと、リベルカはひとまず宿を探すことにした。

 寄り道は宿の後にして、探すこと数分。

 すぐに目的の宿は見つかった。というより、この街に宿は一つしかないらしく、悩む必用もなかった。

 宿の一室までシロとアバンを見送り、二人に眠っておくよういい置き、リベルカは外に出た。

 目的の店を探し、街中を歩く。

 この街には、まだ追手も入っていないようだった。軍人の姿はない。小さな街だ。見落とす心配もないだろう。

 街を歩く道すがら、リベルカはいつでも逃げられるよう、街の構造を頭に叩き込んでいった。


「王都は確か……このまま南下だったか」


 何事もなければ、夜を待って南下。

 そのまま王都までまっすぐ進む。

 問題は、何かあった場合。

 アバンもいる。かの老人の前では、シロも素直である。彼女が暴れる可能性は少ないとしても、いつ追手がここを嗅ぎつけるとも限らない。

 見たところ、街道は東西にも伸びている。逃げるなら、どちらか一方。

 カナーロに引き返すのは考えるまでもなく悪手。上手くあの住人を誤魔化せていたとしても、気づかれるのは時間の問題だ。

 しかし、東西のどちらに逃げるにしても、残念ながらリベルカには土地勘がない。どちらがより安全かなど、判るはずもなかった。


「………アバン殿に聞いておく他ないか」


 誰にでもなく呟くリベルカの視界に、目的の店が飛び込んできた。

 薄汚れた看板には、確かに武具の文字。

 しかし、一目見ただけでリベルカには判ってしまった。店に並んだ剣はどれも名ばかりの代物で、本当に切れるのかどうか怪しいなまくらばかり。

 おまけに、見るからに錆びついた酷いものまで平然と並べられている始末。


「店主、そこの剣はいくらだ」


 リベルカが問いかけると、店主はちらり、とリベルカに視線を投げる。

 続いて、上から下までなめ回すように眺めると、一言。


「お客さん、こりゃあこの店の一級品だ。刀身の一部にゃ蒼輝鉱が使われてる。とてもじゃないがアンタに買えるような代物じゃねえ」


 店主の返答を受け、リベルカは目を丸くした。

 蒼輝鉱といえば、宝石にも加工されるほどの美しい鉱石である。が、その真価は武具の材料として用いられた際の強度だろう。刀身全てが蒼輝鉱の剣は、岩をも軽く両断すると聞いたことがある。

 しかし、リベルカが驚いたのはそのことではない。

 なまくらばかりの商品の中で、少しはまともな刃物として使えそうなものを見つけ、値段を聞いただけのことである。

 それがまさか蒼輝鉱とは。


「いや、失礼した。まさかそんな代物とは思わなかった」


「いいってことよ。だいたい、こんな店にあるほうがおかしいんだ。アンタの反応はもっともさ」


 どうしたものか、とリベルカは店に並んだ他の商品を見ていった。が、やはりなまくらばかり。

 それなら、と懐から有り金全てを店主に渡した。


「これで足りるものをくれ」


 今度は店主が目を丸くする羽目になった。

 ぎょっとした表情で、渡された金貨数十枚と、リベルカとを交互に見る。


「な、なにもんだアンタ。これだけありゃあこいつも売ってやれる。いや、それでも多すぎるくらいだ」


 そういって店主は、さきほどの蒼輝鉱の剣を渡してきた。

 次いで、金貨が数枚リベルカに返される。


「なんだ。足りるのか?」


「バカいってんじゃねえよ。相場も知らねえのかい? 充分だよ」


 首を傾げつつもそんなものか、とリベルカは鞘に納まったそれを受け取った。

 元より、武具は全て国から支給されていた。わざわざ買ったことなど一度としてない。こだわりのある輩は、わざわざ大金をはたいて帝都の高級武具店から取り寄せていたが、リベルカにそこまでのこだわりはない。

 故に、今まで国の支給品で満足していたのだ。


「どこのお姫様か知らねえが、あんまり大金を見せびらかすもんじゃねえぞ。厄介なことになりかねない」


 店主の忠告に頷き、リベルカは店を後にした。

 宿屋に戻ってくると、すでにシロは眠っており、アバンが読みかけの書物を置いてリベルカに微笑む。


「ああ、なるほど。武器かい。確かに、軍人相手に素手はないな」


 目ざとくリベルカの腰に下がった長剣を見て、アバンがいった。


「ああ。使わないにこしたことはないがな」


 それに、剣がないと落ち着かない。

 今までずっと自分を支えてきたものだ。

 それこそ、騎士たるリベルカの全てといってもいい。


「アバン殿はまた本か。少しでも眠った方がいい」


 夜まで休むことを告げると、リベルカも寝台に横になった。

 アバンは読書へと戻る。







「失礼。聞きたいことがある」


 ノックの音と共に聞こえてきた野太い声に、リベルカは目を覚ました。

 見れば、神妙な顔つきのシロとアバンの二人と目があった。

 再び、ノック。今度は立て続けに三度、乱暴に扉が殴られる。


「おい! さっさと出てこないか!」


 真っ先に動いたのはリベルカである。

 扉の前までくると、剣の柄に右手を忍ばせ、


「……何か?」


 問う。

 その隙に、シロは窓をこじ開け、外に飛び出していた。

 アバンがその後を追う。


「ここを開けてもらおう。少し、聞きたいことがある」


「少々、お待ちを」


 いいながら、すかさず窓を閉め、リベルカは扉を開けた。

 その先には、やはりクルセニスの軍人が二人。


「旅の者か」


 頷くリベルカに、クルセニス兵の男が続ける。


「我々はとある罪人を追っていてな。帝国製の甲冑を着た女と、白髪の少女だ。見覚えは?」


 リベルカは無言で首を振った。

 男がさらなる問いを口にしようとした、その時。


「いたぞ! 白髪だ!」


 外から聞こえてきた大声に、眼前の二人が反応する。

 それと同時に、リベルカが動いた。

 咄嗟に眼前の男に当て身を食らわせると、剣を抜こうとする二人目の柄を右手で押さえ込む。


「ぐっ!?」


 驚愕する男の足を払い転倒させると、リベルカはそのあごに拳を叩き込んだ。


「ふがっ」


 昏倒する男を尻目に、立ち上がろうとしていた最初の男にも、同じように拳を叩き込む。

 あっという間に二人を戦闘不能に追い込むと、リベルカはすぐさま部屋を出た。






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