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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち9

 喉元に突きつけられた剣尖を見下ろし、ヒューリは苦笑をもらした。


「はて? これはどういうことでしょう?」


「貴様を殺すということだ、呪術師。見てわからんか」


 威圧的な声で告げられたのは、明確な殺意。

 剣を握るのは、総白髪の男。

 やっとの思いで国境までたどり着いたヒューリ。しかし、砦に向かって名前と亡命者であることを告げた途端、クルセニス兵に包囲されていた。

 そして現れたのが、この男。無言でヒューリの元まで向かってくると、挨拶代わりとばかりに突きつけてきたのが、目の前の長剣である。


「殺されそうになっているのは判りました。ですがしばしお待ちを。まだ初対面のはずですよね? 私の名はヒューリ・クロフ。平和を心から愛し、暴力を心から憎む好青年です」


「よく回る舌だ。とりあえず切り落としておこうかと思うが……どうだ?」


 物騒な台詞を口にしながら、男は剣尖をさらに前進させる。

 ヒューリの喉元に触れた切っ先は皮を裂き、浮き出た血液が糸を引くように剣を伝って地に落ちた。


「それはまた物騒な話だ。亡命者をすかさず殺すとは……クルセニスはあまり賢いとはいえないようですね」


 ヒューリの挑発とも取れる発言に、包囲していたクルセニス兵たちが色めき立つ。


「この状況でそこまで言ってのけるか。賢くないのは貴様の方だろう」


「無意味な恐喝はおよしなさいよ。殺すつもりなら最初からそうしているでしょうに。さっさと本題に入っていただけませんかね? こうやっていると首が疲れてしかたない」


 剣尖を避けるようにして首を反らし続けるヒューリにとって、それは単なる本心に違いなかった。

 が、相手はそれを素直に受け取らなかったらしい。


「貴様がまだ息をしているのは、俺の気紛れにすぎん。聞きたいことはあるが、あいにく術師は好かん性分なもんでな。さっさとその細首を切り落としてやりたいというのが本音だ」


「奇遇ですね。私もいきなり剣を突きつけてくる野蛮人は嫌いです」


 きっぱりとそういってのけるヒューリに、男はこれ以上は無意味なことと悟ったのか、静かに剣を下ろした。

 剣を納めると、周囲の兵たちに向かって持ち場に戻るよう声を張り上げると、再びヒューリと目を合わせる。


「ついてこいヒューリ・クロフ。聞きたいことがある。貴様を殺すのはその後だ」


「ちょうどいい。私も聞きたいことができました。無論、殺されるつもりはありませんが」


 ぞろぞろと持ち場に戻っていく兵たちにまじり、砦へ引き返す男の背中を追うヒューリ。







 案内されたのは、男の執務室らしき場所。

 薄々判ってはいたが、男はただの野蛮人ではないらしく、どうやら砦の責任者であるようだった。


「さて、まず聞きたいのはレンダールで起きたことだ。リベルカ・リインフォードからある程度は聞き及んでいる。が、術師のお前の見解も聞きたい」


 部屋にくるなり、早々に本題へと入る男。


「その前にお名前をうかがっても?」


 ヒューリの問いに、男はにべもなく吐き捨てた。


「聞かれたことにだけ答えろ、呪術師。名を告げ、易々と殺されてはたまらんからな」


「ははっ。そんなことをして私に何の得があると?」


「答えろ、呪術師。俺は貴様と世間話をしたいわけではない」


 有無をいわせぬ男の声音に、やれやれと肩をすくめるヒューリ。

 一つ、わざとらしく咳払いをした後、口を開いた。


「それでは、答えましょう。まず、憑代(よりしろ)の穴ですが、我々を犯人に仕立て上げるつもりだったのでしょうね。穴が空けられてからそう時間はたっていない様子でした。それと、現れた人形共ですが、こちらを殺す気はないようでしたね。大方、足止めか逃げる方角を限定したかったかのどちらかでしょう」


「なるほど。では、貴様らが到着したその時、他に誰かいなかったか? 無論、呪術師の貴様にしか感知できない類のものも含めてだ」


 男の奇妙な問いに、ヒューリは一瞬だけ首を傾げ、一転。

 直後にああ、と納得がいったように頷いた。


憑巫(よりまし)のことですね。残念ながら、帝国にその概念はありません。何人も立ち入ってはならぬ聖域という認識が強いですから」


 ヒューリの答えに、男の視線が鋭さを増す。


「やはり、知っていたか。黒髪に黒瞳。どう見ても帝国の生まれではないからな。知っているだろうと思っていた」


「まあ、知らない方がおかしいですしね。現に、一将校でしかない貴方ですら知っている事実なのですから。知らないのは、帝国の人間だけですよ」


 ヒューリの言葉に、男は首を振った。


「それは違うな。一将校である俺だからこそ知り得たことだ。軍部でも限られた人間のみ陛下から聞かされている。つまり、それを知っているお前の方がおかしいんだよ。たかが呪術師のお前がな」


 探るような男の視線に、しかしヒューリは目を逸らさない。

 男のいいたいことは、何となくヒューリにも判った。

 確かに、ただの呪術師が知っているはずのない情報なのだろう。しかし、それはあくまでクルセニスであったならばの話である。

 ヒューリの故郷ならば、誰にでも知り得るものだ。否、知っていなくてはならない。

 ヒューリが故郷について語り出そうとしたその時、男が不意にそういえば、と話題を変えた。


「貴様……《厄種》らしいな。それが本当なら、余計に疑問だ」


「はて? 確かにそうですけど、それがなにか?」


 首を傾げるヒューリに、男は疑問を口にした。


「レンダール帝国は、腕のいい術師なら厚遇をもって迎え入れると聞く。しかし、貴様は《厄種》だ。法気を主にした術は習得できない。そうだな?」


 ヒューリは頷く。

 一般的な術師は、法気を主にした法術師とそれを基本に派生したものがほとんどである。

 そして、《外法》と呼ばれる例外的な術師。

 呪術師はこの《外法》の術師に当たる。

 法気を必要としない特殊な術。

 故に《外法》。


「そんな貴様が“特一級術師”だという。術師に階級をもうけ、それをことさらうるさく管理するのが帝国のやり方だと聞く。ただの呪術師に与えられる階級としては、破格にすぎる」


「はあ、なるほど。それにしても、術師についてずいぶんとお詳しいですね」


「時代が時代だ。争う前に、まず敵を知る必要がある。勝つためにはな」


 男の言葉に、ヒューリは胸の内で感心していた。

 術師が戦争の主力となってから、数十年。

 ただ強いだけの剣士よりも、術師見習いの方が戦局を左右する時代に突入していた。

 嫌いというわりには、目の前の男は術師についてよく調べている。

 否、嫌いだからこそだろう。


「素晴らしい。クルセニスは将に恵まれていますね」


「はぐらかすな。お前は何者だ、呪術師」


 探るような視線はそのままに、男の全身からは僅かな殺気がにじみ出ていた。

 ヒューリの少しの挙動も見逃すまいと、鋭い視線に力がこもる。


「やだなあ。ただの呪術師ですよ、私は。たまたま、皇帝陛下と馬が合っただけですよ」


「くだらんな。もう少しマシな嘘をつけ。貴様は国を捨てた亡命者だろう? 今さら帝国に義理立てして何になる?」


 どうあっても、男は譲らない気らしい。

 目を逸らさず、じっとヒューリの返答を待っている。

 そこで、ヒューリは折れた。

 元々、隠すほどのことでもない。

 ただ、交渉の切り札としたかった。


「そうですね。では、取引としましょう」


「……取引だと?」


 ええ、と頷くヒューリに、男は口許に不敵な笑みを浮かべる。


「立場がわかっていないらしいな。貴様に拒否権はない」


「わかっていますとも。私は囚われの身。その上、すぐに殺されてもおかしくはない。奇跡的に貴方を打ち倒したとしても、後には砦のクルセニス兵たち。いや、自分でいうのもなんですが、お手上げですね。確かに、これじゃあ拒否権はない」


 そうだろう、とでもいいたげに男は笑みを深くし、頷く。

 それなら、と開いた男の口をヒューリの二の句が押し止めた。


「ですが、話を聞かずに私を殺せば、クルセニスは滅亡します」


 いい切ったヒューリに、男はしばしの間、視線をヒューリに合わせたまま動かなかった。

 やがて、くつくつと肩を震わせ、声を上げて笑う。


「面白い。それは予言か? 呪術師の手品は奥が深いな…………忠告しておいてやろう。クルセニスは脅しに屈しない。それが例え本当のことだろうとな」


「そうですか。残念ですね。私の話はおそらく、そちらの国王もたいそう聞きたい話のはずなんですけどね」


「取引には応じない。が、話は聞かせてもらう」


「おやおや。それはまた、ずいぶんと図々しい話ですね。それはそうと、私からも聞きたいことがあります」


 急に話を変えるヒューリ。

 男が先を促す前に、ヒューリは口火を切っていた。


「亡命者の二人は? 貴方の話では先にここにきていたようだ。聞かせていただけますかね?」


「そのことなら話してやろう。まっ先にお前に剣を向けた、直接的な理由がその二人だ」


 怪訝そうに眉根を寄せるヒューリに、男は答えた。


「亡命者を騙った兵への暴行。その後、主犯である白死病を追ったと思われる聖騎士も行方不明。もう一週間になるな。二人は現在、重罪人として指名手配されている」


 聞かされた話に、ヒューリは思わず額に手を置いた。



















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