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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち8

「失礼。貴方に少し、訊ねたいことがある」


 部屋を見渡しても、シロの姿はなかった。

 狭い部屋だ。隠れる場所もない。

 一足遅かったようである。希望が一瞬にして崩れ落ちた現実に落胆しつつも、リベルカは老人の眼前にまで歩み寄る。


「ほう。こんな時間にかね? 」


 柔和な笑みはそのままに、不思議そうに首を傾げる老人。

 リベルカは、改めて老人を観察した。

 奇妙な老人だった。こんな時間に突然、甲冑姿のリベルカが飛び込んできたにも関わらず、全く驚いた様子がない。

 行商人という割には荷物も少なく、殺風景な部屋にはテーブルの上の蝋燭と擦りきれた書物が一冊のみ。


「ふむ。盗むほど価値のあるものはここにはないんだがねえ」


「と、とんでもない! 誤解だ」


 観察するリベルカを野盗とでも思ったのか、相変わらずにこにこしながらそんなことをいってくる。


「私はクルセニス軍の者だ。貴方が今日、白髪の少女を連れていたと聞いた」


「おやおや。近ごろの軍人は剣を持っていないのかね?」


 思わずあ、と出かけた声をリベルカは必死に呑み込んだ。

 どうやら、観察していたのは自分だけではないらしい。


「これには……少し事情があってな。それより、白髪の少女のことだが」


 話を進めようとするリベルカに、老人はなおを食い下がる。


「それに見たところ、クルセニスの甲冑ではないようだが……装いを変えたのだろうか? いや、お恥ずかしい。近ごろは物覚えが悪くてね。見ていたとしても、てんで覚えていない。いやはや、年は取りたくない」


 老人は完全に見抜いているようだった。

 それなら、ごまかす必要もない。むしろ、面倒が減って楽だとさえ思えた。

 リベルカは、老人に亡命者であることを告げた。


「──なるほど。帝国からの亡命者と。それはそれは、さぞ苦労したことだろう。それで? その少女を探し出して、お嬢さんはどうするつもりなのかね?」


「無論、連れていく」


「どこへ?」


「砦にいるガラント・エルグッドの元へ。シロ──件の少女は、砦を守るクルセニス兵に暴行を加えている。しかし、今ならまだ間に合う。事の詳細を聞き、弁明の機会を与えてもらうつもりだ」


 いい切ったリベルカに、老人はやれやれとでもいいたげに首を振った。


「お嬢さん。理由がどうあれ、連れていけばその場で処刑される。お嬢さんのいた帝国では、軍人が暴行されても事情が事情なら無罪放免なのかい?」


 違う。

 それはあり得ない。もしも、帝国の軍人が暴行を加えられれば、問答無用で処刑である。

 沈黙するリベルカに、老人は一つ頷いてから、続ける。


「お嬢さん、君はどうしたい? その少女は、君にとって大事な人なのかね?」


 出会って間もない。

 その上、シロの人格は破綻しているといっても過言ではないし、リベルカにとって特別な人でもない。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「大事だ。守るべき存在だ。私が私である以上」


 そう、リベルカ・リインフォードは騎士なのだ。

 故に──


「騎士にとって、全ての弱者は守るべきものだ」


「よろしい。なら、守ってあげなさい」


 微笑の上に微笑を重ねた老人は、嬉しそうに頷いた。

 直後。ベッドの空間が何の前触れもなく歪んだ。

 歪みは広がり、ベッド全体を包み込もうと空間を侵食していく。

 やがてぴしり、と硝子(がらす)にヒビがはいるような音をたてて、空間に亀裂が走る。

 亀裂はみるみる内に拡散し、蜘蛛の巣のように広がっていく。

 そして、ついに。

 粉々にくだけ散った。

 そしてそこには、安らかな寝息をたてる白髪の少女が一人。


「し、シロっ!?」


 驚愕に声を上げるリベルカに、老人が口許に人差し指を添えて片目を閉じている。

 その口許が、悪戯っ子のように怪しげに歪んでいた。


「だ、騙したなっ!?」


「これこれ、人聞きの悪いことをいうんじゃない。この子には恩があるからね。みすみす死なせるわけにはいかない」


「恩? シロに?」


 にわかには信じ難い話である。

 首を傾げるリベルカに、老人はころころと喉を鳴らして笑った。


「足がね。もう年なんだろうねえ」


 いわれて初めて、リベルカは気づいた。

 老人の右足が青く腫れ上がっている。

 しかし、治療は施されているようだった。どこにでも転がっている木の枝で足を固定し、つる草のようなもので縛っている。

 どう見ても応急処置。それも、酷くつたない。


「盗賊に襲われてね。揉み合った挙げ句、この様だ。反抗的なのが癪に障ったんだろう。危うく殺されそうになったところを、そこの娘さんに助けてもらったんだよ。それどころか、おぶって次の街まで送ってくれてね。小さい身体の割に恐ろしいまでの力で腰を抜かしかけたよ」


 笑って告げる老人。

 リベルカは驚くと同時に、やはりそうなのだと思った。

 シロはやはり、中身は普通の少女なのだと。


「これは確認なんだがね」


 そう前置きした老人の顔に、初めて陰が差した。


「この子は白死病なんだろう?」


 寂しそうに問う老人に、リベルカは頷きを返す。


「そう聞いている。ただ、病に進行は見られないらしい」


 老人を気遣い、シロが死ぬことはないと告げてみせても、老人の表情は晴れなかった。


「アスヴィオルの悲劇。かの病は不治にして確実な死をもたらすと聞く」


「確かに、彼女はアスヴィオルの人間だ。だが、こうして生きている。死ぬことはない」


「そうじゃないよ、お嬢さん」


 告げる老人の悲しみを湛えた瞳は、過去を覗き見るかのように、どこか遠くに向けられていた。


「この老いぼれの未熟な隠術じゃ、動くものは隠せなくてね。せいぜいがこうやって、眠った小さな身体を包み隠すのが関の山よ」


「貴方はいったい、何がいいたい? なぜ、そんな顔をする?」


「お嬢さん、君は見てこなかったのかね? 彼女と歩く時、すれ違う人は皆が皆、恐怖に震え、中には剣を抜く者さえいた。わかるかい? こんなにも小さな身体なのに、果てしなく広大な世界で……彼女は、たった一人なんだ。それはきっと、死ぬよりも辛い孤独だよ」


 老人の言葉は、リベルカの胸を深々とをえぐった。

 シロを子供だと再認識した今だからこそ、それは余計に鋭く突き刺さり、身体の内側にトゲにも似た痛みを残していく。


「この子を守るということは、一人にしないということだ………もう一度言おう。守ってあげなさい。残念ながら、先の短いこの老いぼれじゃ、それは叶わないことだからね」


 寂しそうに口にした老人に、リベルカはすぐには返せなかった。

 シロといつまでも一緒にいることは出来ない。

 家族でもない。

 なにより、リベルカは騎士である。その剣はただ一人、皇帝にのみ捧げている。この身は誰かのものではなく、祖国と民の盾であり、忠誠は愛剣と共に皇帝陛下の元にある。


「……守るさ。私は騎士だからな」


「よかった。胸のつかえが取れたよ」


 心底、ほっとしたように微笑む老人。

 彼は右手を差し出し、リベルカがその手を取る。


「まだ名乗ってなかったね。アバンだ。家名はない」


「知っている。私はリベルカ・リインフォード。レンダール帝国軍所属の聖騎士だ」


 リベルカが答えるなり、老人はよし、と腰を浮かせる。

 怪我が酷いらしく、よろよろと立ち上がると、ベッドで横になるシロの側へと片足を引きずっていく。

 そして、シロの側までくると、彼女を優しい手つきで揺すってやる。


「ほら、お迎えがきたよおチビさん」


 ことさら優しい声音でアバンが告げると、やがてシロは目を開けた。

 寝ぼけ(まなこ)でぼんやりとした視線をアバンに向け、


「あーアバン。おはよぉ」


 大口を開けてあくびをし、そこで初めてリベルカと視線があった。

 瞬間、半分閉じていた目蓋(まぶた)がすっと持ち上がる。

 そして、瞳に浮かぶ敵意。


「……いつからいた」


 真っ向から投げつけられる敵意も今や慣れたもの。

 リベルカは苦笑し、


「さっきだよ。さあ、準備をして。今から出る」


「冗談じゃない。アタシはアバンを王都へ連れていく。邪魔するなら殺す」


 敵意の中から殺気の芽が覗く。

 それはあっという間に巨大な刃となり、リベルカの喉元に添えられた。

 戦場では嫌というほど向けられてきたもの。それが幼い少女から向けられることへの悲しみを、リベルカは少しだけ胸に抱く。

 それでも、リベルカはひるまない。


「馬鹿を言うな。王都へ行けば君は殺される。それが判っていて行かせると思うか」


「邪魔しないで。お前には関係ない」


「ある。私は騎士だからな。君を守る義務がある。殺す気なら、そうすればいい。いくらでも殴れ。そして殴るなら、忠告しておこう。私をそこらのボンクラ共と一緒にしない方がいい。そうやすやすと倒れはしないよ」


 リベルカは感じていた。自分の頬が自然と緩んでいくのを。

 ただの幼い少女と再認識してしまったからだろうか。

 今になってやっと、初めてシロと向き合えたような、そんな気がしていた。


「なにがおかしいの? アタシ、本気だから」


 膨れ上がる殺気。

 今にも飛び上がらんと犬歯を剥くシロ。

 口許を僅かに緩め、微動だにしないリベルカ。


「──やめなさい」


 やんわりと告げられたアバンの声に、その場に満ちる殺気が霧散した。


「暴力はいけないよ、おチビさん。どうしても譲れないものがあるなら、相手を納得させなさい。力でじゃなく、言葉でね」


 諭すようなアバンの声にシロはうつむき、口をつぐむ。


「で、でも!」


 再び顔を上げたシロに、アバンは無言で首を振った。

 微笑んでこそいるが、その笑みは決して折れないことを暗に告げているようで。


「…………」


 無言のまま、シロはリベルカに視線をよこす。


「なんだ? 言っておくが説得なら無駄だぞ? 君を見殺しにはしない。決して」


「王都へ行かせて。アバン、怪我してるの。一人じゃ帰れない。このままじゃ仕事もできない」


 それは自分たちには関係のないこと、そう告げようとしたリベルカの目の前で、シロは真っ白な頭を下げた。


「お願い。行かせて」


「く、くく。はははっ。そうきたか。これは予想外だ」


 まさか、お願いとは。

 あれだけリベルカを毛嫌いしているシロが。


「移動は夜だけだ。それから、きちんと私の前でも寝ること。この二つだけは守ってもらう」


 いうなり、ぱっと表情を明るくさせるシロ。

 ──なんだ。ちゃんと笑えるんじゃないか。

 初めて目の当たりにするシロの笑顔に、ほんのりと胸が暖かくなる。


「さて、それじゃあ準備にとりかかろうか」


 まずは人目を引くこの甲冑をなんとかせねばなるまい。

 話はそこからだ。








































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