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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち7

 広がる惨状は、想像を絶するほどのものだった。

 石造りの壁は鈍器でも打ちつけたかのごとく、木っ端微塵に粉砕されており、穿たれた穴からは冷たい風が吹き込んでくる。

 破壊は一ヶ所に止まらず、そこらかしこに砕け散った砕石が転がり、中には僅かに血のついたものもある。


「…………」


 その光景にリベルカは息を呑んだ。

 眼前に横たわったクルセニス兵の数は、十ではきかないだろう。頬を真っ赤に腫らした者や、目の上に青痣をこしらえている者などはまだマシな方で、顔面が変形させられている者など生きているのかすら怪しい。


「これで生き残る道は消えたな。小娘だけでなく、お前も」


 傍らに立つガラントは抑揚のない声音で告げると、無事だった者たちを集め、次々と指示を出していく。

 兵士の各々が動き出していく中、甲冑を身に付けていない数名の者が倒れるクルセニス兵たちの側で治療を始めていた。おそらく、法医であろう。高度な法気の操作は怪我人の治癒には最適であるらしい。術に詳しくないリベルカでさえ、それは知っている。

 幸いにも死亡者は出ていないらしく、治療を終えた法医たちが一人、また一人とその場を立ち去っていった。それと入れ代わるようにして、完全武装を終えたクルセニス兵たちがさらなる指示を求めてガラントの元へやってくる。

 砦内を慌ただしい雰囲気が包み込んでいた。そこで一人、茫然と立ち尽くすリベルカを置き去りに。


「お前にも協力してもらうぞ、リベルカ・リインフォード。小娘を捕らえ、早急に王都へ連行する」


 有無もいわせずそれだけを告げ、ガラントは足早にその場を去った。

 残されたリベルカは一人、幼い少女が作り出した惨状を見つめ、


「…………なぜだ」


 誰にでもなく呟いた。

 弁明の余地はない。

 亡命と偽り、兵を害した罪人として連行されるだろう。そうなれば最期。無実を晴らすどころか、亡命先ですら罪人として処刑される。

 本末転倒。

 しかし、まだ何かできるはず。


「諦めない。私は……」


 必ず、祖国に帰る。

 できることは限りなく少ない。

 誰よりも早くシロを見つけ出し、事情を聞く。そしてその上で、許しを乞う他ない。あの獣のような少女のことだ。事情があるのかどうか怪しいものだが、なければでっち上げればいい。

 幸いにも、ガラント・エルグッドは話せば判ってくれるだけの度量のある男に見える。死者が出なかったのは僥倖だった。

 ちらり、とシロの仕業と思われる壁に穿たれた穴へと視線を向ける。

 どうすればこれほどの破壊を成し得るのだろう。

 少し屈めば容易に通り抜けられるほどの大穴を、リベルカはくぐった。


「シロ……どこへ向かうつもりだったんだ」


 視界には、どこまでも広がる大草原。

 その中心を切り開くようにして伸びる整備された街道は、クルセニスの主要都市へと伸びている。

 ヒューリを追うにしても、真逆の方角だった。

 しばしの逡巡の後、リベルカは草原に踏み出した。

 迷っている暇はない。少しでも早く、シロを見つけ出さなくてはならない。








 陽が僅かに沈み始めた頃、リベルカはクルセニスの街に到着していた。

 小さな街である。仕事を終え、汗を脱ぐって家に向かう者や、仲間と肩を組んで酒場に繰り出そうとしている者。そんな彼らは皆が一様に、明るい金髪をなびかせていた。

 その光景に、リベルカは不思議と居心地の良さを感じていた。

 自分と同じ金髪。祖国では嘲りの対象であるそれが、この街ではごく当たり前のもので。その事実が、非常時だというのにリベルカの心を何故か安らかにしてくれる。

 否、非常時だからこそか。

 焦りと不安で押し潰されそうになる心が、自然と平静になっていく。


「聞いたかい? レンダールから亡命者だってよ。それも聖騎士って話だぜ」


 ふと聞こえてきた住人の話に、リベルカは自然に耳を傾けた。

 どうやら、話の中心には自分がいるらしい。


「聞いた聞いた。兵隊さんがいってたよ。なんでも聖騎士の連れがとんでもねえ化物だとかで、偉い慌てようだったね」


 聞き耳を立てていたリベルカは驚きのあまり、思わず声を上げそうになった。

 追手の行動が早すぎる。

 徒歩とはいえ、リベルカも走ってここまできた。

 距離もそう遠くない。

 にも関わらず、クルセニス兵はすでにこの街に入っていた。

 考えられるのは騎馬での捜索。それなら、リベルカに勝ち目はない。

 驚異的な運動能力を持っているとはいえ、シロは子供である。そう遠くない場所にいるはず。安易にそう考えてしまっていた。

 何も考えずに飛び出した自分が酷く滑稽に思え、リベルカは唇を噛み締める。


「にしても化物ねえ。レンダールも恐ろしいものを……こっちに来なくてよかったよ全く」


「確か、見た目は子供だったな。髪は真っ白なんだとか」


「…………は、え? ちょいと待てよお前さん。それってアバンじいさんが連れてたガキじゃ」


 それ以上、聞く必要はなかった。

 リベルカは話をしていた二人の間に飛び出ると、唖然とする男の肩を乱暴に引っ掴んだ。


「その話、詳しく聞かせてもらえるか」


 早口でまくし立てるリベルカを、男は迷惑そうに振りほどく。


「離せっ! な、なんだってんだアンタ!? 」


「軍の者だ。いいから話してくれ。一刻を争う」


 リベルカの真剣な表情に気圧されたのか、男は改めて彼女に視線を向ける。

 上から下まで眺めた後、身にまとう甲冑姿に納得したのか、すぐに知っていることを語り始めた。


「兵隊さんがくるちょいと前のことだよ。アバンのじいさんが何時もみたいに──」


 男の話によると、アバンというのは行商を営む老人で、週に一度はこの街を訪れるという。

 クルセニスの北部一帯を行商路としているらしく、いつも一人なのに今回に限って小さな女の子を連れていた。

 白髪という、白死病を彷彿とさせる容貌に街の住人たちは大いに慌てた。しかし、老人の孫ということで皆、納得したのだという。


「まさか嘘だったなんてな」


 信じられない、とでもいいたげに表情を曇らせる男に、リベルカは急かすように居所を訊ねた。


「カナーロに向かってるはずだ。ここから街道沿いにいって、分かれ道を西に行けばすぐだ」


「恩に着る。それと、この事は他言無用に願う。無論、他の兵たちにも」


 リベルカの言葉に、思わずといったように男が首を傾げた。


「い、いやいや。一緒に探した方がいいんじゃねえのかい?」


「そうでもない。こう見えて腕には自信がある。それに、私も武功が欲しくてね。邪魔だてはされたくない」


 急ごしらえの嘘に男はなるほど、と得心がいったように頷く。


「それと……ものは相談だが、馬が欲しい。この街に馬はあるかな? 無論、後で軍がそれ相応の報酬を支払う」


 クルセニス軍の人間でもない自分がよくもと思ったが、もはやリベルカになりふり構っていられる余裕はない。

 男はそれなら、胸を張って頷いた。







 馬を手に入れ、目的のカナーロにたどり着いた頃には、すでに辺りは暗くなっていた。濃厚な闇の中央に、明るく浮かび上がるのは、巨大な街。

 帝都には遠く及ばないものの、高い壁に囲まれたそれは紛れもない大都市。

 リベルカは街に着くなり、アバンを探し歩いた。

 宿という宿をしらみ潰しに訪ねていく。

 迷惑そうな顔をされるだけならまだマシな方で、時には声を荒げて追い出された。

 睡眠不足がたたっているのだろう。ふらふらとおぼつかない足取りで街を徘徊した結果。

 ついに、見つけた。


「アバン? ああ、あのじいさんね。いるけど、こんな時間になんだってのさ? 明日じゃダメなのかい?」


 宿屋の女店主が迷惑そうに眉間にしわを寄せるも、リベルカは鬼気迫る表情で声を上げる。


「ダメだッ! 部屋に案内してくれ! 今すぐ!」


「わかったわかった。わかったから落ち着きなって」


 リベルカの剣幕になんだってんだ、とぶつぶつ文句をいいながら、女店主はリベルカを部屋の前まで連れていく。


「他の客もいるんだ。揉め事なら外で頼むよ」


 言い残し、さっさとその場を後にする女店主。

 数回のノックの後、返事も待たずに部屋に飛び込んだ。


「…………おやおや。礼儀を知らんらしいな、お嬢さん」


 非難にも取れる言葉とは裏腹に、禿頭の老人はにこやかな微笑でリベルカを出迎えた。
























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