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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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白き病

 

「──承服しかねます。やはり私には納得できない」


 長い沈黙の後、黒髪の青年は居並ぶ重鎮たちに向かって二度目の拒絶を示した。


「わかっているのだろうな、ヒューリ・クロフ。自分の云っていることの意味が」


 再三に渡る説得も無駄に終わり、痺れを切らしたのであろう重鎮の一人が、声に威圧を含ませる。

 しかし、ヒューリと呼ばれた青年は答えない。

 返答がないのを見て取ると、声に威圧を含ませたままの男が続ける。


「貴様が生きていられるのは我らが聖帝陛下のご慈悲によるもの。まさかとは思うが、それを忘れた訳ではあるまいな」


「調査は陛下のご意向によるものだと? かの聖域を侵してまで?」


 そんなはずはない、言外にそう信じて疑わない響きがヒューリの声にはあった。


「ただの調査だ。そのために少しばかり踏み入ろうというだけのこと」


「お言葉ですが、その“少しばかり”で大勢の行方不明者が出ています。ご存じのはずでは?」


「それ故、貴様に白羽の矢が立ったのだ。呪術師たる貴様に、な」


 告げる男の視線に、侮蔑の色がちらつく。

 祖国に仕える臣下を差し置いて、重用される若人への嫉妬からくる類のものだろう。ここ数年で嫌というほど差し向けられてきた視線。当初こそ身構えたものだが、今ではすっかり慣れてしまっているヒューリにとっては、日々の光景の一つでしかない。身構えるどころか、いつも通りで安心してしまう。

 そして、彼ら人間はいつも決まって同じ台詞を口にするのだ。


「“厄種”めが。貴様に選択肢はない。ただ、従っていればいい」


 手間取らせるな、と言わんばかりの男にヒューリは無言で頭を下げた。それのみを退出の礼として。





 屋敷を出ると既に陽は沈み、代わりに顔を出した月が帝都の闇を照らしていた。

 ヒューリを出迎えたのは、月光を背に屹然と佇む甲冑姿の女。

 帝国人にしては珍しい黄金色の髪が月夜に映える。


「おはよう、リベルカさん。お務めご苦労様です」


 にこやかに微笑むヒューリに、女は海色の瞳を向ける。僅かに一礼した女。その表情は微動だにせず、口のみを開いて返す。


「もう夕刻です、ヒューリ・クロフ。旅支度はお済みで?」


「私にとっては朝ですよ。なにせ、早朝から貴女方に叩き起こされ、今の今まで監禁されていましたので」


 笑顔で毒を吐くヒューリ。ただのやつ当たりだが、それでも気分は収まらない。

 それにしても、と前置きしてから尚もヒューリはやつ当たりを続ける。


「貴女も随分と暇なようだ。朝から私の所に押しかけた挙げ句、こうやって今まで待っているなんて。その上、まだ私の側を離れようとしない。いくら命令とはいえ、普通の神経ではなかなか出来ないことですよ」


「旅支度はお済みで?」


 ヒューリのやつ当たりなど意にも介さず、先ほどと同じ台詞を口にする女騎士リベルカ。


「……はあ。異国人と話している気分ですよまるで。これからは長旅になるでしょうし、その間に少しでも互いをよく知り、善き話し相手となってくれることを願います」


「旅支度はお済みで?」


 繰り返される問答に、ヒューリは無言で額に手を添えた。


「どうあっても、貴女とは相容れないようですね。残念だ」


 ヒューリの台詞をどう受け取ったのか。リベルカは、


「では、参りましょうか。付いてきてください」


 どうあっても、今から帝都を出なければいけないらしい。

 リベルカは、ヒューリが抗議の声を上げる暇も与えずに進んでいく。

 鎧の上からでも判るほどに華奢な背中。追いかけるのは従者ではなく、情けない顔で諦めたように背を丸める黒髪の青年。


「本当に今から? 恥ずかしながらこう見えてあまり健康なほうではなくて……せめて、明日の朝というのはどうでしょう? そうだ。それがいい! 夜更かしはお肌にも悪いですし」


 黙々と進む女騎士。振り向くどころか、相槌もない。ヒューリを言葉を話す人形と同列に扱っているかのようだ。

 それでも、若き呪術師はめげずにリベルカに言葉を浴びせかける。


「少し肌寒くなってきましたね。秋の足音も聴こえぬままに冬になりそうだ。今でこれだと、今宵はかなり冷え込むでしょうね。どうです? 帝都を出る前に火酒でも」


 当然のごとく、リベルカは反応しない。

 リベルカ・リインフォードという実直な女騎士は、仕事という一部分を削ぎ落としてしまえば一欠片もその存在が残らない。一部分ではなく、存在の全てが仕事一色。そういう女であった。

 ここ数年の付き合いで、仕事以外での会話が成立したためしがない。その性質を判ってはいるものの未だ納得はしていないヒューリ。

 睡眠時間を除き、リベルカはずっとヒューリにくっついている。それこそ四六時中である。もはや身体の一部といってもいい。

 帝都滞在中の護衛にと遣わされた彼女だったが、早い話が監視である。表立って口にする者はいないが、それは周知の事実であった。

 外を出歩くだけで必ず引っ付いてくるのだ。一人の時間を盛大に奪われている。せめて、話し相手くらいにはなってもらわないと割に合わない。


「あ、そうそう。火酒といえばホウガ。かの国では近頃、かなり高純度の火酒が出回っているようです。なんでも奇妙な旅人が突然造り上げたらしく、味は灼熱、しかし格別とあってそれこそ人気に火がつく勢いだとか」


 火酒だけにね、とヒューリが得意気な顔で笑ってみせるも、当然のごとく反応は返ってこない。それどころかリベルカは、立ち止まる素振りもなく、耳を傾ける気配すらもない。ただ、すたすたと先へ進んでいく。

 無言の背中へ向かって一方的に話し続ける青年。

 お手本のような行進で黙々と進んでいく女騎士。

 異様ともいえる光景を放つ二人の空間。が、夕刻ということもあってか、幸いなことに周囲からの視線はない。


「──で、結局は彼女も歌わなかった、と。いやしかし、《歌姫》というのも大変ですね。望んでいたかどうかはともかく、今では周囲が彼女を離さない。無論、自由など皆無。まさに籠の中の鳥…………おや? まるで今の私のようですね」


 ヒューリの話は火酒から歌姫のそれへと変わっていた。

 既に返答は諦めている。それでも尚、話し続ける理由は一つ。ただの嫌がらせである。


「貴女も頑固な人ですね。少しは肩の力を抜いては如何です? もっとこう、気楽に生きた方がいいと思いますけどね私は。貴女のその姿勢は任務に忠実というよりも、任務に隷属(れいぞく)しているかのように見受けられます」


 判りやすい挑発。

 しかし、リベルカは乗ってこない。無言のその背中に、さして意味もないだろうに身ぶり手振りを交えて再び話を始めるヒューリ。

 と、進んでいた華奢な背中が唐突に停止した。


「着きました。ヒューリ・クロフ」


 云われて初めて、自分が何処にいるのかをヒューリは知った。

 帝都の南西。一般人の立ち入りを堅く禁じられた場所。広大な土地に巨大な建物が一つきり。しかし、その建物こそが問題だった。


「……千年塔、ですか?」


 呟くヒューリ。

 視界に収まり切らないほどの広大な土地。その大半を占める塔とは名ばかりの平坦な建築物。高さは一般家屋の二階建てと同程度である。とても塔には見えない。

 外壁は四方へ広く長く伸びており、一見すると巨大な箱のようにも見受けられる。

 漆黒の外壁は高純度の黒鏡鉱を用いているのか、異様なほどの光沢を放っていた。夜空をそっくりそのまま映し出すその様は、まるで月と星々の輝きをまとう神秘の箱である。

 しかし、耳が痛くなるほどの静寂と、門前に立つ完全武装の兵士たちの姿は、神秘とは無縁の圧力を放っている。


「貴女もなかなかいい趣味をしていますね、リベルカさん。ディナーは選び抜かれた極悪人の巣窟で、というわけですか」


「足元にご注意ください。案内は門番に任せればよろしいので」


 告げるリベルカは、ヒューリの返事を待つことなく、門番と何事かを話し始めた。おそらく、千年塔内部への立ち入りに関する事だろう。

 門番らしき男は完全武装の上、抜き身の剣まで握っている。些か物騒にも思える格好だ。しかし、千年塔はその性質上、警備に過敏にならざるを得ない理由がある。


「ほほう、なるほど。とうとう私を牢獄にぶち込む気になりましたか。感謝の言葉もないですね。これでやっと解放される」


 話の最中であるにも関わらず、ヒューリは無遠慮にリベルカに皮肉を投げつける。

 無論、リベルカは反応を示さなかった。

 が、門番の方はそうもいかなかったらしい。

 随分とかしこまった様子でリベルカと話していた門番の男は、ヒューリが横槍を入れた途端、露骨に眉をひそめた。先程まで浮かんでいた愛想笑いはナリを潜め、表情は嫌悪に歪められている。


「失礼ですが、そちらの方は?」


 疑惑に満ちた目をヒューリに向けたまま、男はリベルカに問う。

 知らないはずはない。ヒューリが帝都に入ったのは昨日今日の話ではないのだ。

 それに、ただの旅人というわけでもない。

 帝都の有名人といえば、必ずといっていいほど上がる名前の一つがヒューリ・クロフである。理由の良し悪しは別にしてだが。

 帝都の噂話に(うと)いヒューリでも、自分がどう見られているかくらいは判っているつもりだ。

 帝国人──それも国家に仕える立場の人間が知らないはずはない。


「実にわざとらしい。役者にでも転向されては? 兵士ではなく」


 にこりと微笑むヒューリ。

 それに比べ、門番の男は怒りで顔中を真っ赤に染めていた。


「調子に乗るなよ“厄種”風情が。案内はしてやるが、中で気を失わないよう精々気をつけることだな」


 男が苛立たし気に吐き捨てると、それを頃合いと見たのか、リベルカは振り返って、


「中へどうぞ、ヒューリ・クロフ。案内役は二人。武器やその他脱走に利用される可能性のあるものは持ち込まないでください。それでは」


 私はここでお待ちしています、と無表情で告げるリベルカ。


「いやいや、ちょっと待ってくださいリベルカさん。中で私に何をしろと? ここは聖域ではありません。それどころか獣の巣窟だ」


「詳細は責任者へお聞きください」


 責任者。それはつまり、千年塔の看守長ということだろう。

 ますますおかしな話である。

 嫌な予感しかしない。

 食い下がろうとしたヒューリの眼前に、門番の男が割り込む。


「さっさと歩け。リインフォード様は暇ではない。無論、俺もだ」


 強引に話を打ち切った男は、未だ苛ついたままの様子で開門の指示を出した。





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