逃亡生活
「え?」
目の前の光景にリンファは絶句する。
自分は確か、王宮の中に居た筈なのだ。しかし、彼女が立っているのは外側だった。
「・・・此処は?」
リンファは傍らに立っているイオンに問い掛ける。
「そうだなぁ・・・特に決めてた訳じゃ無いから・・・とりあえず、外かなと思って出ちゃったし」
「・・・つまりは、分からないんだな」
「ごめんね?」
思わず、息を吐き出す。リンファは脱力するのを抑えられなかった。
本当は分かっているのだ。彼が心を砕いてくれたのだと。本来なら、彼がこんな事をする必要など無いのだ。
(・・・しかし、何処か分からないのは困る)
恐らくはイオンも町には詳しくないだろう。リンファは言わずもがな、分かる筈が無い。
そんな状況で、何時まで持つだろう。
(とりあえず、逃げるしかないか)
リンファはセイラム王国にとって、厄災になってしまった自覚はある。直ぐに、捜索の手が伸びるだろう。
せめて・・・イオンは何とかしなければ。リンファは決意を胸に逃亡生活を始める事となった。
まずは王宮から離れる事にした。イオンが魔法を使えるとは言っても、それはセイラムの王族には当たり前の事。彼らに見つかる可能性は高い。
イオンの魔力がどれ程の物なのかは分からないが、強くても数が多いセイラム側には敵わないと思う。
一度、王宮を振り返る。あそこにはまだ、自分に付いて来てくれた侍女達が居る。
しかし、戻る事は出来ない。
リンファは小さな声で侍女達に謝った。聞こえたのはイオンだけだろうが、リンファの耳には侍女達の呆れながらも、仕方ないと笑う声が聞こえた。
「・・・イオン、すまない」
謝罪にイオンは笑うだけ。その笑みはリンファの荒れ出しそうな心を落ち着かせる。
(自分にも、魔力が有ったなら・・・)
そうだったなら、自らの力で逃げ出せた。誰かを巻き込む事も無かったのだ。
・・・ロヴァーナが花嫁に指名されたのも、魔力が理由だった。魔力が強かったが、自ら扱う事は出来なかった妹。そういう者は子供にその魔力を引き継げる。
リンファは弱くても、僅かながらに扱う事が出来た。火を灯す、水を出す程度には。でも、所詮はその程度だが。
先程、イオンがしたのは空間を飛び越える物。遥かにリンファを凌駕している。
「イオン」
僅かに恐れを滲ませ、彼を呼ぶ。
「お前は、何者なんだ?」
イオンはリンファの疑問に答えをくれなかった。
日がその姿を半分隠した頃、二人は宿を見つけ出した。歩き続けた身体は疲労を訴える。
リンファはベッドに入ると直ぐに眠りに就いた。
その頃の王宮は、静かな怒りに満ちて・・・何時もより、暗く見えたと言う。
リンファが王宮から姿を消した後、侍女達は安堵していた。大切な姫君がこの魔窟から逃れたのだ。
後は、彼女達が逃げられたら良いのだが・・・その必要は無かった。王宮の者達は何故か、彼女達の存在を忘れていたのだ。
三人は話し合った。
「ねぇ、逃げた方が良いかしら?」
「そうね・・・でも、折角だもの、気付かれないのだから・・・ね」
「じゃあ、見て行きましょう。役に立つ事も有るでしょうし」
三人は目の前を何度通り過ぎようと、耳元で大声で歌ってみても、何をしても気付かれなかったのを利用する。