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昼食はツィツィーリエの部屋の近くの大広間よりは小さいが、ミリアム王国にそれとは同じ位の部屋で行われた。
そして、入室したリンファの目に飛び込んで来たのは、金と白。金は勿論、ツィツィーリエの髪だ。白はと言うと・・・リンファは目を見開いた。
「この子が、面白い子ね」
白髪に赤い瞳。楽しげに細められた赤は真っ直ぐにリンファを見つめている。
「ええ・・・そう思うでしょう?エミアーナ」
「・・・・・・そうね」
エミアーナ。その名前は知っていた。
セイラム王国第十八王女の名前である。外見も聞いていた通り。老女の様に白い髪に、煌めくルビーの瞳。そして、病気かと思う白さ。
リンファは背筋を冷や汗が流れるのが、良く分かった。
楽しげに笑う大国の王女達と、それとは対極なリンファ。目の前には豪勢な料理が並んでいるが、リンファの目には入っていない。
(早く、立ち去りたい)
彼女の中にあるのは、一刻も早くこの場から逃れる事だった。味など、既に分からない。
「ふふ・・・そんなに急がなくても、良いのよ?」
心を読まれている気がした。更に溢れる汗にリンファは震えそうになる。
(生きた心地がしない)
リンファは無意識の中に拳を握り締めていた。中々消えない緊張感に拳の中は汗でびっしょりだ。
「大変だったね」
呑気に笑うイオン。
そんな彼を殴りたいと思う。身体が素直に行動した。
手に伝わる感触に自身の行動に気付く。思っていたよりも疲労している様だ。
殴られた箇所を撫でるイオンが目に入る。
「すまない・・・つい」
「うん。良いよ・・・俺も配慮が足りなかった」
殴ってしまった所に手を伸ばす。瘤になったりはしてない様だ。
それでも、抑え切れずにしてしまった事はリンファにとって不安になる。今後、同じ様に思って、抑えられるのか。
(・・・無理だ、きっと)
リンファは溜息を吐く。
「辛い?」
「・・・そうだな。国を離れるのは、初めてだし・・・」
「じゃあ・・・」
リンファの不安にイオンは微笑んだ。そして、次の言葉にリンファは目を見開く。
「逃げちゃおう」
「え・・・」
イオンは驚くリンファの腕を捕らえる。柔らかな笑みとは正反対に力強い手に驚く。
その手に引かれるまま、歩いた。迷子になったみたいだと、リンファは自嘲する。いや・・・迷子と同じなのだ。
「・・・何処に行くんだ?」
リンファは問い掛けながら、不安が消えているのに気付く。
(不思議だ)
これから、彼が何処に行こうとしているのか聞きながらも、何処でも構わないと思っている。今更ながらに、僅かな時間でもリンファはイオンを信頼出来たのだと、気付いた。
「とりあえず、此処から出るよ」
しかし、イオンの言葉は無謀だ。セイラムの王宮は見事な城塞でもある。出る事は簡単では無い筈。
だが、そう思っても不安は浮かばない。
「しっかり、捕まって」
イオンが腕を差し出す。リンファがその腕に捕まると、いきなり浮遊感にも似た不快感が襲って来た。思わず、目を瞑る。
「リンファ」
イオンに呼ばれて目を開く。すると、目の前に王宮の見事な城塞があった。
こうして、リンファの逃避行が始まった。彼女の意志とは関係無く。
リンファ姫の逃避行 完