3
呆然と歩く。リンファの目の前に広がるのは白薔薇の群れ。
「・・・こんなに沢山・・・凄いな」
かなりの手間を費やしただろう事が分かった。
美しい光景にリンファは己の立場を忘れそうになる。
リンファはただただこの空間に囚われていたくなったが、もう直ぐ部屋に戻らなければいけない事を思い出す。侍女達に心配されるのは困るのだ。
「・・・・・・もう少しだけ、良いか?」
何かに訊ねる様にリンファは呟く。返事は無い筈だった。
リンファは後ろで葉が擦れる音を聞いた。
「誰だ!?」
振り返る。そして、目に入ったのは紫。深い紫の瞳がリンファの紺色の瞳を見つめていた。
リンファは呆然とその紫を見る。美しい色だが、妖しい。
彼はただそこに立っているだけだ。
「・・・お前は・・・・・・」
リンファの戸惑いを感じてか、彼は笑う。優しい笑みだった。彼女を安心させる為の笑みだろう。
輝く銀の髪。最近見る髪の色が派手な物ばかりだとリンファは思う。
「はじめまして、ミリアムの世継ぎの姫君」
彼の声は柔らかで・・・リンファの脳裏に妹と駆け落ちした婚約者の顔が浮かんだ。彼は何処となく似ている。
(・・・何故だろう、無性に殴りたくなってきた)
流石にそれは不味い。此処は自国では無いのだ。彼が何者か分からない状態ではかなりの危険行為になる。
リンファは堪えた。理由の分からない鼓動から必死に逃げたのだ。
彼はイオンと名乗った。
リンファはイオンの様子に懐かしさを覚えた。婚約者に似ている彼は本当に優しげな青年だった。婚約者がそうであった様に。
微かに感じた胸の痛みをリンファは無視する。
「イオンは何故、此処に居たんだ?」
「よく来るからね」
不思議な青年。彼を表す言葉をリンファはこれしか思い浮かばないでいた。何者か分からない。なのに、危機感を感じない。
イオンを真っ直ぐに見て、リンファは頷く。
「お前は不思議な奴だな」
リンファの呟きに笑う彼は、セイラム王国にやって来てから、やっと見つけた見方だった。
その後、日が暮れてから戻ったリンファは侍女達に叱られた。
辺りを探す。彼は何時の間にか傍に居るのだが、何故か声を掛けて来ない。
知らぬ内に後ろにある気配は心臓に悪いのだ。
「何処だ?イオン」
リンファが辺りを探し、声を掛けたから現れる様になったのは三日前からだ。
「リンファ」
「今日は其処か」
呼び掛けに応えたイオンは豪奢な王宮の中にある物にしてはこじんまりとした噴水に腰掛けていた。彼らが会うのは何時もこのような、王宮内の忘れ去られた場所だが。
「今日は派手な感じだね」
「ツィツィーリエ様に昼食に誘われたんだ。本当は嫌だぞ、こんな格好」
「・・・それもどうかと思うよ」
リンファはセイラムに来てからはずっとドレスを着ている。それでも、普段は動きやすい、飾り気の無い物ばかり。
だが、今日は違った。今日はセイラムの王女から昼食に誘われるという、非日常を味わう羽目になったのだ。
リンファは普段よりは女らしい綺麗なドレスを着て、昼食を摂った。
「どうだった?」
イオンは彼女の様子からあまり良く無かった事を理解して訊ねる。その瞬間、リンファの眉が寄り、渋い顔になった。
「良い筈が無かったな。ツィツィーリエ様だけかと思ってたら、まさかエミアーナ様も一緒だったんだぞ?大国の王女二人に対して、私は小国の世継ぎとは言え、姫。圧倒的に状況が悪い」
大国の誘いを小国が断る事は出来ない。それも、リンファの立場は良くは無いのだ。今の状況で断るのは、危険行為である。
ある程度の覚悟を持って、昼食に挑む事になったリンファだが、その覚悟は無駄になった。
覚悟を上回る事態に直面してしまったのだ。
(まさか、第十八王女まで来るとは・・・)
リンファは先程の事を思い出す。