リンファ姫の逃避行
親書が届いた。それは、リンファにとって別れの兆しだった。
《ミリアム王国第二王女・ロヴァーナ姫》
宛名に記されたのは、リンファの妹の名前。リンファはミリアム王国を継ぐ姫として、妹を送り出さなければならなかった。
ロヴァーナが隣の大国・セイラム王国から花嫁として指名された、その時から。
《この度は、ロヴァーナ姫も十五歳の誕生日を迎え、ご健勝な事と存じます。
つきましては、花嫁として正式にセイラム王国に滞在していただき、花嫁に必要な礼儀や知識を深めては如何でしょう。
セイラム王国はロヴァーナ姫が一日も早く、我々の国の大地を踏む事を願っています》
リンファは妹が恐れていた事態になったのだと思った。
しかし、ロヴァーナは姉が思う以上に追い詰められていたのだろう。とんでもない事をしでかした。
ロヴァーナはなんとリンファの婚約者・リヒャルトと駆け落ちしてしまった。
婚約者とは父王が決めた仲ではあるが、不満は一切無かった。
(そりゃあ・・・ロヴァーナの方が綺麗だし、こんな男のような格好はしない)
リンファは自分の格好を見る。少年の様な格好。
世継ぎとして育てられたリンファと、大切に宝物の如く育てられたロヴァーナ。正反対の姉妹だった。
(私が男なら、ロヴァーナを選ぶしな)
リンファは僅かな胸の痛みを感じた。
セイラム王国の地を踏んだのはロヴァーナではなく、リンファだった。
リンファは対外的には客として赴いたが、実際には人質である。ロヴァーナが見つかるまでは、国に帰れないだろう。
力無く、目を閉じる。そんな彼女を見つめる眼。
「・・・・・・」
眼は無言で彼女を見送る。
蠱惑的な紫に笑みを宿して。
リンファは目前に立つ男を見た。
妹を花嫁に指名した男。セイラム王国第三王子・ゼノン=ジークヴァルト=ライザ。
リンファやロヴァーナの黒髪とは違い、輝く金髪の美しい王子である。
しかし、その水色の瞳は冷酷にリンファを見ていた。
逃げた花嫁の姉・・・それがリンファなのだから。
リンファは大国の王子を見つめた。
・・・まぁ、王子様なだけあって美形だろう。ロヴァーナと並べば、美男美女だ。
だが、騙されてはいけない。
相手は、大国の、それも冷酷だと評判の王子なのだから。
「随分と舐められたものだ」
その冷たい外見に合った声。
大国であるセイラム王国に、矮小なミリアム王国がするべきでは無かった。妹のした事は償わなければならない。
最悪の場合は・・・
リンファは隠し持つ短剣をゼノン王子に突き付ける。
「・・・何をする?こんな状況で脅しか」
嘲笑うゼノン王子をリンファは見据える。リンファは世継ぎなのだ。民を守る義務が彼女にはある。
最悪の場合は、ミリアム王国の民が死に絶えてしまう。それだけは避けねば。
「・・・私の命だけで許せ」
声が震えそうになるのがリンファ自身にも分かった。
「民には手を出すな」
目的はそれだけだった。