第一歩
好きな人がいるのか知らない。
彼女がいるのかも知らない。
どんな子が好きなのかも分からない。
今の性格も知らなければ、今の顔も住んでる所も、何も知らない。
それでもちょっとでも気になって、好きなのかもとか思っちゃったら、
それもきっと恋と呼ぶ。
*
目覚ましが鳴り響く、さわやかな朝。いや、昨日が土砂降りだったから、どちらかと言うとカラッとしてるの方が合うのかもしれない。東向きの窓から強い朝日が窓ガラス越しに突き刺してくる。眩しい。眠たい目をこすりながら起き上がった。
今の私の部屋にはカーテンがない。その代わりと言っては何だが、大量の段ボール箱がリビングやら自室やらに積み上げられていた。正直言って邪魔だ。しかし今は片付けている暇なんかない。今日は転校初日だから。
……そうだ。今日は引っ越してから初めての登校日なんだ。新しい家に来てから少し感覚は違ってくるのかもしれないが、なんだかいつもより、太陽が高い場所にあるような気がしていた。本当に少しだけど……。
重たい体を立ち上がらせる。幸い、髪の毛ははねていなかった。
まだしっかり開けない目をこすりながら壁時計に目をやると、今まさに八時になったところだった。新しい学校の登校時間は八時四十分まで。私の今の家からは、昨日計った時点では三十分は掛かる。
……やばい。
転校初日で遅刻なんて、前代未聞じゃないか!
「お母さん!遅刻遅刻ぅ!」
ダダダと階段を駆け下りながら叫んでみるものの、返事はない。
「遅刻しちゃうんだって!」
またも返事はない。台所の方からは何の物音も聞こえないし、次第に不安になってきた。嫌な予感がする。
そして、リビングのドアを体当たりするように開くと、その嫌な予感は的中してしまった。
ダンボールだらけのリビングに人の姿はなく、壁にメモが貼ってあった。
“ごめんね、若菜 お母さん先に行くね。
初登校日張り切って、がんばってきてね!
朝は作る暇がなかったから、これで何か買って食べて
お母さんより”
メモの端にセロハンテープで五百円が貼ってあった。せめて五百円玉にしておいてくれれば……。
「起こしてよ……。というか、こんな状況でがんばれるか!」
メモに向かって叫ぶが、何もない広い空間に寂しく響いただけ。……とにかく学校に行かなくちゃ。
多分買う暇なんてないだろうけど、そのメモごと五百円を取って、制服に着替え、走って家を出た。