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第九話 商人という存在

 私はロイヤルド・リュクス。

 しがない芸人の子倅でしかなかった私が、中堅とは言え王宮に出入りできるまでの商人となったのはエルフとの関わりのおかげだ。


 幼い頃から一座と共に各地を渡り歩いた。残念なことに芸の世界では才能に乏しかった私は自然と裏方の仕事に廻っていく事に。


 華やかな舞台に比べて裏方を任せられる者は地味で辛い作業が多い、それこそ雑用と名の付く物は全てで、会場の手配に始まり宣伝や一座の衣食住まで必要に迫られてやらされた。


 当然看板を書くため字は覚えねばならないし、売り上げの管理には計算も必要。

 なにより大事なのは交渉事で、これこそが今の私を作り上げたと言っても過言では無いだろう。


 その中で出会ったのがローズウッドの先代当主様だった。

 何を気に入られたのか、少なくない資金の出資までして頂いて現在の私があるのだ。


 ローズウッドという地は、エルフとの交易を行ううえで設けられた緩衝地と私は認識している。

 貨幣制度に価値を見出せないエルフに対して人間は強欲で、例を挙げれば魔木の存在がそうであろう。


 一般に魔術師の杖と言えば魔木が使われている。現在のところ使い勝手や耐久性を含めこれ以上の物は無い。

 もちろん神木など極まれに使える物も有るのだが、いかんせん数が少なすぎた。

 結果、魔術師は魔木を求める。

 だが、この魔木はここにしか存在しない。


 私などが各国の王宮に出入り出来るのも、魔木を扱わせて貰えるからこそで、人族と距離を置くエルフたちの窓口であるからだろう。


 先日、村の村長から精霊石を見せられた。

 森喰い虫の被害に対してアレス様から復興資金に当てよと下げ渡されたらしい。

 実に見事な精霊石で、普段取引している物とは比べ物にもならない逸品に興奮を覚えた。


 このエルフの秘宝を世に出すのに一抹の不安に駆られた私は、特別な伝手を使ってオークションに出すことを考えた。

 正直私も初めてで不安だったのだが、神の主催する天秤のオークションの名の通り、出される品も凄ければ買い手も一流と聞く。


 精霊石はその場に見劣りする物では無いと確信していた私は迷わず出品したのだ。

 それがあんな結果になろうと思いもせずに。




「それで緊急の話って何かしら?」

 後見人として館を差配するローザ様から、氷のような視線を浴びせられて身震いした。


 『獄寒の冷笑は残滅の禁忌を招く』


 ローザ様を評したエルフの言葉だ。

 彼からは「できれば係わるな、だが・・・・・・もしもどうしようも無いときは決して怒らせてはならん」と言われて当時は意味が分らなかったが。


 ああ、いまやっと分ったような気分だ。


 しかし心なしか部屋の温度が下がった様な、どうやらご機嫌は最悪の様で己の運の無さに舌打ちしたい気分だ。

 過去に数多くの修羅場を潜り抜けた私だが、今回は心細くて逃げ出したくなる。

 隣のデュランに至っては、蒼白になり今にも昏倒しそうだった。これでは援護も期待できそうにない。

 心して掛からねば! 彼女は決して怒らせてはいけない人物だ。


 報告する事は唯一つ、天秤のオークションで起きたある意味理解不能の出来事。

 これを即急に伝え出来うることなら知恵をお借りして対処したい。


 あの目は全てを見通す目。私達より永く生きるエルフの事だもしかしたら何か分るかもしれない。


 言葉は選んで答えねばならない。

 決して無価値では無い事だけは明らかで、エルフの秘宝を辱める物では無いと。


「まずはこのまま売却しても宜しいのかと」

 村に下げ渡されたとはいえ、予想外の事態に取り下げるのも一つの手だ。

 けれど交渉を打ち切るという選択肢は私からは出せ無い。

 何故なら今回出品した精霊石を譲り受けたいと申し出があったからで、天秤のオークション自体は進行中だ。


 神殿を通して申し出されたのは複数と聞く。

 具体的な名前は流石にいまの段階では伏せられているが間違いなく何処かの王家だろう。


 もちろん交渉に至る前に取り下げる事は簡単だ。その旨神殿に伝えて違約金──決して安くは無いが私でも払える──で解決できる。


 但し先方が素直に諦めるかと聞かれれば否と答えねばならぬだろう。


 世間では新たな神器と思われてしまった。

 もちろん簡単に出所を明かすような真似はしていない。そのくらい商人として弁えてはいるが、調べられれば誰でもローズウッドとの関係から推測できるだろう。


 ローズウッドはあまりにもエルフと近い。


 これは迂闊であった・・・・・・。しかし当初はこれほどの大事になるなど、思っても見なかったのだから。


「次に交渉に応じるとして、どう値段を付けるのでしょうか?正直、神にも決められないのです。それに複数の王家となれば、どこに譲るかでも角が立たない様にしなければなりません」

 万が一に備えて村に残した精霊石を除けば、今回出品した精霊石は二つ。

 当然奪い合いが予想された。

 それとどこに売却するのか決めるため、目安となる値付けが必要な事も理解していただこう。

 場合によっては本来の価値より目減りしているのかもしれない。

 だが・・・・・・誰も基準となる『値』を付けられない以上比べようも無いのも事実。


 そのあたりはどうしたものか?


「過去に神器を取引した事実は神殿に記録されていました。どの位の値が付いたのかは、金額の記載が無いので想像も出来ないのですが、決して安くは無いでしょう。けれど、この事から推測しますと、売値は双方のみの問題で世間に知られる恐れは無いと思われます。但し秤の神に知られるかどうかは、それこそ神のみぞ知るです」

 天秤のオークションでは取引の不正──対価を貰って引き渡さない事や紛い物を渡す──でなければ神罰がかかる事は無い。


 逆に神の前で取引するのだから安全性は絶対である。


「安全なのね?」

 順に言葉を選びながらの説明を聞いた最後の質問がこれだった。

 安心したように初めてローザ様が笑顔を見せてくれる。どこか母性を感じされられる優しい笑顔の美しさに心を囚われていると。



「うふふ。何を心配しているのかしら? 簡単じゃない。家には神様より大切なアレス様がいるのよ? うん、決めた! アレス様に任せましょう」

 途端に機嫌よくなったローザ様だが、本当に良いのだろうか? 当主とは言えアレス様はあれだぞ。

 いや・・・・・・決して蔑んでいるわけでは無い。


 ただ、あの。見かけが・・・・・・。

 事情を知っている私達ならともかく、どうみても十を越えた様に見えない少年に任せても本当に良いのだろうか?


 相手は魑魅魍魎の王族たちだと言うのに。

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