第七話 おかえりの存在
〈イネス〉
オレンジ色で家の庭で母が大切に育てていた品種だ。
バラの品種で唯一知っているのはこれだけ。
「うん、イネスってキミの髪の色と同じバラの名前さ」
「イネス・・・・・・。おおお! そうか・・・・・・我の名前はイネス」
良かった。
目が糸のようになって嬉しそうだ。
けどどう見てもネコ。それもチンチラ系のイメージしか湧かない。
「どうかな? 気に入った?」
「おおおお!!! もちろん! 我の名はこれよりイネスじゃ! 特別にイネスと呼ぶことを許す!!!」
いや、その名前、僕が付けたんだけど。まあ良いか、満更でも無さそうだし。
「それじゃそろそろ帰るね」
「なっ! もう帰るのか?」
もうすぐ陽も暮れるだろう。
そう言えば僕と別れた後イネスはどうしているのだろう?
「イネスも早く帰らないと心配されるよ」
「心配? それはどういう意味なのだ?」
「・・・・・・ん?」
あれ? あれ・・・・・・。
「ねえ? もしかしてだけど、イネスの家族は?」
まさかと思うが・・・・・・いや、考えた事も無いけど、もしかして。
「家族? そんな者はおらん。我は一人じゃ! この森で高位の精霊は我一人!」
何時もの様に胸をそらして偉そうな態度。
でも心なしかその姿は寂しそうに見えた。
「だっ! だが、今は一人では無いのじゃ!」
おお! ちょっと恥かしそうだけど、そうだよね。精霊とはいえ流石にこの森で暮らすのに一人なんて無いよね。
「ふふふ、今はアレスがいる。名前まで付けてくれたのじゃ! 決して一人では無い!」
えっ!
「さあ、早く帰るが良い。待つものが心配しておるであろう」
おいおいイネス。言葉とは裏腹にしっぽが物語っているぞ。
それにこの森で一人ぼっちって。
「あはは、そうだな。早く帰らないと心配されちゃうよな」
日が暮れる前に帰るのがローザとの約束。 そろそろ急いで帰らないといけない。
でもさ、それ以上に怒られそうなのは一人ぼっちの精霊を残していくことだ。
誰にって? もちろん。
僕の周りの大切な人にさ。
良し決めた!
「ねえ? イネス」
「ん? なんじゃ」
「良かったらさ、僕の家に来ない?」
「なっ! アレスの家? 良いのか? 迷惑では無いのか? それより我が森から出て変な風に思われないか?」
あはは、そんな心配そうな顔は似合わないよ。
「大丈夫だよ」
「そうか! 大丈夫か!」
さて、僕が森から精霊を連れて帰ったらどういう反応を見せるだろうか?
たぶんきっとこう言うさ。
「おかえり」って。
帰り道を急いでいると次々と声が掛かる。
この村の住民達だ。
「おかえり」
「おお、帰ってきたか?」
ほらやっぱりだ、いま声を掛けてきたのは村長のおじいさん。
密かに只者では無いと思っている。
根拠? そんなのないよ。僕が勝手に思っているだけさ。
だってその方が楽しいでしょ?
子供っぽいって? 転生前の年月を合わせれば三十を超えるはずなのに、肉体に引かれるのか精神は幼いのは仕方が無いさ。
「これ持って帰って」
イネスがおばあさんから何か貰ったみたいだ。
しっぽのゆれ具合を見るときっと食べ物だ。
さっそく受け入れられている。
この日からローズウッドの丘の館には可愛い住人が一人増えた。