第四話 精霊石という存在
その年の夏は異常な暑さに見舞われた。
夏の日差しは厳しく、夜になっても外気温が下がらない。夕立もなく森は乾いていた。
「森喰い虫が出た!」
館に近い村の一つで騒ぎが起きた。森の奥で炭焼きをしている猟師が発見したらしい。
森喰い虫とはバッタの仲間だ。雑食のうえ猛烈な繁殖力で固まって行動する習性を持っていた。
「北から食い荒らしてこっちに向かっているぞ!」
騒ぎになっているのは、一定以上に数が増えると人の手には負えないからである。
歯が立たない魔木の間を縫って進んでくる。充分な餌が不足した状態で村に襲い掛かれば被害は大きかった。
対策は火で燃やすのが一番だが、森は乾燥していた。火をつければ厄介な森林火災を引き起こす危険性がある。
そうなれば、固まって行動するので森を抜けた所で燃やすしかない。
だが……手段が無い。一気に燃やすためには魔術を使うか油が大量に必要だった。
けれど油は少なく魔術師は力不足。
「このままじゃ畑の麦は……」
村人たちは絶望を前に手をこまねくしかなかった。
そのころ僕はというと、最近覚えたある事に熱中していたんだ。
この世界には不思議な物が多い。
森には妖精や魔物が闊歩している。人間などは弱い生き物に入るだろう。場所によっては神が実在しているという。
だが、それよりも不思議なのは精霊だった。
「何で食いつくの!?」
テーブルの上で僕の魔力を貪り喰らう精霊──実体を持たない怪しい存在──に追加の魔力を与えながら考えてみる。
精霊の存在に気づいたのは、物心つく前からだったと思う。
ただそれが他の人には見えないことに気づくのは遅かった。
だから何も無い空間を見て笑いかけたり、話しかける僕を見て回りは大分心配したことだろう。
けれど意識すると見えるのだ。
淡く光るふわふわした物体。赤や青、緑など色とりどりの光は、そこらじゅうに存在した。
エルフの母が「あら? 精霊の目を持ってるのね」と気づいてくれなかったら一生変人扱いですよきっと。
「ふわふわした光? そんなもの見えねーぞ! 坊主なんか変なもの食ったのか?」とギレアスが首を傾げた時は本当にどうにかなったのかと悩んだもん。だって、ローザにも見えなかったのだから。
くそう! ギレアスめ! よりにもよって変な物食っただと! 失礼なやつだ!
もっとも、ギレアスはローザに殴られて吹き飛んでいったがな。
「しかし……本当に謎生物だ」
──生き物に分類して良いものかどうかは分からないけれど、魔石を取り出して魔力を込めてみる。
「うわっ!? 中に入った」
使われて空になった魔石に魔力を入れた瞬間。誘われるように中に入り込む赤い光。そのまま魔力を与え続けるとどうなるのだろう? うーん、やってみよう。
魔石にどんどん魔力を送り満たす度に、赤い光が強くなる。送ること三分。
「光らなくなった……ってか! 中から出てこない!? えぇええええ!!!」
琥珀色の魔石は赤い魔石に変わりました。……はい?
手に持って振ってみる。
「キラキラしてる。……振っても出てこない」
それが精霊石だと知ったのは後の事だったから、赤の次は青って具合に気が付けば結構な数の魔石は色つきに変わっていた。
「うーん。お腹がすいた」
使用済みの魔石が切れたところで何も食べていないことに気が付いた。
「おかしいな? 何時もなら誰かが呼びに来るのに」
そう思った僕は厨房で何か貰おうと部屋の外に出る。
館では慌しく人が作業していて、まるで嵐が来る前の様だった。
「ねえ? 何が起きているの?」
「坊ちゃま。森喰い虫がやってきます」
「中に入り込まれたら厄介ですから、こうして隙間を無くしているのです」
窓には薄い鉄の板を打ちつけ、壁や屋根には何か嫌な匂いのする水を塗りつけていた。
「白ヨモギを煮詰めた物です。これを塗っておけば大丈夫ですよ」
館の外でも村人が忙しそうにしている。建物の屋根に上り、同じように塗りつけていた。
「畑はどうするの?」
「諦めるしか……ありません」
「いま、何人かが精霊石を集めていますが、数は足りないでしょう……」
聞けば精霊石で集めることが出来るらしい。
群がる森喰い虫を煙で燻して、弱ったところを焼き殺せば良いと言う。
どういう理屈か分からないけど餌なのかね?
「精霊石って?」
「魔石に精霊が自然に宿った物です。めったに取れませんが」
ローザが胸元──ちらっと黒いブラが見えた──から取り出したのは青いキラキラした石。小指の先程の青い石を観察してみる。
うーんどこかで見たこと有る様なというか……さっきまで精霊と遊んでいた魔石と同じじゃないの? これ?
さっそくローザの手を引いて見せてみた。
「これ? 使えるかな?」
「せっ! 精霊石! アレス様! これをどこで!?」
あーやっぱり。
自然に宿ったとは言えないけど、精霊が中に入ってるもんな。
「良いから良いから。時間が無いのだろ? 全部使っても構わないから、ちゃっちゃと退治して来て!」
うんうん、無くなったらまた作れば良いし。
天然ものと違って価値などないからね。
だって宝石は人造したものは、ほれ・・・・・・ジルコニアだったっけ? 通販ですっごく安く売ってたもんな。
「これほどの数が有れば……村は助かります!」
ローザは目をキラキラさせて勝手に頷くと飛び出して行った。