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第三十四話 無粋な客という存在

 ロタの砦はスヴェアの北端、国境の街道に面している。まっすぐに北上すればダルマハクに向かい、途中で西に曲がればローズウッドにたどり着く。もちろん悪い事を企む輩は目立つ街道など通ることは無いのだが。


「何ですかそれ?」

 隊長が手の中でもてあそぶ鈴を見つけた部下が聞いた。

「おう、こいつはエルフの国に入るのに必要な物らしい」

 紐で結ばれた鈴を軽く振る。

「あれ? 音がしませんね」

「魔法具ってやつだな。街道を外れる時はこれを持ってねーと恐ろしい事になるって話だ。そうだろ?」

 そう言って砦から同行する事になった男に聞く。他にも何人か部下とは違う連中もまじっていた。


「ああ、その通りだ。結界に引っ掛かる」

 もしもこの男をアレスが見たら峠越えで同行した商人の一人だと気が付いただろう。

「まったく悪い奴だ。エルフの連中も行商でやってくる商人が盗賊の仲間だとは思っちゃいねぇだろうに」

「ふん! 盗賊は余計だ! 普段は真面目に商売をやっている」

「森に入ったらエルフの領地だ! 斥候を出しておけ!」

 腐っても部隊の指揮官と兵士で行軍は慣れている。もっとも最近はサボりがちで、お世辞にも揃った行進とは言えなかったけれども。




        ※※



 館に集まって一日の疲れを癒すと共に楽しみな食事の時間である。

 以前はローザとの二人での食事が殆どだったが、旅を終えたアレスの希望でこの頃は大人数の食事が増えてきた。

 本日もルオーが招かれ、カーラにヘリアと賑やかな食卓となった。


「湯浴みというのは良いものなのだな」

 さっそくの露天風呂を堪能したのかルオーが嬉しそうにそう言った。

 この前までは戦の気配というか悲壮感がつきまとっていたのだが、ローズウッドに滞在するようになってから雰囲気がまるくなってどこか育ちの良さが目立つようになってきた。


「最高でしょ?」

 さもありなんとばかりに親指を立てるアレス。

「もちろん! 最高さ!」と、すかさず同じ仕草を返すルオーはちょっと毒されたかもしれない。


 囲いと設備が整っていない事から湯船一つでの運用と現在は時間で分けていた。これも将来的には男湯と女湯を設ける予定である。

 季節の良い時に川で水浴びするか、沸かした湯で身体を拭うくらいしか経験の無い村人たちに取って初めての風呂体験。


 これが以外に好評である。

 アレスの「誰もが幸せになれる、福祉国家」の第一歩は順調な滑り出しを見せていた。


「あら? 美味しいわね」

 今日のメインはフライであった。

「串に刺してあるのも面白いわ」

 大皿にはとりどりの野菜に肉と衣を付けたフライ料理が盛りだくさんだ。アレス考案の串カツの盛り合わせである。


「あああ! ソースの二度付けはダメなのじゃ!」

「えぇええ!!! どうして!?」

「ルールじゃ!」

 カーラがイネスに怒られている。抗議の声も精霊には届かないようで、しぶしぶと諦めて口に運んだ。


「ちょっと! いま! 二回漬けたよね! 二回!」

「ははは! 愚か者! 直接はダメでもキャベツで掬うのはオッケイなのじゃ!」

「うがぁ──!!!」

 カーラの叫びが響くが、イネスも以前二度付けしてアレスにたっぷりと怒られたのは内緒である。


「しかしこれは本当に秀逸だ。硬いパンをすりおろして衣にするとは、一体どこの料理なんだい?」


 ルオーが聞くとおり油が高価なこの世界では揚げ物は一般的では無かった。

 特にアレスが考えた『ラード』を使う揚げ物『串カツ』や『トンカツ』など見た事も無い。

 もっとも南のエスタ国では香辛料を混ぜたラードは高級品として貴族などには食されている。揚げ物もオリーブオイルで素揚げの状態で存在していた。


「ふふふ、内緒」

「それに、タルタルソースと言ったか? こいつは美味い。ククリ族にも教えたいくらいだ」

 マヨネーズと共に広めているタルタルソースは異世界のお約束とも言える存在だ。

 これに米と醤油、味噌あたりが揃えば最強なのにと、アレスが思っているのは内緒なのだが。


 異世界イリアス大陸で流通されている食材は地球世界とよく似たものが多い。

 だから探せばそのうち見つかるかもしれないだろう。


 あれやこれやと楽しい食事の時間が続く。


 ────────『!』

 これもアレス考案だと言うデザートに差し掛かった時、鈴の音が響いた。


 目の前には彩り鮮やかな器が並んでいた。

 生クリームに牛乳砂糖を入れゼラチンで固めたパンナコッタ。保存が利かないために今の時期しか楽しめないフルーツがふんだんに使われている。

 前世でアレスの母が得意だったパンナコッタはレシピも簡単で手伝わされたので再現も楽だった。


「カーラ様、お客様のようです」

 どこまでも沈み込むような低い声。ローザの目はデザートに釘付けだ。

「えっ、お客って誰?」

「・・・・・・そうね。お迎えは誰にしようかしら」

 アレスの疑問に答えない。本来であれば客の接待は当主の役目なのだが。


「・・・・・・私が」

 逡巡するように何度もパンナコッタに目をやり深いため息と共に立ち上がったローザ。

「まぁ! ローザが行ってくれるのかしら? 珍しいわね。ヘリアに任せてもよろしくってよ?」

 わざとらしくそう言うが言外にはお前がいけと聞こえる。


「めっそうもございません」

 ぷるぷると握ったこぶしを意思の力で抑え込んだローザは、もう一度パンナコッタに目をやると。

「アレス様。お食事の最中に申し訳ありませんが席を外させていただきます」

 そう言って口元をナプキンで拭った。


 そして「・・・・・・ふふっ。後で頂くので残しておいてくださいね」と微笑を残して出て行ったのだ。


「・・・・・・怒ってるわね」

 ぶるるっと肩を震わせてカーラは言う。実に楽しそうに。

「はい、カーラ様」

「昔からローザは食事を邪魔すると怒るのよね」

 目は何かを企むようだ。

「・・・・・・」

 それはアンタが邪魔するからだろとは口に出さず、ヘリアは無粋な侵入者たちに密かな同情をしたのだった。





        ※※





 ドヴォルグは苦労していた。思うように欲しい情報が集まらないのもそうだが、ロタの守備隊連中からの連絡も届かないのだ。


 それとなく村人との会話の中で金貨のことや領館の事を聞いても「うちの領主様は良い人だ」と返って来るだけ。

 妙に口の堅い村の連中は、たとえ世間話でも領主の事になると途端に内容が変わるのだった。具体的に言えば当たりさわりの無い褒め言葉ばかりになる。

 普通なら村中の噂になってもおかしくない金貨の事も、ここの連中ときたらまったくの無関心。

 誰に聞いても同じ回答で内容が薄いのだ。


「いったい! どうなってるんだ」

 この村で行商人は安く泊まれるといっても、滞在はすでに二日を過ぎた。利益を考えればこれ以上は、冬を前にした最後の商売だと言い訳していても無理がある。


「ここの連中は欲がねーのか妙に飼いならされてる」に尽きるのである。


 騎士が運んだ山のような金貨。お宝を目に前にして焦るばかりであった。





次回、ローザ無双。

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