第二十九話 エルフの存在その二
ダルマハクを旅立って一週間、普通なら到着していてもおかしくないのだが、あっちこちをフラフラするカーラに振り回されるヘリアたち一行はまだ森の中にいた。
「ねえ、ちょっと寄っていくから」
「またおしっこタイムですか?」
「ちっ! 違うわよ!」
「はいはい、調子に乗って水分とりすぎるから「違うのぉおおおおおお!!!」」
若干の毒を吐いたヘリアは、ハアハアと息を荒げるカーラの姿に満足げな笑顔を浮かべた。
「なるほど、泉にいらっしゃるんですね」
結界に目をやりうなづく。
分っていながら毒を吐くあたりは流石の主従と言った所か。
「久し振りだから女神様に挨拶しておこうかなと思ったのよ。十年ぶりだしすぐ戻るわ」
「それは良いんですけど、結界の中に私は入れません」
「適当に休んでて良いわ。あそこは選ばれた者しか立ち入れない聖域なんだから」
恐れ入ったかと得意顔で胸をそらす。どうひいき目に見ても、子供が背伸びしている様にしか見えないのだが。
「では、適当にお茶の用意でもしておきます」
周りを見渡してよさげな場所を見つけると、魔法の鞄から次々と取り出していく。
結界の手前に割りと開けた場所が多いのは、こうして従者を待たせる事が多いからであった。
それに、この森が絶対安全な場所であるのはエルフなら誰でも知っていた。すかさずテーブルを出してクロスを掛け始める。
「じゃ! 行ってくる」
カーラは軽く手をあげ結界の向こうに足を踏み入れた。
「ふみゃっ」
そして奇妙な声を上げた。
「あれれれれ!?」
「カーラ様。なんか奇妙な声が聞こえたんですが」
何をしているのかと不審な声。
「ななな、何でも無いわよ」
カーラは盛んに首を振っておかしいなと呟いていた。
「まぁ・・・・・・良いわ。気のせいね」
ブツブツ独り言を唱え、勢い良く結界に足を踏み入れようとして「うぎゅっ!」と弾き飛ばされて転がってきた。
それもころころと三回転。
「あらま」
ヘリアが目をパチクリさせた。
そして、見事な開脚後転を決めたカーラは両足を高く上げたまま固まっていた。
※※
「と、言うわけで。今日こそは案内してもらうよ」
朝食を味わっていると、やたらと貫禄があるヤーレン子爵を連れてランディ皇子が現れた。ここに馴染んだのか、やたらとフレンドリーだ。
それを見ていたイネスは「いつまでもしつこいのぉ」とため息を吐いている。
「無理だって言ったじゃないですか! あそこは誰でも入れるわけじゃ無いんです」
「いやいや奥までは無理でも、行けるところまででかまわないよ」
どこまでもにこやかな皇子スマイルなんだけど。
まったく困ったもんだ。どうも皇子は精霊石の秘密が森にあると思ってるみたいだな。
「はぁー、まぁ良いですけど」
そう思った僕は諦めて案内する事にした。
もっとも森の入り口から殆どすぐくらいまでしか入れない。
女神の加護で安全とは言っても森の中、護衛の騎士を二人ほど連れて魔木が生い茂る森に入った。
ローザが手にバスケットを持っているって事は、時間的に昼食は森で取るのかな。
「そう言えば皇子って魔法を使えるんですか?」
ちょっと気になって聞いてみた。
元々が精霊魔法を使うエルフに対して、人族は属性魔術を使っている。
魔法と魔術、こう聞くとどう違うのかと思うけれど中身は全然違っているんだ。
ハーフエルフの僕が習っているのも精霊魔法だがさっぱり上達しない。もしかして属性魔術なら習得できるのではと思ったのだ。
「ん、魔法かい? 血統魔法が使えるよ」
軽く枝を杖で払いながら皇子はそう言った。
「血統魔法とは皇族に伝わる魔法のことでね。火風土水などの基本的な属性とは違って、ちょっと特殊な部類の魔法なんだ。発現に血統が関わるからそう呼ばれる」
「ふーん、凄そうな魔法ですね」
「いや、そうでも無いよ」
簡単に言うけど、僕なんかに教えて良いのですか。
皇子は脇が甘い? それとも僕が信用されてる?
けどこの人って、人並みじゃない空気を持っているからな。どことなく庶民には手の届かぬ雲上人というか能天気な人当たりの良さは見せ掛けで、中身はつかみどころが無い、いや・・・・・・得体の知れない人物だ。
そんな事を考えていると、森の奥から激しい音が聞こえた。
「ローザ!」
僕が叫ぶより早くローザが飛び出す。いや、イネスの方が早かった。
「皇子をお守りしろ!」
ヤーレン子爵は剣の柄に手を当てて辺りを見渡した。同行する騎士が両脇を素早く固め油断無くかまえた。
「皇子を頼みます!」
僕は後をヤーレン子爵に頼むと、森の奥に向かった。
ちゅど────んと、ドクロの煙が上がりそうな音をたてている。
侵入者!? 場所は結界の近くだ! 誰かが攻撃しているのか。
全力で走りながら僕は、でも誰が? と思った。
ここってローズウッドの森だよね。
ええと、女神に加護された森って。
「えぇえええええええ!!! 普通は魔法が使えないじゃん!!!!!」
そうなのだ。
森の中は女神に許可されたモノ以外は魔法が使えない。
その中で魔法を使う相手。
精霊? 悪魔? いや魔王とか。
魔王がこの世界にいるかどうかは知らないけれど、嫌な予感ばかりが頭に浮かぶ。
頼むから戦闘なんて止めてくれよと思いながら、魔木が立ち並ぶ中をショートカットして結界の前に飛び込む。
揺れるイネスのオレンジ色の髪が見えた。
※※
「もぉおおおおおお!!!! なんで! なんで! なのよぉおおおおおおおお!!!!!」
周囲から集められる精霊。渦を巻き凝縮されて炎を放つ。
「フレイムっ! いけぇえええええ!!!」
手の平から打ち出された炎の固まりは真っ直ぐに結界の壁へと突き刺さって。
「・・・・・・あれっ?」
想像していたとは違った風景に唖然とした。
結界の張られた空間は炎を空に逸らす。上級魔法を受け止めたのだ。
その周りではテーブルを囲んで「おぉおお! 見事じゃの」と手をたたくイネスと、頭を抱え込んだローザの姿が。
「またなの! ふふふふふ、上級でも通じないとは、舐められたものね」
しゃがみこんで何かぶつぶつと言ってる人が。
僕も頭を抱えたいよ。
何をしてるんですか。
「良し、分ったわ。これしか無いわね」
ぶつぶつと独り言を言いながら立ち上がると、杖で地面に何かを描きはじめる。
ときどき「うへっ」とか「ぐふふ」と聞こえるけど無視してそばに近づくと。
そこで、誰だか知らない人から渡された紙の束を丸めて頭に一発。
「最上級の魔法を受けてみなさい! 集え精霊よ、わが身の魔力を糧に、うぎゃっ!」
ぱこ──んと音がした。
「何をしてるんですか!」
「えっ、えっ!?」
頭を抑えて涙目で僕を見るこの人は、そうです僕のお母さんじゃないですか!?




