第二十八話 エルフの存在
ここは大陸の北の果て、ダルマハクと呼ばれているエルフの国だ。エルフの古い言葉では『昼と夜』を意味する。
ダルマハクが国家として成り立っているかと言えば微妙で、氏族の集合体と言った方が確かかもしれない。
その中でも最大氏族サーガに属するカーラ・フリスト・ローズウッドは、額にこぼれる前髪をかき上げるとホッペを膨らませた。
「もぅ! いやっ!」
手にしていた書類を放り上げるとグッタリとした表情で机にうつ伏せる。
容姿の整ったエルフの中でも、どちらかと言えば可愛いと分類される様なカーラ。
プラチナブロンドの髪をアップにまとめ、お団子にしている。愛らしい姿は、小柄な少女と言ってもいいくらいだ。
「うぅぅ、休みが欲しいよぉおおおおお!!!」
チラチラと傍らに控える侍女を気にしながら必死のアピールを送っていく。
ローズウッドの名前が示すとおり、彼女はアレスの母親である。カーラがアレスの元を離れて十年、何をしていたかと言うとダルマハクの地を治めていたのだ。
齢うん百年、年齢を聞くと「永遠の乙女」とぷりっと膨れるくらいのお年で、前にうっかり者が族長より古く生まれたと口にしたことがある。
途端に表情を失い「あら、誰の事かしら」と肩を掴んで凄まじい笑顔を見せた。歴戦の勇士の弁によると、吊り上った両目が血走って、決して逆らってはいけない何かを感じたという。
それ以降カーラの前で年齢に触れることは地雷となった。
「はいはい、お茶ですか? いま用意しますね」
いつもの事と軽く流した彼女はヘリア。
カーラの秘書をやっているが、どこまでも侍女と言いきる女傑である。
肩でそろえた髪に知的な容姿と、カーラとは対称的な魅力を兼ね備えていた。要するに完璧な大人の女だ。
けれど、エルフらしいと言えばそうなのであるが胸元は慎ましく控えめで、カーラが「おっぱいが重くて肩が凝るよぅ」と勝ち誇ったように言うたびに唇を噛み締めて、どう仕返ししようと考えるくらいの大人の女だった。
「ふーふーした?」
決して退行しているわけでは無い。猫舌なだけである。
ヘリアは軽く無視して「休憩は一〇分にしてくださいね」と釘を刺すことを忘れない。
油断しているとどこまでもサボるのは目に見えている。
「うぐぅ! ヘリちゃん意地悪!」
「はいはい、意地悪ですよ。それよりゴルの者から要望が来ていますが?」
ゴルとは氏族の一つで、騒がしい連中が多いことで有名だった。
何かあれば集団でやってきてごねる。
エルフの中では『ゴル』と言えばごねるの隠語となるくらい迷惑な連中だ。
「またぁ? この間送ったばかりじゃないの」
「まだ足りないと書いてますね」
差し出された要望書に視線を落とすと、長々とした前置きの後に○○を寄越せと書いてあった。
自然と共に暮らすと言えば聞こえが良いが、原始的な暮らしにも必要な物があった。まだまだ文化文明とはかけ離れてはいても、侵食を止めるわけにもいかないからである。
そして、物欲とかけ離れた存在のエルフが求めてやまない物とは。
「うげっ! また砂糖!?」
そう甘味だ。
「いやん! 香辛料ももっとよこせって!」
香辛料もである。
金銀財宝にもまったく興味を示さないエルフも己の舌を満足させてくれる調味料にご執心だったのである。
きっかけは貨幣の代わりに差し出された胡椒の実と黒糖。今ではこぞってそれを求めている始末だ。
求めるなら自分でしろよと思っているが、放っておけば何時までも瞑想に嵌る民族。それなりに生きる為の狩りなどをしていても働くという考えは無かったから、必然的にカーラに負担が掛かった。
彼女はエルフの中でも上位。それもハイエルフと呼ばれる種族だったからである。押し付けられたという面もあったが。
カーラは産休を終えて里帰りをしてから今日まで、帰る暇もなく執務に励んでいた。
時々目に付いた物をアレスに送ったりしていても、会いに戻れないのは辛いものだった。
アレスが思っているような、近所に散歩で十年も帰って来ないわけでは決して無かったのだ。
ましてやエルフの感覚は分らんなどと失礼な話である。
もっともカーラには、十年いやそれ以上掛けてでも果たしたい目的もあったのだが。
「それから、荷物が届いています」
「なにー、誰から?」
興味なさそうにしながらも一応送り主を聞いておく。相手によっては礼状程度は書かなければダメだからだ。
普段から届け物はよく来た。大抵は取引に混ぜて欲しいと哀願する商人からで、中身もエルフを良くわかっていないのか装飾品や美術品の類が多い。
「うふふ、ローザ様からです。アレス様がお作りになった品とお手紙に書いてましたが、さて、何でしょう?」
「ちょっ! それ早くよこしなさいよ!」
光速を越えるのではないかと思えるくらい素早く引っ手繰る。
途端ににへらっと顔を崩して匂いを嗅いでいた。うへへと気味の悪い笑い声を上げながら手紙を見ている様子は、とてもハイエルフとは思えない。
それを眺めながら「今日はもう仕事になりませんね」と呟くと自分のお茶に口をつけた。
ヘリアもしっかり猫舌だったのだ。
「ねえねえねえ!」
しばらくして、カーラの声に目を向けると石鹸が目に付いた。
そして。
「・・・・・・精霊石」
そこには色とりどりの精霊石があった。
ダルマハクで産出される主なものは魔石である。
魔力だまりに蓄積された塊。正体は世界樹と呼ばれる木の樹液が固化した物だった。
役割を終えた世界樹が残す遺産とも呼ばれている。
現在では、世界樹の残っている所はダルマハクだけだが、過去には世界のあちこちで見られた。だから魔石が取れる場所はダルマハクだけでは無い。
ただし埋蔵量と採掘の容易さは圧倒的で、他の追随を許さないものがあった。
その魔石や鉱石に精霊が宿ったのが精霊石である。
魔石や鉱石が程度の違いがあるとはいえ加工が出来るのに対して、精霊石を加工する事は出来ない。力を物理的に加えると一気に力を解放するからである。
だから目に前にある精霊石が、一様に揃った形をしているのが信じられない。
「キレイ・・・・・・」
ヘリアがうっとりとした声を出すのも無理は無い。エルフにとって精霊石はそれほど神聖な存在だ。
「ヘリア。一度ローズウッドに戻るわね」
だから、そう呟いたカーラの顔も真剣になっていた。
7万字を超えて、やっとママンの出番です。




