第三話 魔木という存在
ここローズウッドの主な産業は林業だ。
いわゆる一次産業というやつで、建築用木材から薪や造船などに使われている。
けれど、世界でここにしか無い木があるんだ。
魔木と呼ばれる木がそれで、ローズウッドの森の奥深く精霊の泉の周りに育つバラの木。ローズウッドと呼ばれ、木は豊富な魔力で育つ。
不思議な事に通常のバラと違い大木に育つため、森には樹齢数百年はおろか数千年は経つバラの大木さえがあると言う。
十五年目で初花を付けた物から、一部を除いて伐採され輸出されて行った。
魔力を通し易い魔木は、加工されて杖になるために需要が大きい。世間では魔術の杖と言えば魔木の十五年物が主流となる位だ。
では何故十五年か? 理由は簡単で普段は絶対に切れないから。
斧は通らず鋸でも傷さえ付けられない。例外は花が咲いた時だけ切り倒すことが出来た。
女神の加護はこんな所にも効いている。
花はその後も咲くことが有るけど、何時咲くのかも分からず必ず咲く十五年を目処に伐採されて行く。
「好い香りだね」
例年春が訪れると館は華やかな匂いに包まれた。女性たちが一斉にローズオイルを使うから、これはローズウッドから抽出される極わずかの香油です。
「ふふっ、ここだけで使うのは勿体無いですけどね」
忙しそうに働く侍女さんが楽しそうに笑った。
そうなのだ!
「確かに勿体無いよね。この地から出たら匂いが消えるなんて」
ローズウッドから取れた香油は魔力の塊で出来ている。そのためこの地から離れると徐々に効果が薄れるのだ。
したがって此れほどの香油でも商品にはならない。
ふわーっと香るほか、お肌にも優しいのに勿体無い話だ。
「何か良い方法……無いかね?」
それが僕のここ何日か掛けてる悩みで、体臭を無くしお肌はつやつや。五年は若返るって言うくらい良い物もここで僅かに使用されるしかないとは。
他所で売れればここの領民も、もう少し良い暮らしが出来るのに。
最近のマイブームである領地発展を企む僕としては何とかしたいものだ。
だって! 内政とか楽しそうじゃん。
転生物とか領地発展させて行くよね? チート現代知識とかさ。
「あーあ、何か良い方法無いかな?」
こうして試行錯誤の毎日は続いていく。
ある日のこと、散歩中にひらめいた僕は出入りの商人さんに頼みごとをする事にした。
「これは、和紙に似てるな」
置いてあったチリ紙を見ながら素早く始末してトイレを出る。
そとの国は見てないけど、文化水準に不満は無い。よくある中世風異世界とは違うみたいだ。
少なくともトイレと風呂には不自由して無いのは助かるね。
おもに異世界転生者としては。
えっ? 流して無いって。
ははは、大丈夫。出た物直ぐに浄化して消えるから。エルフの技術は凄いんです。
もっとも風呂は薪で沸かす上に水道は無い。
うーん、今度ポンプと水道考えよう。
ご存知最近のマイブームである、内政を考えながら心のリストに欲しいものを書く。
味噌醤油は欲しいけれど無理。作れる自信が無い。
あとは……いっぱい有り過ぎて収拾がつかないな。
「お待たせしました」
そう言って今日のお客さんに会うことにする。
「いえ、美味しいお茶を堪能していた所です」
うん、ローザの入れたお茶は最高だ。すかさず僕の前と、温厚そうなロイヤルドさんに二杯目の紅茶をだしたローザは僕の隣に座る。
当主の横に座れるのはローザだけの特権だ。
お互いの近況を話しながら早速の主題に入った。
「ほう。石鹸ですか」
栗色に近い金髪が良く似合うロイヤルドさんは、自慢の口ひげ──僕が勝手に思っているだけ──を触りながら興味深そうにしている。
この世界には見事な石鹸がある。
「はい、作ってみようかと思いまして」
いま考えている石鹸は、もちろんローズウッドの香油を使った物だ。何とかして効果が封じ込められたら強力な特産品になる。
「それで私に油の手配ですかな?」
さすがにやり手の商人だけある。うちで手に入る油はどれも動物性。もちろんそれでも作れるのだが出来れば質の良い植物性油脂が欲しかった。
「ええ、なるべく癖の無いいい品質をお願いします」
「ふむ、問題ないでしょう」
「そうですか。……良かった」
ホッとした。質の良い油で作れれば良い物が出来るからね。
「しかし、それだけでは作れないのでは?」
「そうですね、油だけでは石鹸は無理だと思います」
石鹸の製法は秘匿と聞くと大げさだが一般には伝わっていない。大手の商会がほぼ独占していると言うのが現状だ。
「確か南のほうではソーダが取れると聞きましたが」
ロイヤルドさんの目がピキンと光った。
「ほう、流石はアレス様。ソーダにたどり着きましたか。しかし……少量ならともかく、大量に手に入れるのは……」
うんうん、そうだよね。ソーダは大手商会が管理しているから無理だよね。
「大丈夫です! ちょっとアテがあるんで」
そうなのだ! 僕にはちょっとだけアテがあるのだよ! ふひひひひ。
※
「うん、煮詰めてみたんだけどこれで良かった?」
「もう少しかな? この間より煮詰めよう」
煮詰めているのは、海岸で見つけたオカヒジキに似ている植物の灰汁だった。
前回作った石鹸は残念ながらあまり良い出来では無かった。
ソーダの代わりにアルカリ性であればよいから、海岸でオカヒジキを見つけたことでこれは解決した。
俗に言うマルセーユ石鹸は植物ソーダから作られる。オカヒジキも塩生植物。
うん、大丈夫だ。きっと出来る。
「いろいろ試してみてね」
原始的な石鹸の製法だが手間は随分と掛かった。もっとも大部分は村の手を借りているけどね。
試作品は今のところ商品としては見栄えが悪いけれど、石鹸としては問題ないレベルまで来ている。
「あとは、どうやって効果を残すかなんだけど」
いろいろ試すしかないのが現状だった。