第十六話 ロマリカの民という存在
臨時に組まれた商隊は日が昇る前には村を出ていた。
今日は難所を越えなければならないそうで、昼前には峠の手前に着きたいらしい。
先頭を行くのは魔石を積んだ馬車が二台で、足が遅いがこの中では一番の商人だろう。
その証拠に護衛を四人ほど連れていた。
腰に吊るした剣の鞘が生々しかった。
僕らは最後で間には二台の馬車が入っている。どちらも若い商人で一人は薬師さん。
もう一人はなんだろう? なにをしている人か ちょっと分らない。時々僕らをじっと見てたりするんだけど。
切り立つ岩山を越える前に曲がりくねった街道脇に馬車を停めた。馬を休ませ、ついでに僕らも早めの昼食を取るためだ。
これは日に二食が普通の世界でも珍しい事では無い。旅の途中では次の食事がいつも取れると限らないからだったからだ。
難所の手前には自然と人が集まっていた。安全を確保しなければ食事のしたくも満足に出来ないから自然と群れていく。
この世界の旅とはそういうものである。
「少しこの先の情報を集めてくる」
ギレアスは馬に水と塩を与えると、自分の食事も取らずに峠越えを終えた集団に向かった。
ああ、手にしているのは酒か。
「あの人たちは何をしているの?」
商隊とは違う一塊の集団を見つけた僕はローザに尋ねた。
「ロマリカの民でしょう」
どこの難民? と言っても差支えがないくらい粗末な様子の集団は、イリアス大陸を流れ歩くロマリカの民だという。
ロマリカの民は古い神を信仰していて、特定の所属する国を持たない彼らは教えに従い流浪しているみたいだ。
難民と言うよりジプシーだな。
忙しそうに動く連中は女性が多い。残りは年寄りと子供ばかりで男性の姿が見えない。
何となしに炊飯の煙を眺めていたら、ふと気がついた。
その集団の中から僕をじっと見つめる視線があるのだ。
僕と一緒くらいの歳の・・・・・・きれいな女の子だ。
「気になりますか?」
「えっ!」
ローザが何か複雑そうな顔をして僕を見ている。
「ロマリカの民の事をずっと見ていらしたので、興味がお有りなのかと思いまして」
「いや、別に」
特に何かが気になったわけでは無いのでそう答えた。
印象的な瞳と黒髪に一房の銀髪を持った少女は誰かに声を掛けられた様で、いつの間にか集団の中へと消えていった。
ギレアスはまだ帰ってこない。
薄く焼いたパンのような物に野菜と塩漬けのハムを挟んで昼食を取る。
幸いにローザの魔法で火の心配が無い僕らは簡単にお茶も飲むことが出来た。
旅をする上でこれはかなりの得だ。
薪はかさばるから数は積めない。そこで普段は現地調達することになるのだけれど、しめった枝に火を付けるのに時間が掛かってしまうのだ。
食後のお茶を楽しんでいると声が聞こえた。
「ちっ! 峠越えの前にロマリカに会うなんてツイてねえ!」
そう言った男は下卑た笑いを浮かべている。
ん? こいつはたしか、商人を護衛していた男たちだったはず。
ツイて無いって、縁起が悪いって事か? いくら流浪の民だからって馬鹿にしすぎだろうと思った。
けれど、少し腹を立てたところで勘違いしている事に気が付いた。
「ああ、あいつらを抱くには銅貨で安いしな」
「まったくだ。仕事が無けりゃここで野営でもして、しっぽりと楽しみたいところだぜ」「おいおい、どうせ後でたっぷりと楽しめるんだって! おっと! いけねえ! おい! 行くぞ」
僕たちに聞こえているのを気付いたのか、罰の悪そうな態度で仲間に声を掛けた。
「へへへ、子供に聞かせる話じゃ無かったな。すまんすまん、気を悪くせんといてくれ」
顔をしかめるローザを見て品の無い笑いを浮かべると悪びれず立ち去った。
なるほど、要するに春を売っているということか。
それにしてもローザを見る目つきは気に入らなかった。
商隊の護衛で無かったら、正直旅の友としてはご遠慮したい連中だ。
「あいつら、ロマリカの民をなんだと思っておるのか! 穢れを払う為に苦労をしておるというのに!」
イネスは今にも男たちに飛びかかろうとしている。どうやらロマリカの民に同情しているようにも見える。
怒るイネスをなだめながら、あの少女もそうなのかと思ったら悲しくなった。
出発直前に帰ってきたギレアスは荷物の中から槍を取り出すと刃先を確かめている。
「ここから先は、ちょっとだけ気を付けてくれ」などと珍しい事を言っている。
ふむ、気を引き締めよう。
「ふふふ、なに! アレスに何かあれば我が守ってやろう」
うんうん、確かにイネスの魔法は凄いもんな。
それでも、ちみっこのイネスに言われるとイラッとするわ!
もっとも、考えてみれば何かが出来るわけじゃない。だってローザもイネスも魔法なら僕以上なのだから。
いつも軽口を叩いて余裕のギレアスが無口だ。時折、馬に鞭をくれながら馬車を進めていく。
「確かにこれは難所だ。ちょっと怖いかも」
切り立った岩山は馬車のすれ違いが出来ないほど狭い。ところどころ崩れているのを見ても油断すると転げ落ちてしまいそうだ。
そして、上から下りてくる馬車があれば、所々に設けられている待避所──すれ違える所まで──下がらなければならないと思う。
これは怖い。
どうか前から馬車が来ませんようにと祈りながら、人が歩くよりも遅い速度で隊列は進んで行った。
後ろを振り返るとどうやらさっきのロマリカの民もついて来るようだった。
集団の中の少女はローブを被りなおしながら笑っていたんだ。
連続更新で送った連休も本日最後、これからは若干更新速度が落ちるかもしれません。




